第11話 山田狂恋、侵入する

 山田狂恋やまだ きょうこと名乗った偽の配達員が、ドアを開けようと激しく銃撃をしている。


 どう考えてもまともじゃない。


 警備の忍者達すらあっさりやられてしまったところを見ると、彼女を食い止めるのは並の人間には不可能なように思える。


 並の人間なら……



「そうだ!」


 僕は先程もらった『全世界負け組救済機構理事長・木房奈詩きぶさ なうた』の名刺を取り出した。載っている番号に電話をかける。


『……随分と早い連絡でありますね?』


「大変なんだ。変な女がいて、僕の命を狙っている」


『ほほう……、時方さんの死は、世界滅亡につながりうる。それは看過できない事態であります』


「うん、助けてほしい」


『……ということは、ワタクシが正しいということを認めるのでありますね?』


「うっ……」


 こいつめ、人の弱みに付け込んで自分の正当性を認めさせようというのか。


 とはいえ、今の僕は実際絶体絶命だ。山田狂恋は女性とはいえ相手は銃を持っているし、かなりの使い手に見える。とても勝てそうに思えない。


 隣には魔央がいるが、彼女は破壊神で、できることはというと世界を丸ごと破壊することだ。つまり、結果としてはまるで変わりがない。


「分かった……。分かったから何とかして」


『商談成立であります。しばらく待っているのであります』


 そう言って、木房は電話を切った。



 魔央は手持無沙汰な様子で、水を飲んでいる。人が目の前で必死なのに関心はほとんどないようだ。とはいえ、出会ったばかりの彼女を薄情だと責めるわけにもいかないのだが。


『開けてくれないのね?』


 山田はハリガネのようなものを取り出した。それを鍵穴に差し込んだ。


 ピッキングするつもりなのか?


 でも、この鍵は電子制御で指紋やら虹彩認証で開くシステムになっているはずだ。ピッキングなんかで開くはずがない。



 ピー!



 高い電子音とともにガチャッという音がした。


「嘘だろ!?」


 電子制御のドアが何でハリガネで開くんだよ!?


 今日はもう起きることの全てが無茶苦茶だ!



 玄関から足音が聞こえてきた。


 もちろん逃げたいけど、まさか魔央を置いて逃げるわけにもいかないし……


「ええい!」


 当たって砕けろではないが、もうどうにでもなれ。僕は諦めて玄関に向かうことにした。ドアを開けたところで山田と鉢合わせになる。バイクスーツの似合うスタイルだったが、背丈もまあまあある。僕より少し低いくらい、170弱くらいあるだろう。


 その彼女が満面の笑みを浮かべた。


「時方君、来てくれたのね」


「あ、あの……、僕のことを知っているの?」


「もちろんよ」


 と、彼女はワーバーの鞄をその場に置いた。中から商品を取り出す。カレー独特の臭いが漂ってきた。


「とりあえずこれも渡すわね」


「……どうも」


 こんな女に渡されたものを食べていられるかとも思ったけれど、食べるのは僕ではなくて魔央だから、仕方なく食堂まで行って机の上に置く。


「これ、食べて待っていて」


「分かりました」


 魔央は嬉しそうに駆け寄り、中身を取り出して開く。美味しそうなハンバーグカレーだ。魔央はこれから幸せな食事タイムだろう。しかし、僕は次の食事ができるのかすら分からない状況だ。


「では、食べながら待っていますね」


「うん……」


 果たして、戻ることができるのだろうか……。



 仕方なく廊下へと出ると、彼女は一枚の紙を取り出していた。


「さあ、時方君、これにサインをして」


「サイン……?」


 いきなり突き付けた紙にサインさせようって、悪徳商法の業者みたいだ。


 そう思って中身を見た、僕は人生最大というくらい大きく噴き出した。


「こ、これって婚姻届じゃないか!」



 そう、山田が取り出したのは婚姻届。妻の欄には山田狂恋のことが書かれていて、夫の欄は空欄になっている。


 だけど、その下には僕の生年月日と本籍地が記されていた。

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