第7話 ひとまず撤退
「あ~、もう! 何故に試合開始直後にこのような事態が起きますか!」
かなり立腹している。
試合開始直後にありえない事態が起きたことで、誰かを消し去ることができなくて不満なのかもしれない。
「すごいことが起きたね。一体、何があったんだろう?」
「おや、時方様。そうですね……。何者かが、ボイスターズの選手に盛ったのかもしれません」
確かにそんな風には見える。
選手達だけじゃなくて、ベンチにいる監督やコーチまで苦しんでいる。審判たちもこうなったらどうしようもない。カブスの高井監督と相談している。どうも試合中止の方向で話を進めているようだ。
いや、まあ、相手監督としても嫌だよね。こういうの。
そして、見たくないけれど、ライトスタンドの川神先輩の方を向くと。
「一体誰なのよ!? 信じられないわ! 地獄に落ちるべきよ!」
やはりというか、物凄く荒れている。ただ、荒れているのは先輩だけではない。開始一球で試合続行不可能になっているような状況に、ボイスターズ・カブス双方のファンが「どうなっているんだ!?」と荒れている。
尚、
「あの、試合中止になりそうですし、帰ってもいいでしょうか?」
僕は川神先輩に提案した。
周りが殺伐としすぎると魔央にとっては絶対に悪影響だ。早めに回収して帰る方が良さそうだ。
「時方君……そうね。試合自体が中止になりそうだものね」
ボイスターズ側からすると、選手が一斉に体調不良になったのだから、試合を続行される方が辛いだろう。だから、川神先輩も「もうちょっと待っていなさい。試合を再開させるわ」とは言いづらい。
「……このようなことは想定していなかったけど、また一緒に観戦しましょうね」
穏やかに言ってくれた。僕も「機会がありましたら……」と答えて和やかな雰囲気になる。
「それにしても、一体、何があったのかしら。60年近くボイスターズを応援してきたけれど、こんなことは初めてだわ」
「……えっ?」
先輩、今、「60年近く」とか言いませんでした?
一体何歳なんですか?
そんな疑問が喉まで出かかったけれど、言葉にしてしまったら、この和やかな雰囲気が壊れるかもしれない。僕は必死に飲み込もうとして……何とか飲み込んだ。
「始球式を投げていた後、
代わりに内心の疑念を口にした、のだけれど。
「……時方君、何で天見優依ちゃんを疑うの?」
川神先輩からものすごく冷たい視線を向けられ、木房からも。
「時方様、そんな心の貧しい発想をするのは残念であります」
人間失格と言わんばかりの軽蔑の眼差しを受ける。
「うーん……どうかしたんですか?」
悪いことに、魔央が目をこすりながら会話に参加してきた。ここぞとばかりに二人が。
「時方君は、天見優依ちゃんが犯人だと疑っているのよ」、「~のであります」
とたたみかけ、たちまち魔央も「信じられない」という眼差しを向けてくる。
「何でそんな酷い発想ができるんですか?」
「本当、天見優依ちゃんを疑うなんて人間としてありえないわ」
「もしかしたら、芸能界に家族を殺されたのでありますか? 相談に乗りますよ」
と、酷い有様だ。
でも、実際、一瞬だけ僕に見せた視線は善人という感じではなかったんだけどなあ。
これ以上非人間扱いを受けたくないので、黙っているけれど。
球場を出る頃には、魔央は完全にダウンしてしまったのでおんぶする形となった。
川神先輩はグループをまとめる仕事があるようだし、このまま電車で帰るのは大変だなぁと思っていたら、木房が電話で負け組の一人を呼び出してくれた。ワンボックスカーに乗る負け組を負け組と言っていいのかは分からないけれど。
「仕方ないであります。明日の同じカードに来るしかないであります」
木房は懲りずにまた来るつもりらしい。
僕達も、明日、また川神先輩から誘われるのだろうか。
ボイスターズの選手に何が起きたのだろう。明日も起きたりするのだろうか?
不安と疑問を抱えたまままま、車は東京方面へと向かった。
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