第13話 突き付けられた婚姻届・2

 僕が戸惑っているせいか、山田狂恋は過去のことを話し始めた。


「中学二年までの私は、地味で目立たない、いじめられる存在だったわ。ノートやペンを隠されることがしょっちゅうで、私は日々、日記帳に復讐の方法を記すだけの可哀想な存在だったのよ」


 僕が卒業写真から抱いたイメージは外れていなかったらしい。日記に復讐方法を書いていたのは穏やかではないけど、まあ、書かずに溜め込むよりはいいのかもしれない。


「ある日、隣に座っていたいじめっ子に嫌がらせで筆箱ごと落とされたわ」


「うわぁ……」


 地味だけど陰湿な話だ。


「それを拾ってくれたのが時方君だったのよ。拾い上げてくれて、爽やかに『落としたよ』って」


「そ、そういえばそんなことがあったね」


 ごめんなさい。全く覚えていません。


 何も考えず、「落ちたな~」と思って拾ったんじゃないかな。当時は僕も色々一杯一杯だったし。


「その時、時方君が『僕に任せて。君を助けてあげるから』って言ってくれたような気がしたのよ」


「うん、多分、本当にそんな気がしただけだと思うよ」


 そんなカッコいい言葉は人生で一度も口にしたことがないと思うんだ。


「そうしたら、翌日いじめっ子の主犯三人が歩いていたところにトラックが突っ込んで、全員死んでしまったのよ」


「えぇぇ……」


 あ、でも、確かに同級生が事故死して全校集会に参加したことはあったかもしれない。交差点は見通しが悪いから少し離れた歩道橋を使って道路を渡りなさい、って教師が道路に立つようになって色々と面倒な思いをした記憶がある。



「私はその話を聞いて思ったわ。神様が、時方君を遣わして私を助けてくれたんだって」


「……神様が遣わす人なら、そんな荒っぽい解決方法を取らないと思うんだけど」


「その時、私は誓ったの。私には、時方君みたいにトラックをいきなり呼び出す能力はないから、射撃の達人になろうって」


 トラックを呼び出す能力なんてないから。


 あげるって言われても、嫌だよ、そんな能力。


「そして、世界的な射撃の天才バロン西郷に弟子入りして、四年間みっちり修行を積んできたの。今や、2000メートルの距離からアリンコ一匹を撃ち抜けるようになったわ」


 怖っ!


「だから時方君、結婚しましょう」


「だから、で繋がらないよ!?」


 どれだけ論理が飛躍しているの?


 そう反論した僕に、ドス黒い感情がぶつかってきた。山田の身体を黒いオーラとも炎とも見えるものが包んでいるように見える。


「……結婚、してくれないの?」


「い、いきなりは無理だよ。いくら何でも話が飛躍しすぎじゃない?」


 山田を包み込む黒いオーラが大きく燃え盛る様子がはっきりと見えた。


「……そう。ダメだと言うのなら、時方君を殺して、あたしも死ぬわ」


「ちょっと待ったぁ!」


 だから、何なんだ!


 その論理飛躍は!




 山田の構える重マシンガンの銃口が僕に向けられている。


 逃げなければいけないと思うけど、睨みつけられて金縛り状態とでもいうのだろうか、あるいはどこに逃げても撃ち抜かれると本能が理解したのか、身体が全く言うことを効かない。


 この状況を切り抜けるには嘘でも「分かった、結婚するよ」と答えることなんだろうけれど、それをすると日本国首相から「君は世界を裏切るのか!?」とか言われかねない。売国奴なんて言葉があるけれど、世界を裏切るなら何なんだろう。売世奴だろうか?


 絶体絶命だ。


 でも、どの道、これを切り抜けられたとしても、魔央との付き合いやら何やら訳の分からない世界が待っている。今、楽に死ねるのなら、それはそれでアリなのかもしれない。



 諦めに似た感情が過ぎった途端、玄関の外、非常階段の方で物音がした。


 僕が聞こえたのだから、山田はもっとはっきり聞こえたのだろう。一瞬で反転、側転しながら非常階段の方に滑るように移動し、有無を言わさずマシンガンを乱射する。


 ドサッと何かが倒れる音がした。


 ひょっとしたら、僕を助けに来た誰かが撃たれたのだろうか。


 そうだとすると、心が痛い。


「うっ!?」


 何があったのか、山田が初めてショックを受けた表情を見せた。一々派手なアクロバティックな後転と側転をして数歩距離を取る。



 その間に非常階段から現れたのは、二人組の男。共に三十代くらいだろうか。


 揃ってところどころ血に染まった白装束を着ていて、三角頭巾をつけている。


 言うなれば昔の幽霊のような姿をした男だ。


 そのうちの一人が青白い顔を僕に向けた。



「時方さん、助けに来ましたよ……ウフフフフ」

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