3Welt 「無賃住車」

 廃線になった線路の上をギシギシと音をたてながら歩いていくのは、錆とツタで覆われた電車であった。

 生い茂る草木を辛うじて押し倒しながら、弱々しく、這うような速さで進む。たった一両、群れから外れたような様相である。

 私はあそこに住んでいる人間をよく知っている。かつては、私も彼の元によく訪れていた時期があった。

 彼は知的でユーモアがあった。人生経験も豊富だったし、一度は結婚もしたらしい。しかし、もう二度としないらしい(理由は分からない)。

 その線路は1990年に廃線になった。高度経済成長期が下火になり、工場の代わりに家やショッピングモールが立ち並ぶ便利で新しい街になった。今となっては、その線路を使っているのは彼だけだ。

 彼はどういう理屈で電車が走ってるだとか、どこの許諾を得て走っているだとかは「つまらないことだ」と言って全く教えてくれなかった。彼が教えてくれる事は彼が彼の目で見てきた世界についてのことだった。

 彼は様々な場所の話をした。中には到底真実とは思えない(例えば、宇宙人と酒を飲んだ話とか、臨死体験を意図的に起こした時の話とか)ある種の物語のような話も多分に含まれていたが、彼の口から発せられる言葉一つ一つに、妙な説得力がありいつの間にか首肯しているのが常だった。

 私は久しぶりに地元に帰ってきて、その電車が未だに走っているのを見て、擦り切れるくらいに懐かしい気持ちになったが。彼には会わなかった。なんとなくそれでいい気がしたのだ。

 彼が本当にあの電車の中で今も暮らしているとしたら、おそらく53歳くらいになっているはずだ。私のときと同じように、また誰かを乗せて彼の物語を聞かせながら、ゆっくりと電車に揺られているといいなと思う。


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