第8話 博愛の少女"奈詩"・3

 全世界負け組を救済機構の理事長を名乗る女・木房奈詩きぶさ なうた


 彼女は世界の人口を1000万人まで減らすという恐ろしい目的を打ち明けてきた。



 というか、こんな危険極まりない考えを見ず知らずの僕に打ち明けるものなの?


 もしかしたら、僕もついでに消そうと考えているのでは……



「そういう、選民主義みたいなことは良くないと思うけど…」


「選民主義などと一緒にしないでほしいであります」


 木房の返事には迷いはない。


「ワタクシは、何かが優れていて、何かが劣っているなどとは考えていないのであります。宗教も社会体制も信条もどうでもいいのであります。ただ、多すぎるから800分の1にしようというだけであります。平等に間引きするだけであります」


 間引きしすぎでしょ。


「おまえは間引きされる799人が可哀想だと思っているのかもしれませんが、そもそもそれが間違っているのであります。この世界に幸せな人間がどれだけいると思っているのですか? おまえはアメリカ大統領や中国国家主席なら幸せだと思っているのですか? そんなことはありません。彼らは権力を失い、あちこちから非難されることに、恐れおののいているのであります。世界中のほぼ全ての人間は、自分が間違っていることをしているのではないかと恐れていて、誰も幸せではないのであります」


「うーん……」


 言いたいことは分かるけど、ちょっと極端なことを言っているんじゃないかなぁ。


「世界の人間の大半は正しい発展を阻害するだけの存在になっているのであります。しかも本人は幸せではないのであります。自らが何のためにこの世界に存在しているかも分からない。そうした面々はむしろこの世界から解放してやる方が情けではないですか? ワタクシこそ博愛の象徴なのであります」


「それは絶対に違うと思うけど」


「ならば……」


 木房の分厚い眼鏡の向こう側がキラッと光った。


「ならば、おまえは自分が何のために生きているか理解しているのでありますか?」


「僕が、何のために生きているか……?」


「左様であります」


 自信満々に聞いてくるよ。


 多分、僕が答えられないと思っているんだろうなぁ。


 ちょっと頭に来る態度だ。


「……さしあたりは二年後の破滅を防ぐためにいるらしいよ」


 だけど、木房にとっては残念だろうが、僕には一応生きる理由がある、らしい。




 木房は、僕の答えに呆気にとられた。


「二年後の破滅を防ぐための存在?」


「……うん。まあ、詳しいところまでを話すことはできないけどね」


 何せ日本の首相まで出てきたような話だ。ペラペラと喋って明るみになると困る。


 しかし、木房はしばらく考えて、重々しく口を開いた。


「……もしかして、おまえが破壊神の対になる存在なのでありますか?」


「……えっ?」


 あれ、彼女、僕と魔央のことを知っているの?


「ここ十数年の間に溜まりに溜まった世界滅亡への願い……、それが二年後に実を結ぶという話を聞きましたであります」


「もしかして、結構みんなが知っている話なの?」


 僕の問いかけを木房は無視して、唸りながら考えている。


「……どこぞの組織が、破壊神を愛で封じ込める作戦を立てたとも聞きました。それがおまえなのでありますか?」


「うん、まぁ……」


 相手に説明されると、改めて「こんな話が本当にあるのか?」って気になってくるなぁ。



 木房はまたしばらく考え込んだ。それから口を開く。


「破壊神が世界を滅ぼすのは、間違っているであります。そんなことをすれば、人間はもちろん他の種族も含めた全てが無に帰すことになるであります。800を1に減らすのと、0にすることは、全く違うのであります」


「……似たようなものだと思うけどね」


 半減とかならともかく、800を1なんて無茶苦茶でしょ。


「……つまり、世界を滅ぼさないためにはおまえが破壊神とラブラブになるしかないのでありますね? やむを得ないであります。ワタクシはおまえに協力するであります」


 木房は名刺を取り出して、僕に渡す。血が滲むかのような文字で彼女の肩書と連絡先が書いてある。


「何かあればワタクシに連絡するであります。全世界負け組救済機構が協力するであります」


「うん。ありがとう……」


 敵対するよりは、味方でいる方がいい。


 しかし、この機構、一体どんな機構なんだろう。


 彼女みたいな連中が沢山いるのかもしれないと思うと、気が滅入ってくるなぁ。



 木房は溜息をついて表通りに視線を向けた。


「さて、それでは別の通りで消す対象を探してくるであります」


「いや、それはやめようよ」


 僕は止めたけど、彼女はそのまま先の通りへと歩いて行った。

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