36.水賊の邪剣

 水賊の船に飛び移り、オーガと呼ばれる強壮な兵士を一人甲板に打ちのめした。


 飛び移ってきた私が即座と一人倒した事に水賊どもも慌てたようだが、オーガたちは即座に反応を示した。


 比較的、私の側にいたオーガの一人が槍を片手に猛然と迫って来る。


 緑色の皮膚に覆われた強壮な肉体、そしてその体を補強するのはこの地に住まう者ならば誰しもが持つ魔力。


 気合と共に突き出された槍の速さは類を見ない。


 唸りをあげて迫る穂先は、しかしながら銃弾と比べるべくもない。


 私は退くと同時に剣を切り上げ、その穂先を払う。


 踏み込むときと同様に、退く時も足さばきは素早く行わねばならない。


 進むも退くも自在であればこそ、我が剣は生きてくる。


 穂先を払いのけた私ではあったが、今一人、鉈にも似た大きな剣を振るい横合いから斬りかかって来たオーガに対するために追撃は諦めた。


 半ば鉄の塊の如きあれほどの大業物おおわざものを振り回すのだから大した馬鹿力だ。


 空を切る音を間近に聞き、風圧を皮膚に感じても恐れはなかった。


 結局、どれ程の力あろうが、魔力で補強していようが、当たらなければ意味がない。


 剣に魔力を込めて遠距離攻撃を行う輩もいるから油断はしないが、オーガの攻勢は今のところ北で味わってきた数々の苦難に比べれば、物の数ではない。


 剣が空を切った事に驚きをあらわにするオーガの懐に飛び込み、顎に向かって掌打を繰り出す。


 さて、こいつが効くかどうか。


 オーガとの戦いは経験が少なく、まだ試してはいなかったが脳を揺さぶる攻撃を仕掛けて見た。


 頑強な肉体を闇雲に攻撃するよりは急所を狙った方が良い。


 手応えはあったし、人型であるから効くとは思うのだが……。


 顎に一撃を喰らったオーガはよろめき片膝を付いたが私が思うような効果はなかった。


 気を失うことなく、闘志も萎えてはいない。


 さて、よほど首の骨でもしっかりしているのか。


 効かぬ物はしょうがない、首を刎ねて回るしかないか。


 私がそう結論付けたが、同時に一つ懸念が浮かぶ。


 中々に手ごわいオーガを八人も傘下に置く水賊とは何者だ?


 北の魔獣と比べることはできないとはいえ、そこらの荒くれなどより遥かに手ごわいオーガを傘下に置いて働かせる水賊の長は舐めては掛かれない。


 穂先を切られた槍で再び突いてきたオーガの一撃を脇に避けながら、そっ首を叩き落そうと剣を振るう。


 けれども、けたたましい金属音が響き、私の一撃は弾かれた。


「……魔力無しにこれほどの奴がいるとはな」


 オーガを守ったのはまだ年若い人間の男だった。


 銀色の髪に目元涼しい顔立ちの男は美形と言えるか。


 だが、その顔に浮かぶ表情は凶賊のそれだ。


「さがれ、お前たちは船を襲え。こいつは俺がやる」


 意気揚々とオーガに指示を出せば己の背丈よりも長い剣を下段に構えるこの若い男こそが、この水賊の長か。


 ならば、こいつを討ち取ればそれで終い。


 私が斬り込んだことで混乱しかけていた水賊の船は、再び商船へ接舷を試みる。


 あちらにはグラルグスやロズワグンがいるから大丈夫だろう。


 ロウという若い魔導士がどれほどの物かは分からないが、足手まといにはならないと思われた。


 ならば、私は目の前の相手に傾注するだけだ。


 私が水賊の長に集中しかけたところで、耳が空を突き破り唸りをあげて迫る音を聞く。


 同時に水賊の長は微かに笑みを浮かべ踏み込んできた。


 私は何ら臆することなく前へと踏み出し、長が下段に構えた長剣を踏み跳躍する。


 私の背後より迫っていた鉈めいた剣の一撃は再度空を切る。


「なにっ!」


 驚きの声をあげる長を無視して、私は着地と同時に小柄こづかを……芦屋卿よりの手紙が括り付けられていた私の愛刀の一部を鉈めいた剣を振るうオーガに向かって放つ。


「ぎゃっ!」


 右目の視界を奪われたオーガが一つ悲鳴を上げる。


「ちっ!」


 舌打ちしながら長剣を振り返る勢いで横に凪いだ水賊の長の一撃を剣を立てて防ぐ。


 手首にしびれを感じるほどの剛剣。


 やはり油断できない相手だ。


 防ぐと同時に私もその額を斬り裂かんと剣を振り上げるも、その一撃は猿の如く背後へと飛んで避けられた。


 それどころか着地と同時に剣を突き出し、猛然と迫って来る。


「死ねっ!」


 迫る剣先を払いのけた瞬間に、ドンッと大きな音と共に船が揺れ動く。


 私もまた接舷の衝撃によろけた。


 だが、水賊の長はそれを見越していたようで、払われた剣を手繰り寄せると足元を狙って打ち込んでくる。


 なるほど、水賊には水賊の戦い方があると言う事か。


 私は剣を甲板に突き立てるようにして足元への一撃を防ぐと、一歩前に出て剣を振り上げた。


 やはり猿の如き俊敏さでこれも避ける水賊の長。


「……これもしのがれるかよ」


 さしもの奴も肩を上下させて息を整えている。


 奴の剣は我流、剣を習った者にはない奔放な動きは恐ろしくもあるが、理には適っていない。


 剣の理、術の理、それらは先人の知恵だ。


 目の前の水賊は天賦てんぷの才はあれども、師を得ず、道を知らぬ無道の者。


 それでも、船上での戦いには長けているのが厄介な所だ。


 私はトンボに構えながらじりじりと奴に近づくと、奴もまた剣を下段に構えながらじりじりと迫る。


 どう攻めるのか、どう打ち込むのかを算段しているのか先ほどまでの勢いはない。


 ……あまり冷静になられても困るな。


 私はあえてトンボの構えを解き、切っ先を下に向けて声を掛ける。


「……水賊、故あって死んでもらうぞ」


 私は息を乱すことなく、静かに。


「やれるもんならなっ!」


 それに対する水賊の反応は怒りに満ちていた。


 剣を下げた事で侮蔑とでも受け取ったのだろう。


 こいつは何処か人を舐めた所があるから、そう受け取ってくれると思っていた。


 怒りは判断を狂わせる。


 三度、勢い任せに私へと迫り剣を振り上げる水賊の長。


 私は切っ先を下げたまま、大きく踏み込んで斬り上げた。


 私と奴が交差すると、商船の方から声が上がった。


「オーガに備えろっ!」

「いける、いけるぞっ!」


 僅かな時間でしかなかったが、私は剣を切り上げたままその声を聴いていた。


 背後では水賊の長が崩れ落ちる音が響いた。


 甲板を赤く染めていく長の血に水賊が気付けば、水賊の壊滅は時間の問題となった。


 オーガすら従えたほどの剣の持ち主が黄泉路へ渡った。


 つまるところは、水賊の長が死んでしまえば、この水賊をまとめ上げる存在はいないのだ。


<続く>

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