第二章 紅く燃えよ横浜
第1話 登校前のひと時
嵐のような5月15日が終わり、16日の朝を迎えた。
「はぁ……」
あまりにも激しすぎる日常の変化に思わず溜息をついていると、正面でドーナツを食べている
「どうしたんですか?」
「いや、今日は何が起こるんだろうと思って、さ」
「七人のうち、新しい二人と会えるかもしれませんね!」
やめて!
僕の不安を抉り出さないで!
昨日の振込も怖すぎるんだしさ。
いきなり『ダイスキナユウチャンヘ(大好きな悠ちゃんへ)』なんて送金されたら、嬉しいよりも恐怖しかない。
しかも1022万円という数字。
僕が10月22日生まれであることを意識しているに違いない。
もちろん、その可能性も考慮したが、多分違うと思う。
山田は僕のことを「時方君」と呼んでいたし、木房は最初「おまえ」、途中からは「時方様」だった。いきなり振込名義だけ馴れ馴れしく「大好きな悠ちゃんへ」なんて言ってくることはないはずだ。
だから、これは僕の知らない第三者の可能性が極めて高い。
それは昨日、木房が口にしていた『七使徒』の一人なのかもしれない。
「うん?」
僕は食堂に響く音に気を留めた。バラード曲が流れている。
音の出どころを探すと、魔央の携帯からだった。
どうやら、テレビは知らないけど携帯でラジオは聞いているらしい。
「この歌いいですよね? 私、このアーティストが好きなんです」
魔央が唐突に褒めたのは去年大ブレークした歌手の
どうやら魔央は曲も知っているようで口ずさんでいる。人気アーティストの歌を口ずさむ破壊神というのも不思議な話だ。
昔、歌で世界を救うアニメがあったけど、有名歌手を一同に集めれば世界が助かったりするなんてことはないかな。
歌が終わって、今度は天見のインタビューが始まった。
この天見という子はSNSやらネット配信の類を一切やらないらしい。だから、彼女のことを知るとなればテレビやラジオ、芸能系の雑誌を読むしかない。そういう点でも重宝されているようだ。
『天見さん、今回の歌は非常にしっとりとしたバラードですが、どのようなお気持ちで歌われたのでしょうか?』
インタビュアーの問いかけに、天見は可愛らしく悩んでいる。
『お気持ちというのは難しいですが、失恋ってこういうものかな~と思って歌ってみました♪』
『天見さんと失恋というのはちょっと想像もつきません』
「優依ちゃんって天真爛漫って感じの可愛い子だから、誰からも愛されそうですよね」
魔央がべた褒めしている。かなりお気に入りらしい。
『私、失恋以前に恋愛もしたことがないんですよ♪』
おっと、来たぞ、アイドル歌手の「私、恋愛したことないんです」発言が。
「こんなことを真に受けるファンは、いいカモなんだよね」
「悠さん、何か考えることが暗いですね……」
魔央に引かれてしまった。本当のことなのに。
『またまた~、そんなことはないでしょう』
『本当なんですよ。私、弟のことが可愛くて仕方なくて、ツアーに出たりしていない時を除いて、いつもご飯作ってあげたりしているんです』
インタビュアーと魔央が揃って「おっ」と声をあげた。
『そうなんですね。羨ましい弟さんですね』
「いいなぁ。私も、この人の妹だったら良かったのに」
破壊神、まさかの妹になりたい願望を表明。
『ただ、天見さんは19日から台湾を皮切りとした海外ツアーですよね。弟さん、しばらく会えなくなるんじゃないですか?』
『大丈夫です。彼はしっかりしていますから。それに生活費も渡しておきましたしね』
『それは良かったです。それでは海外の皆さんに一言お願いできますか?』
『ハロー、ニーハオ、ブエノスディアス、ワールド!』
『以上、天見優依さんでした!』
画面が切り替わった。魔央が「やっぱり可愛いですよね~」とニコニコしていた。
僕は単純に微笑ましい光景だと思った。
後々それがいかに浅はかなことだったかと痛感したけれど、この時はそう思ったんだ。
そうこうしているうちに時計は9時を過ぎた。
「じゃ、僕はそろそろ出るよ」
「あ、私も二時間目からなので行かないと」
僕達は揃って出かける支度を済ませて、部屋を出た。
《注:前話の初期稿では振込額を1400万円としていましたが、変更しました》
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