第8話 押しかけ狂恋と調査開始

 翌朝、目が覚めたのは9時過ぎだった。


 前日、部屋に戻った後、シャワーを浴びてすぐに寝てしまい、9時間くらい寝てしまったようだ。


 魔央まおは部屋に着いた時には目が覚めていたので本人に任せたけれど、物音はない。ビールが相当効いていたように思うし、まだ寝ているんだろう。




 昨夕のことをネットで確認してみると、試合開始直後に突然集団での体調異変を起こしての試合中止とあった。

 秋口の代替日に開催されることになったらしい。今回のチケットは有効だし、払い戻しを希望する場合には応じるとも書いてある。

 野球チームも大変だ。


 しかし、本当に昨日のあれは何だったんだろう。




 僕は何の気なく、天見優依あまみ ゆいのことを調べてみた。


 2年くらい前に急にブレークした歌手ということもあって、出ている情報は大分新しい。個人情報その他はシークレットという扱いになっているけれど、「可愛い」、「親しみやすい」、「根っこからあふれる優しさ」などのフレーズで彩られている。少なくとも、いきなり野球チームに嫌がらせして体調不良などを起こすような人ではないようだ。


「家族思い」というキーワードもあって、これは弟をかなり大事にしているらしいコメントが多いことらしい。確かに昨日見ていたテレビ番組でも、毎日弟に料理を作ってあげているみたいなコメントをしていた。


 うーん、確かに、この件は僕の猜疑心さいぎしんが強すぎたように思えてきた。


 何せ、魔央の件を皮切りに、木房さん、山田さん、川神先輩と怪しい女の子ばかり出て来ている。全員が怪しく見えるようになったのかもしれない。




 自分の間違いだろうと思った、そのタイミングでインターホンが鳴った。


 木房奈詩きぶさ なうたが来たのだろうかと思って、モニターを見て「ウッ」とうめき声が出た。

 玄関口にいるのは、山田狂恋やまだ きょうこの方だった。一昨日とは少し違う色合いの、バイクスーツを着用している。外面がカッコいいアクション女優っぽい感じなのは相変わらずだ。中身は問題だらけだけど。


 一体、何をしに来たのだろうか?




 出たくはないけど、居留守を使ってもピッキングやらマシンガンやら出て来るだけなので無駄な抵抗はしない方が良さそうだ。


「……何か用?」


「昨日は木房奈詩と出かけていたようね」


 ギクッ。


 まさか「結婚するべき私を差し置いて、木房なんかと付き合うなんて、貴方を殺して私も死ぬわ!」とか言い出すんだろうか。


「……木房さんと出かけたんじゃなくて、大学で川神先輩のサークルに野球観戦に誘われて、球場に行ったら木房さんがいただけだよ」


 弁明をしたんだけど、何だか弁解になっていないような気がする。


「……で、野球を見に行ったら訳の分からない事件が起きて中止になったようね。あの負け組の行くところ、パニックばかりだわ」


「ま、まぁね。ただ、昨日の件は木房さんのせいではなさそうな気がする」


 と言うと、しばらく無言で目つきが険しい。木房奈詩を擁護したから不機嫌になったのかなと思いきや。


「ならば、時方君は何が原因だと思うの?」


「いや、僕にそんなことが分かるはずないでしょ」


「それでも、何か『これかな~』と思うくらいの出来事はあるんじゃない?」


「……直前の始球式を人気歌手の天見優依がやっていたんだよね。彼女が何かきっかけになったような気はした。あ、そんな気がしただけだよ!」


 昨日、散々冷たい視線を向けられたので予防線をしっかりと張る。


「なるほどね」


「あれ、そんなはずはないとか思わないの?」


 山田狂恋があっさりと頷いたので、僕は拍子抜けしてしまった。


「何で? 私にとっては時方君の言うことが全てよ。貴方の言うことは全て正しいわ」


「は、はぁ……」


 信用されるのは有難いけれど、こちらはこちらで極端すぎてやりづらい。


「……それが一つ。あと、私も動画で見たけれど、あのシチュエーションに導くことが天見優依ならできるわ」


「えっ? そうなの!?」


 まさかの展開。


 本当に天見優依の仕業なのか?


 しかし、何でそんなことをしたんだ?


 あと、何で山田狂恋が天見優依ならできるって分かるんだ?


七使徒セブン・アポストル最強の『希望』をつかさどる、天見優依ならば……」


 うわ、何、そのもってまわったような言い方は。

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