第6話 博愛の少女"奈詩"・1
世界中の破壊思念を受け取って、破壊神と化している少女・黒冥魔央。
そんな彼女は、完璧な箱入り娘として育てられたようで、テレビも見たことがないと言う。
このまま二人で部屋にいるだけでは話題を探すだけで大変そうだ。
僕は一旦、外に出て買い物に行くことにした。
趣味も何も分からないなら、とりあえず食事しかない。美味しいご飯を食べていればハッピーになるんじゃないかというかなり適当な想像だ。
わざわざ買いに行かずにワーバーででも頼めばいいと思うかもしれないけど、此花婆さんに確認したいことも増えたから外に出たいし、単純にちょっとした気分転換の時間も欲しい。
それにワーバーの運び屋がとんでもない奴だと、トラブルになって世界が滅んでしまうかもしれない。
ちょっとした判断ミスで世界がなくなってしまうかもしれない。
慎重に行かないといけない。
ヘリコプターで勝手に移動したので場所は分からないけど、都心であることは間違いない。少し歩いたら駅に行けるだろうし、美味しそうな総菜などもあるかもしれない。
実際、通りは広い。四車線道路で歩道も十分な広さ、大きめの洒落た路面店も幾つも見える。ひょっとすると、銀座の近くだろうか。となると、総菜屋はないかもしれない。百貨店の地下がいいかなあと思っていると、微かに誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
声の方向を見る。
場所に見合わない不愉快な光景が目に入ってきた。
「おまえ、分かっとるんか!? このガキがなぁ! わしの車に傷をつけたんや!」
裏通りで少し人の少ない通りだった。
パーマ姿でサングラス、派手なスーツを着た、みるからにヤバそうな男が二人、気弱そうな30代くらいの男に詰め寄っている。
男の隣では5歳くらいの子供が泣いていた。
「ですので、こちらで修理を……」
「こんな端金が修理代になるかいな! 200万はかかるわい!」
何という奴だ。
子供が傷をつけたということで因縁をつけて法外な修理金をふんだくろうとしているようだ。
また、この通りだけ人通りが少ない。大声が聞こえているせいか近づく人もいない。
いや、一人だけいた。
「何や! そこの女! 何こっちに携帯向けとんねん!」
そう、分厚い眼鏡をかけたショートカットの女の子がこれみよがしにスマホを向けていたのである。あたかも「動画に撮っていますよ」と言わんばかりに。
「おまえ、わしらが悪いと思ってんのとちゃうやろなぁ!? そこのガキが傷つけたんや!」
「クソアマが! 何が『負け組万歳』じゃ。いてまうど、コラァ!」
二人がターゲットを少女に切り替えた。
あ、『負け組万歳』というのは少女の着ているTシャツのことだ。白地に真っ赤な文字で『負け組万歳!』と書かれている。分厚い眼鏡といい、ファッションセンスはかなり残念な女の子だ。
少女の口が微かに動いた。途端に「うわぁ!」という男の叫び声があがった。
「えぇっ!?」
何と、一人の男の周りに黒い染みのようなものが広がっていた。
「何だ、ざけんなよ、この!」
男は必死に染みをかき分けようとしているけれど、その……
染みは彼の腰のあたりから胸のあたりまで広がっている。その下は何もない。
彼の下半身はどこに行ったんだ?
「ぎゃあ!」
染みが一気に彼の頭を覆い尽くすように広がった。それと同時に染みは消える。
男の姿は……どこにもない。
「8人。まだ8人……」
少女がもう一人の男を向いた。と同時に黒い染みが男の膝のあたりに広がる。先ほどの今である。男は血相を変えた。
「て、てめえ、何するつもりなんだよ!?」
悲鳴に似た叫び声に対して、少女は無関心といった様子で答える。
「ワタクシはノルマに追われているのであります。おまえを含めてたったの9人……」
その言葉が何を意味するのかは分からないが、少女がまともじゃないことは理解した。
ひょっとすると、不愉快な男達の方がまともかもしれない。
僕は本能的に子供の方へ走った。
「さあ、あっちへ行こう! あ、お父さんも!」
子供を抱きかかえて、人通りの多い方へ走る。父親も「あ、そうですね!」と急いでついてきた。
二人を大通りまで連れていく。御礼の言葉を言われるが、それよりも先程の二人が気になって戻った。
少女は同じところに立っている。黒い染みはどこにもなく、もう一人の男も消えていた。
「……」
少女が僕に視線を向ける。メガネの奥は見えないから表情は窺えない。しかし、口元は不機嫌そうにへの字になっている。
彼女はゆっくりと近づいてきた。
「おまえ……気に入らないのであります」
おまけ:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330656816649924
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