37.蛇人
オーガを引き連れた水賊は程なくして降伏した。
長が私に倒され、多くのオーガたちもグラルグスやロズワグンに敗北を喫すると彼らは驚くほど素直に降ったのだ。
「強者にこそ、我らは降る」
オーガの頭目はそう告げて、無抵抗となった。
私の小柄を喰らい片目を失ったオーガは、仲間に手当てを受けながら私を見据えて言った。
「お見それしました。我らの罪、償い終わったその時は従者としてお仕えさせてくだされ」
まだ年若いと思えるオーガは片目を奪った相手だと言うのに私にそんな事を言う。
「法がどのような裁きを下すのか分からん以上は、下手なことは言えん。だが、心を入れ替え罪を償った暁には考えよう」
……その頃私が生きているかは分からないが。
その言葉に満足したのか、若いオーガは頭を垂れて謝意を示した。
ふむ、下手な人間よりオーガと言う連中の方が価値観が合いそうな気がする。
ともあれ、途中の川べりの町でオーガたちを役人へと引き渡して、我らは一路南へと向かった。
大魔導士の治めた廃都へと向かうために。
※ ※
川を下りはや十日、漸くジーカ近辺までやって来た。
水賊の襲撃があったとはいえ悪くない速度と言える。
帰り時間に十日から十五日を見れば、ジーカの探索に一カ月ほどは使える。
最も、エルダーサインとやらについての情報が欠片も無ければ無駄足になってしまうが。
それでも、ここしかないのだ、あの魔笛を防ぐ手段がありそうなのは。
船を降りて、小舟に乗り私とロズワグン、グラルグスに黒髪の魔導士ロウの四人だけでジーカに通じていると言う水路を進む。
そう、ジーカは滅びてなお水路に水が流れ、小舟でならば向かうことができた。
そうして小舟に揺られる事を数刻も過ぎればジーカと呼ばれる廃都が見えてきた。
それは、おおよそ廃れた都には見えなかった。
四方を高い壁に覆われており見る者に威容を覚えさせる。
川に通じる小規模な運河の様な水路と幾多の水門が添え付けられ、高い壁には陸路の為の四方門を備えた巨大都市の名残。
戦の荒廃で滅んだと言う伝承が嘘のように、外から眺めるジーカは立派だった。
未だに水路も生きており、小さな船を借り受けて進む我らは近づいてくるジーカの姿に圧倒された。
その壁の高さは、何処の国の王城かと言うほど高い。
壁が幾ら高くとも魔術がある以上防衛的な意味は少ない。
しかし、高さのある壁は力と権威の象徴として良く王城に用いられる。
それに匹敵する高さの壁がぐるりと四方を囲んでいるジーカの威容は、かなりのものである。
この地に嘗てただ一人の大魔導士が住まい、数多の使い魔と共に過ごしていたと言う伝承を思い返す。
大魔導士ジュアヌス。
初めてその名を聞かされた時、私は何故か奇妙な感慨を覚えていた。
それが何かは全く分からない。
ただ、妙に心が浮き立ったのを覚えている。
「閉じておるのぉ」
「船着き場がありますから、そこで降りるしかありませんね」
ロズワグンとロウがそんな事を話し合う。
水門が閉じられており、船で中に入る事が適わない以上はそうするより他にはなかった。
「しかし、四方の門は全てが開け放っておきながら、水門は閉じるのか」
「門は後に誰かが開けたのかもしれないな」
私の疑問にグラルグスが答え、我らは小舟より降りる。
そして、開け放たれていた四方門よりジーカへと足を踏み入れた。
廃都ジーカは廃墟とは思えぬほどに整っていた。
今にも誰かが建物から出て来そうな、何処となく生活感にも似たものが感じられたが、そこに在るのは
水が流れる水路があると言うのに、なぜか乾燥しており奇妙な心地を覚える。
皆が物珍しげに周囲を見渡している最中、私は都市の内部を縦横に走る水路からギィィと音が響いた事に気付いた。
まるで、舟を漕ぐかのような軋みにも似た音。
そして、水音。
ハッとして振り返るが、二はそこには当然のように何もいない。
そして、誰もがその音に気付かなかったように変わらず周囲を見渡していた。
……気のせいか。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そうだ、水路には何もいない。
荷物を載せた小舟が行き交う事も無く、蛇頭人身の船頭が供物を運ぶ事も無い。
……蛇頭人身の船頭? そんなもの居る筈ないだろう……。
私は突然、自分が思い浮かべた奇妙な存在について首を左右に振り頭の中から追い払う。
ジーカ特有の空気が私に緊張感を与えているのだろうか。
心が浮つくと言うよりは、居ないはずのモノを見ている気分になる。
色々と思案していると、不意に視線を感じる。
突き刺すような鋭い、しかし、敵意よりは好奇を感じる視線。
気配には聡いと思っていたが、私ははっきりと視線の主を感じ取れなかった。
ただただ、視線を感じる。
ラカ殿の教えを思い出し、心を揺るぎもしない水面のように平静を保とうとするも、再び水路からギィィと音が響いた。
気が付くと、私は一人で横たわっていた。
石畳に直接横たわっていた所為か、体の節々が痛む。
ふと、視線を感じて顔を上げると……幾つもの赤土色の目が私を捉えていた。
蛇頭人身のローブを纏った者達が数名、私を取り囲んでいたのだ。
「――」
不思議と、先程まで感じていた様な不気味な印象は無かった。
同じ瞳の色を持つ者だからであろうか。
ただ、横たわったままなのも何故か不敬と思い、起き上がろうとすると蛇頭人身の一人が、鱗だらけのその手で起き上がるのを制止し語り掛けてきた。
「
(……あるのか……無駄足にならずに済んだ。だが、守り手?)
「古の印、おいそれと余人に渡っても困る。それが我らとジュアヌスの取り決めよ。されども、魔笛が世に出回ってはそうも言っておれん」
(魔笛、とは一体なんなのだ……)
「魔笛、白痴蒙昧な神の無聊を慰める無形の神が吹き鳴らす笛……その紛い物。されど、我らには十分な害をもたらす。しかし、だ。所詮は紛い物、古き印の力で防ぐことは可能」
(それほどの力を持つ者が……ならば屍神、とは?)
「旧き支配者。ムートゥランの時代よりさらに旧き時代の覇者。ソラより来たりし者、死を超ゆる者、偉大なるC」
(……悪か?)
「善悪など意味をなさぬ。ただの力、ただの神、そう考えても良い。故に眷属でも無き者がいくら祈ろうとも無駄な事」
私が思うだけで彼らは答えをくれる。
何故かは分からないが、彼らは私に好意を抱いているらしい。
同じ瞳の色だからであろうか?
<続く>
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