35.川下り
ザカライア老の推薦により黒髪の青年魔導士ロウを案内人として私たちは廃都ジーカへと向かう。
ロウが言うには最短距離を進むならば馬で三日ほど西へと向かい、トプカと呼ばれる街から船で川を南に降って十日ほど進むとジーカ付近にたどり着くと言う。
「あの辺りは北のモノよりはおとなしいですが魔獣が住んでおり、今となっては近づく者も少ないのです」
「しかし、貴公らの縁者はそこに向かったと?」
「ええ、我が師は研究に没頭するとその辺のことは気にしなくなる性質でして……」
ロウの説明にロズワグンが問いかけると、彼は静かに頷いた。
そう、ロウはザカライア老の弟子ではなかった。
ザカライア老の弟子であるのは、彼の師なのだと言う。
その師が何を思ったかジーカへと向かい、帰って来ない。
ザカライア老の元に預けられていたロウはそのまま師の帰りを待っているが、流石に修練できずに困っていた。
師の師であるザカライア老に師事するのは恐れ多いし、何より師に不義理であると考えたロウはその帰りを待っていたのだが既に半年が経つが帰って来ないのだと言う。
「ジーカで何かがあったのか、或いは道中で倒れたのか。ザカライア様が星を見て導き出した答えは、師は生きてはいるが身動き取れない状況にあるとの事で……」
だから、ジーカに何れは向かおうと考えていろいろと調べていたのだが、
そんな彼にしてみれば私たちの存在は渡りに船と言った所か。
「馬は用意できますが、船がつかまるかどうか。水運は盛んですが、ジーカ付近まで降る商船はないでしょうから」
ロウは少しばかり不安げに告げた。
商人なれば利益がでないであろう荒れた土地まで船を動かすはずもない。
利益を得る算段がないだけではなく、オールを
「トプカに行って交渉するより他にはないだろう。途中までであるならば護衛の任でも引き受ければ良いのだが」
グラルグスは行ってみねば分かるまいと笑う。
行き当たりばったりにも思えるが、今は何かしら行動していないと落ち着かないのだろう。
……その感覚は私にこそ当てはまるのかもしれないが。
ともあれ、我らはザカライア老の計らいで馬を借り受け、一路トプカに向かった。
さて、懸念事項であった船は案外簡単に見つかった。
商人たちは最近水賊に悩まされていると語り、それを退治してくれるのならば船で最南端まで下る事も、そこからトプカに上ることもしようと約束した。
商人たちは主に竜魔の姉弟を当てにしているように見えたが、当の本人たちは私を見やって。
「ああ、その手の話ならば任せてもらおう」
そう太鼓判を押し、商人たちを訝しませた。
ともあれ、こうして私たちは船上の住人となったのである。
※ ※
船の上ではやることが殆どない。
船室に籠っていても致し方ないし、この揺れる足場でならば良い鍛錬になるだろうと私は剣を振った。
立木打ちのような稽古は出来ないが、敵を思い描き想像の中で斬り合う事は出来る。
今私が最も強敵だと考えているのは、ラカ殿である。
私にロジェ流の奥義『
彼の姿を思い浮かべると肩の傷が疼くようだ。
この傷は、一生の宝になる。
我が身を戒め、決して修練を怠るまいと自覚させる宝に。
いや……この先の人生について思いをはせるのは、我が子を救ってからだ。
今はただ剣を振るう、いかなる敵も斬り伏せて我が子を助け出すために。
私はトンボに構え、剣を振り下ろす。
ダメだ、これでは水面は斬れず、ラカ殿にも届くまい。
私はトンボに構え、剣を振り下ろす。
足らぬ、これでは水面は斬れず、ラカ殿に反撃を喰らうのは必定。
私はトンボに構え……常日頃より心に刻んでいる故郷での剣の師の言葉を思い浮かべる。
「
極意……私は何物にも届いていないと言う自覚がある。
我が流派の極意にもロジェ流の奥義にも。
ましてや、かつての勇者クレヴィが振るったと言う無魔の剣など到底及ぶべくもない。
だから、振るうのだ。
剣がその秘を打ち明けるその時を求めて。
だが、不意に思い至る。
秘を求める間は剣は語りかけないかもしれない、と。
無我の一撃の中にこそ、極意があるのではないか? ラカ殿を斬ったあの一撃について私は何も覚えていない。
無我夢中であったが、あの一撃はラカ殿に届いたのだ。
そこに何かがある、剣の秘がある。
……やはり剣を振り続けるより答えは出ないか。
そう嘆息しかけた時だ、水夫たちの慌ただしい声が響き渡る。
「商船札を上げない船が近づいて来るぞ!」
「水賊かっ!」
来たか。
私は迫てくる船へと視線を投げかけた。
浮かび上がる影はいささか異様であった。
数多の奴隷と思しき男たちが必死の形相でオールをこぎ、粗末な衣服を纏う緑の肌の大男たち……オーガと呼ばれる種族が武器を構えて、白兵戦の準備をしている。
そんな連中を従えている水賊とやらは、まるで奴隷商人だ。
「水賊だ! 全員戦闘の配置に付け! 奴らオーガたちを引き連れているぞ!」
船長の声は切迫していた。
なんでもオーガと言う種は南方に住まう少数種族なのだと言う。
緑色の肌を持つ大柄な彼らは見た目通り力が強く、男も女も戦う事を尊ぶ。
だから例え素手であろうともオーガの相手は油断できず、武装などされてしまえば並みの兵士では相手にならない。
数が少ないから影響力は殆どないが、もしその数が今の倍も居ればこの地の軍事バランスが崩れかねないそうだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……や、奴ら……オーガを八人も!」
「せ、
それだけに水夫たちの混乱はひとしおだった。
このままでは水夫たちの混乱に飲み込まれて剣を振るう間もなく船を乗っ取られかねない。
そう判断した私は接舷間近に水賊の船へと向かい跳躍した。
トンボの構えより放たれた我が一撃は戦斧の柄を破壊し、オーガの巨体を甲板に叩きつけていた。
何万、何十万と振り続けてきた私の剣が、少しだけその秘を打ち明けてくれたような気がした。
<続く>
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