第9話 七使徒

 山田狂恋やまだ きょうこは言った。


七使徒セブン アポストル最強の『希望』をつかさどる、天見優依あまみ ゆいならば……」



 ツッコミどころは複数あるのだけれど……


「山田さん、ちょっと聞いていい?」


「何かしら?」


「七使徒って何なの?」


 最初に木房奈詩きぶさ なうたが言ってからずっと気になってはいたけれど、それが一体何であるのかが分からない。この機会に確認しておきたい。


「時方君、七つの徳のことは分かるわよね?」


「キリスト教の徳目だっけ?」


「そう。博愛、希望、信仰、知恵、正義、堅固、節制の七つ。この徳自体はいいものだと思われているわよね」


「そうだね」


「でも、例えばSNSでうっかり発言をした相手に対して、過剰に正義心から反発するのはどう? 9歳の子供が軽い気持ちで不当な発言をした場合に『クソガキが死んでしまえ』とか言うのも実は正義感だったりするわけでしょ」


「まぁ……」


「そうした世界に広がる、行き過ぎた徳を吸収してまとめあげた存在、それが七使徒なのよ。私は堅固の徳を持ち、木房奈詩は博愛の徳をもつわ」


「堅固……、博愛?」


 木房の博愛というのは、あれか。不公平な世界は許せないから、世界人口を一千万人にしてみんなが平等にしようというやつだ。無茶苦茶だけど、まあ、動機自体は博愛的なものなのかもしれない。


 山田狂恋は何なんだ、堅固というのは。


「それはもちろん、時方君への想いの強さよ」


 そうですか……。


「で、七人とも過剰な徳を持っているのだから、その徳を使って現実離れしたことができるというわけ。私なら、2000メートル先の蟻を撃ち抜いたり、ピッキングを自由自在に行えたりするところね」


 一体何が堅固なのか分からないけど、不要な人を消し去るのは歪んだ博愛精神の現れということなのか、


 納得できるような、できないような。




 で、最初の話に立ち戻ると、天見優依の徳は『希望』ということか。


「そう。天見優依は多くの人に希望を与えることができるのよ」


 なるほど。歌手でアイドルである彼女の歌を聞くことで希望をもつことができる。だから、みんなが天見優依を応援しているわけだ。


「だけど、天見優依はその意思で人の希望を取り上げることもできるのね」


「……つまり、始球式の後、ボイスターズの選手達は生きる希望を奪われていたということ?」


「そういうことよ。彼らはあの一瞬、生きることが心底嫌になっていたに違いないわ。試合に0-500で負けて、ファンが絶望のあまり自殺したりショック死したり、チームが消滅して全員クビになったくらいにまで、希望を失ったんじゃないかしら」


「うっわぁ……」


 恐ろしすぎる。


「それなら、何で木房さんは天見優依が犯人であることに反対したんだろ?」


「ファンだからじゃないの?」


 なるほど……。


 魔央だって、彼女のファンだからな。


 しかし、それだけの大人気アイドルが良からぬ考えを持っているというのはまずい。


「天見優依が何を狙っているのか分かる?」


「さあ、知らないわ」


「……」


「本当に知らないわよ。そもそも、七使徒が何者であるかを知っているだけで面識があるわけじゃないから。あの負け組とはたまに会うけど、川神聖良かわかみ せいらも名前しか知らないし、天見優依も同じよ」


「川神先輩も七使徒なの?」


 やはり、昨日の思わせぶりな態度は僕達のことを知っていたということか。


「えぇ、『信仰』をつかさどるのが川神聖良よ」


「残りは?」


「『節制』が堂仏都香恵どうぶつ つかえ、『正義』が四里泰子よんり やすこという名前なのは知っているけれど、それ以上のことは知らないわね。だけど『知恵』だけは何者か不明だわ」


 おぉ、一人だけシークレット。何か強そうだ。




「まだ、何か質問がある?」


「うーん、ひとまず七使徒が何であるかは理解したよ。ただ、君も含めて七使徒がいることで何が変わるんだろう?」


 世界中の破壊願望が凝縮したものが黒冥魔央くろやみ まおになっているという話だ。


 だとすると、世界中の不要な徳を詰め込んだ七使徒の存在意義は何なのだろうか?

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