第2話 Cause sister Seira said so(聖良様はかく語りき)・1


 一緒に部屋を出て、外に出る途中、僕はふと魔央まおがもつ鞄に目を留めた。


「あれ、もしかして、同じ大学なの?」


 驚くべきことに、彼女の鞄には大学のロゴがはっきりと入っていた。正直、学生でも滅多に使わない大学公式鞄である。


「はい。実を言うと、日本政府からこの大学を受けるようにと勧められていました」


「日本政府から……?」


 ということは、対の存在である僕がこの大学を受験する情報が魔央の側にも行っていたということか。


 ひょっとしたら、それだけではなく、「だからこの二人は合格させるように」という忖度が働いていた可能性すらある。


 いや、魔央は完全箱入り娘状態で勉強もじっくりやっていたらしいから、多分普通に合格していたんだろう。この忖度を受けていたのは僕だけかもしれない。自分のあずかり知らぬところとはいえ、ひょっとしたら自分の実力外のところで合格したのかもしれないと思うと複雑な気分だ。




 そんな思いを封印して、僕達は並んで大学へと歩く。


 さすがに日本政府とWOAが用意してくれた部屋だけあって、大学までは歩いて五百メートルほどだ。すぐについて、校内へ入る。


 学内は平穏だ。新学期から一か月半、ゴールデンウィークも終わったということで、少し前まで漂っていた新歓ムードは一掃されている。


 ところがそんな中、広場の方から声が聞こえてきた。


「……ですので、私達は神に救いを求めなければなりません」


 明朗な女生徒の声。少し離れた台のうえで、修道女のような姿の女性がマイクを片手に訴えている。


 うーん、神の世界か。うちの大学は確かにカトリック系だけど、学内ではっきり『神がどうこう』と言っていると、少し引いてしまうところがあるかな。


 一体誰だろうと思ったら、立て看板に『神の敬虔けいけんなるしもべ川神聖良かわかみ せいらが愛を語る』と書いてある。




 川神聖良……確か二年生だったはずだ。


 どうして知っているかというと、新歓の時にどこかから彼女が名門川神財閥のご令嬢で、去年一年の時に学内ミスコンで優勝したという話を聞いていたからだ。


 そういうお嬢様だから、神の教えを学内の広場で説いているのかな。


「もし、神に救いを求めようとしないのなら、そんなやからは腹を切って死ぬべきだと思います」


「……」


 何だか物騒なことを言っている。


 学内ミスコン優勝者でご令嬢、僕ら普通の学生にとっては完全な高嶺の花だし、結構危ない考えも持っているかもしれない。近づかないのが吉だろう。


 と、素知らぬ顔で通過しようとしたら。


「……そこな迷える子羊よ。何か悩んでおりますね?」


 壇上から声が飛んできた。


 どうやら僕のことを言っているらしい。


 それでも無視して通り過ぎようとしたら。


ゆうさん、呼ばれているみたいですよ」


 魔央が引っ張って呼び止める。


 ここは引っ張らなくていいの。一々止まって話を聞いていたら、変な宗教に加入させられたり、変な絵を買わされたりすることになるかもしれないんだから。


 ほら、止められている間に、彼女が壇上から降りて近づいてきたじゃないか。こういうのはさっさと無視して逃げるのが吉だというのに……


 破壊神なのに、妙にお人よし過ぎるのが良くない。


 ……まあ、猜疑心が強いと、「怪しい。世界ごと滅ぼせ」とか連発になるかもしれないけど、さ。


 僕の思惑を無視して、川神先輩が両手を広げる。

 ミスコン優勝者のご令嬢という顔立ちは気品があるし、修道服姿も相まって、一瞬、後光が差しているように見えた。


時方悠ときかた ゆう君、物事に向かい合わないのはいけません。神に真摯に向きあい、助けを求めるのです」


「はあ……」


「私は16時から、この場所で神の教えを説いております。是非来るように」


「もし、行かなかったらどうなるの?」


 川神先輩はニッコリと笑った。


「そんな不心得者は腹を切って死ぬべきでありましょう」


「……もしかして、先輩、七使徒セブン アポストルとかだったりしませんよね?」


 不意にその可能性に思い当たった。


 出会ったばかりだけど、川神先輩からは昨日の木房きぶさ、山田両名と似たような雰囲気を感じる。


「さあて、どうでしょう♪」


 川神先輩はそう言って、チラシをくれた。そこには『神の僕・川神聖良が横浜を変える』と書かれてあった。


 横浜……?

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