第9話 破壊神と新聞

 木房奈詩きぶさ なうたの出現により、買い出しが大きく遅れてしまった。


 どうやら僕がいるのは新宿四丁目だったようで、少し歩けばデパートが並んでいる。いわゆるデパ地下買いというやつだ。


 魔央の好みは分からないけど、多分、聞いたことのない長い名前のカタカナ料理を買えばいいんじゃないかなと思って、イタリア風やらフランス風のものを買ってみる。



 30分くらいのつもりが、木房の件もあって三時間くらいかかってしまった。


「戻ったよ~」


 先程のことがあるので、僕は大声をあげながら部屋に入った。


「ご飯でも食べない?」


 呼びかけると「はーい」と可愛らしい返事が返ってきた。


「入っていい?」


「いいですよー」


 声の方向のドアを開けると随分と広い食堂があった。サミットの会議でもやるのかというくらい大きなテーブルがあり、その端っこに魔央が一人で座り、新聞を読んでいる。


「新聞を読むんだ?」


 テレビはダメだというのだから、新聞やインターネットも当然ダメなのではと思っていたので意外だった。


「はい。新聞くらいならそこまで驚いたり、苛立ったりしないだろうと言われていました。だから主要新聞と呼ばれるものは全部読んでいます」


「そうなんだ。ちょっと待っていてね。ご飯温めるから」


 最初に部屋の機能は聞いている。設置されている電子レンジで難しい料理を温めていく。あ、もちろん、カルパッチョなどの冷製料理はそのままだ。


「……」


 魔央は不思議そうに僕の盛り付けを見ていた。


「これは何ですか?」


「これはね、詰め物をしたなんちゃらのコトレッタと、ペシャメルとほにゃららのラザーニェと……」


 僕がカタログを眺めながら説明をするけれど、魔央はあまり面白そうな顔をしていない。


「随分と凝った料理ですね。美味しいんでしょうか?」


「……多分」


 これは……もしかして、僕があまり中身を分からずに通ぶって買ってしまったのが見透かされてしまったのだろうか?




 そうではなかった。


「私、カレーライスとかお寿司とかハンバーグとかフライドチキンが好きなので、こういう凝った料理はちょっと苦手なんですよね……」


 魔央、まさかの小学生レベルの好みだった。


「そうなんだ。じゃあ、これは僕が食べるから、君の分は出前で頼もうか」


 正直、僕もカッコ良さそうな名前だけで選んだ料理である。冷製料理なんて合わない人には不満の味かもしれない。魔央が「こんなまずい料理なんて世界ごとなくなった方がマシだわ!」と思ってしまったら大変だから、ここは本人の大好きなハンバーグカレーを頼むべきだろう。


 ということで、再度出かけるのは面倒なので近くのカレー店で出前を頼むことにした。


「私の端末で頼むと、最優先で来てくれるらしいですよ」


 魔央が無邪気に言ってくる。


 それはまあ、「食事が遅いわ!」という理由で世界が滅亡してしまっては大変だ。多分、魔央の注文やら出前は他の全てを差し置いて一番に作られるに違いない。


「うわっ……」


 それだけではない。配達員も自由に選び放題だ。顧客満足度とか時間内達成度とか見たことないデータが沢山入っている。


「ハンバーグカレーの甘口でドリンク二本。アルコールは飲む?」


「アルコールは昨日まで未成年だったので飲んだことがありません。できればメロンソーダがいいです」


「分かった。僕はホットコーヒーにしようかな。配達員はこのワーバー歴25年という吉利箱坊きちり はこぼうさんにしようか」


 吉利箱坊は時間内配達率と顧客満足率の双方が100パーセントだと言う。見た目も五分分けできちっとした眼鏡姿で、この人ならば間違いはないと思わせる人だった。



 注文をして、しばらく正面に座る。


 改めて見ると、魔央は顔立ちも整っているし、肩に少しかかるくらいで長すぎず短すぎずの茶髪も艶々だ。


 仮に駅前の喫茶店でこんな風に新聞を読んでいたら、「君、ヒマ?」とナンパしてくる者が大勢いるだろう。


「どんな記事を見ているの?」


「はい。動物園のキツネザルに赤ちゃんができたというニュースを見ています」


「へぇ……」


 随分とほのぼのした記事だ。


「タイムズのトップは昨日の赤ちゃんレースの結果が出ていますね」


「へぇ……本当?」


 タイムズを見ているのも凄いけれど、英国は新聞の一面記事に赤ちゃんレースの結果なんか載せるだろうか?


 何の気なく首を伸ばした僕は恐ろしい光景を見た。


 魔央が眺めている新聞各紙、日本やアメリカや英仏、中国とかもある、それら全ての一面にまるで童話のような優しいニュースばかりが掲載されていた。


「な、何だと……?」


 世界中が魔央を恐れている。それは、新聞紙も同じだ。


 一般人に発刊している内容と全く違う魔央しか読まない新聞を作って、読ませていたのだ。「世界はこんなに綺麗なのです。どうか破壊しないでね」という卑屈かつ優しい新聞を。



 世界中の新聞が簡単に筆を曲げている事態に、僕は世界が危機に瀕していることを改めて悟ったのであった。

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