第17話 最終回の攻防

 試合は7回まで進んだ。


 ここまで1-0とカブスがリード。6回表にエラーで奪った1点を守っている。


 ボイスターズは、先発投手の南が好投していたけれど、カブス先発の九条もいい。だから全く点が入らない。


「ぐぬぅぅぅ、たった1点じゃないの」


 川神先輩はタオルを噛みしめて大きな歯ぎしりを立てている。


 このまま負けたら大変なことになりそうだ。




 7、8回もあっさりと終わった。


 9回表のカブスの攻撃はリリーフで出た出雲が抑えた。

 いよいよ、9回裏、ボイスターズ最後の攻撃だが、マウンドにはカブスの守護神桃林が上がっている。


 先頭の四番・滝がフォアボールで出た。五番楠木が犠打で二塁に進める。


 一死二塁で六番ライター・オズボーンが打席に入る。


「時方君……」


 川神先輩が恐ろしく低い声を出した。まるで地獄の亡者のうめき声のような声だ。


「この試合、負けるわけにはいかないわ。オズボーンが凡退したなら、世界を滅ぼしてもらうわよ」


「ダメですって!」


「ウチが打つと思っているの!?」


 七番のネタフリ・ウチはここまでの三打席全部で三振を喫している。


 素人目に見ても打てそうにないと思える無様な三振ばかりだった。だから、オズボーンが打たなければ、ウチが自動アウトで試合終了。先輩としては、その前に世界を滅ぼしてやり直しをしたい。


 しかし、そういう問題ではない。


 そもそも野球の試合のために世界を滅ぼすなど、あっていいはずがない。


時方ときかた君、私はね、やると言ったら、やる女なの」


 川神先輩が険しい視線で睨みつけてくる。


「い、いくら先輩でも、そんな無茶は許されませんよ」


 対峙すること数秒。


 ライト側から大きな悲鳴が上がった。オズボーンがファーストゴロを打ってしまったのだ。


 二死三塁。


 同点のチャンスだが、ウチは期待できない。




黒冥くろやみさん、世界を滅ぼしなさい!」


 川神先輩が魔央まおにつかみかかろうとする。ちなみに魔央は六回くらいで完全に寝落ちしてしまっていて、丸くなった猫のような体勢で寝ている。


「だからダメですって!」


 僕が止めようとするが。


「止めさせやしないわ!」


 川神先輩の体が急に輝き始めた!?


「光よ! 邪なものを滅ぼすがいい! 浄化の光よ!」


「うわぁぁぁっ!?」



 直視できないような眩い光が降り注いでくる!


 って、一番、邪なのは先輩でしょうが!



「魔央ちゃん、危ない!」


 それまでビールを飲み続けていた武羅夫たらお武蔵むさしの二人が慌てて、魔央をかばうように光の軌道上に入る。


「うわぁぁぁぁ!」


「何ぃ!?」


 何と、二人の体が光にかき消されていく!


 二、三秒のうちに、二人とも完全に消えてしまった。


「武羅夫! 武蔵!」


 これはやばい、やばすぎる。


「さあ、滅して世界も滅ぼしなさい! 黒冥魔央!」


 先輩からの光が更に激しくなった。


 僕は無意識に魔央の前に躍り出た。


「うわぁぁぁっ!?」


 光に包まれる。


 ものすごい熱量だ。皮膚がチリチリと焼けこげるような感覚を覚えた。


「勝利を阻む者は、死ねぇぇぇ!」




 そこから数秒。


「……あれ?」


 まぶしいし、チリチリするのは変わりないけれど、僕は全くの無事だった。


 武羅夫や武蔵のように消え去ることはない。


 先輩が慌てている。


「どうして!? この光はあらゆる煩悩をその持ち主ごと消し去ってしまうのに! 時方悠には、煩悩がないと言うの!?」


「いや、そんなことはないと思うけど……」


「ええい! 訳が分からないけど、持てる力を出し尽くして、この試合を勝つ!」


 先輩が絶叫し、ガンという凄まじい音が響き渡った。

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