第13話 再び戦場(スタジアム)へ
朝食を食べ終わると、電話が鳴った。
まるでどこかで監視でもしているからのようなタイミングだ。
番号に見覚えはない。首を傾げながら出ると。
「おはよう、
川神先輩の声が聞こえてきた。
『昨日はついてなかったわね。今日、改めて観戦することにしましょう』
「いや、僕達は毎日毎日観戦したいわけではないので……」
たまになら面白いかもしれないけど、毎日毎日通うほどのファンではない。チームにしても、野球にしても。
『チケットは用意してあるわ。16時に昨日の場所で』
僕の主張は完全に無視され、一方的に切られてしまった。
やれやれ、と溜息をつきながら電話を切る。
「今の電話は誰からなんだ、悠?」
「川神先輩だよ。今日の夜、
「野球?」
彼が疑問に思うこと自体は不思議ではない。
実体はそうではない。山田さんが川神先輩を『信仰』を司る七使徒と言っていたけれど、この信仰は慈善事業などの宗教的な信仰というより、ボイスターズへの信仰ではないか。そのくらいの野球狂である。
「昨日の中止になった試合も観戦に付き合わされた。昨日は見られなかったから、もう一回ということらしい」
「むむむ、野球観戦というのは護衛上問題があるな」
「そうなの? 周りが野球ファンばかりだから大丈夫じゃない?」
僕はあまり気にしないけれど、武羅夫と武蔵はそうじゃないらしい。
「俺が首相に掛け合ってみよう」
武羅夫はそう言って、電話を始めた。
その様子を後目に僕は魔央に問いかける。
「今日も行くことになりそうだけど、どうする? ついてくる?」
「構いませんよ。またビールを飲みたいですし」
「いや、ビールはやめておこうよ」
野球には詳しくないけど、ビール目当てに野球場に行くのは、かなりやさぐれた観戦の仕方だと思う。
武羅夫の電話相手は石田首相のようだ。
「はい。それでお願いします」
電話を切って、こちらにどや顔を向けてきた。
「安全面も重視して、スイートルームを使わせてもらうことにした」
「スイートルーム?」
「そうだ。室内観戦になるから安全も大丈夫だし、食事も一流シェフが作ってくれるという代物だ」
「それは凄いけど、高いんじゃない?」
「それは問題ない。魔央ちゃんの件は外務省と防衛省から経費が出る」
「そうですか……」
来たよ、自分のお金じゃなくて税金だから好きに使ってしまえ、という発想が。
こういうものの積み重ねが色々財政負担となって出てきているんじゃないかなぁ。
とはいえ、こちらではアッと言う間に全員がスイートルームに行くことで話が決まってしまった。
山田さんは「スポーツなんて興味ないわ」と言いつつも、一流シェフの料理には関心があるようで、それは魔央も共通している。武羅夫と武蔵も護衛がしやすいと喜んでいる。
となると、僕は川神先輩にそれを伝えないといけない。
しかし、それを是としてくれるだろうか?
何せ先輩は、数百人いた応援団のトップだ。しかも、財閥令嬢だという。
財閥令嬢なら、その気になればスイートルームにも入れそうだが、それなのに敢えてライトスタンドにいる。
先輩にとって、スタジアムは戦場であり、楽しむところではないのだと思う。
そんな人に「スイートルームで楽しく観戦しましょう」なんて言ったら、「貴様のような軟弱者は銃殺だ!」とか言い出すかもしれない。
怖いけどとりあえず電話してみる。
『どうかしたの?』
「あの、今日は他の観戦者もいて、皆でスイートルームを予約したんです。だから先輩もこっちに来たらどうかなと思いまして」
『スイートルーム? 50万するという?』
「はい……」
50万なのか。高いなぁ。
僕が答えると、先輩はしばらく、電話の向こうで考えている。
『分かったわ。大学の応援団をスタンバイさせた後、そちらに行けばいいのね』
先輩は意外とあっさり承諾した。
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