第6話 試合開始直後の悪夢

 僕の許婚……らしい黒冥魔央くろやみ まおにビールを飲ませておきながら、川神聖良かわかみ せいら先輩は「彼女の秘められた力を恐れているの?」とはっきりと言った。


 これはひょっとしたら、彼女は僕と魔央のことを知っているということなのだろうか?




「さあ、今日も勝つべく応援しましょう!」


 意図的か天然か、川神先輩は僕の視線を逸らして後ろに呼びかける。


「魔央、大丈夫?」


 尋ねかけると、魔央はブイサインを作った。


「大丈夫れーす。いぇーい」


 こ、これはダメだ、やばすぎる……。


 まだ試合が始まってすらいないのに、破滅を予感させる状態となっている。




 そうこうしているうちにスタメンが発表され、試合開始を待つだけの状態となった。


 魔央は、大丈夫と言いながらも、最初のビールを超がつくくらいにチビチビと飲んでいる。僕もそうするように促す。

 急いで飲んでも何もいいことはない。どちらかというと、この一本で最後まで続けてもらいたいくらいだ。絶対不味いけど。


 一方、試合前のセレモニーが粛々と進んでいる。


『それでは始球式を行いたいと思います! 本日、始球式を行うのはタレントの天見優依あまみ ゆいさんです!』


 おぉ!? 天見優依?


「魔央、天見優依だよ。天見優依が投げるよ」


 ビールカップにしか視線が向いていない魔央を軽く突いて意識を向けようとするが。


「ビールが美味しいれす~」


 ダメだ、この破壊神。




 天見優依は歌手というイメージだけど、出てきた服装はアイドルを思わせる可愛らしい服装だ。一塁側三塁側と手を振って挨拶をしてマウンドに行く。


 そのまま振りかぶっての投球!


 ……は、頼りなくバウンドしてボテボテとゴロのままキャッチャーミットに収まった。


 彼女は「失敗しちゃった」という感じで頭を傾けたあと、観客席に向かって挨拶をする。とは言っても、外野席からは顔などは見えないけれどね。


 あれ?


 見えないはずなのに一瞬、彼女が僕の方を見て笑みを浮かべたように見えた。


 何だろう、日ごろの可愛らしい彼女のイメージとは少し違う妖艶な感じの笑みが見えたような……。


 ……気のせいだよね。


 すごく距離があるし僕の勝手な思い込みだろう。昨日から、魔央、山田、川神先輩、ひょっとしたら木房と立て続けに美人の女の子が知り合いになっている。気づかないうちに僕はいい気になっているのかもしれない。


 自戒しなければ。


 彼女は一塁側スタンドにも愛想よく振る舞って、そのままゲートの裏へと消えていった。


 球場全体がしばし華やかな雰囲気になる。




 ただ、スタジアムが活気づいたのとは裏腹に、何故か一塁側ベンチが暗くなった気がする。遠いからはっきりとは分からないけど、選手が全員どんよりとした感じに見える。


 恐らく気のせいだろう。


 僕も野球に詳しいわけではない。


 多分、気合が入っている様子が、一瞬落ち込んだように見えたのだろう。




 試合が始まった。


 ボイスターズの先発は左腕の古永。日本代表にも選ばれていて、僕でもよく知っている選手だ。きっといいピッチングをしてくれるだろう。できることなら、さっさと終わらせて帰る時間を早くしてほしい。


 一球目を投げた。


「えっ?」


 球場全体からどよめきが起きた。


 何と、投げたボールが三メートルも経たないうちに地面にバウンドしてコロコロと転がっていく。


 転がるボールはバッターにすら届かない。当然ながらボール判定だ。


 カブスの一番松池は「どうしたんだ?」という様子でボールを拾ってグラウンド外に投げ捨てた。審判が仕切り直しのボールを古永に返すが、そのボールが彼の頭上を越える。


 またどよめきがあがる。


 何と、投手をはじめ、ボイスターズの選手が全員、その場でうずくまって震えているのだ。




 慌てたのは審判だ。四人いる審判が近くにいる選手に「どうしたんだ?」と尋ねるが、全く反応がない。


「何があったの?」


 僕の周囲も慌てだす。ビールをチビチビ飲んでいる一人を除いて。


「もしかして、急性食中毒にでもなったのかな?」


 でも、いくら何でもそんなことがあるのだろうかと考えたところで、不意にさっきの天見優依の姿が思い出される。


 彼女が球場からいなくなった後、ボイスターズの選手は急にしんどそうに見えたけれど、何か関係があるのだろうか?



 僕は無意識に探した。


 このスタジアムにいて、こういう時に一番頼りになりそうな存在、木房奈詩きぶさ なうたを。

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