34.廃都

 急ぎ行動しスラーニャを救出する、その為にはいかなる労も惜しまない。


 だが、時間には限りがある。


 一体どこを探せば良いのか、敵はどの程度の規模になるのかを明確にせねばならない。


 私たちは高々三人。


 そう悩む私にザカライア老が告げた。


「祭壇の場所、彼の神への嘆願を捧げる場所ならば心当たりがある」

「それは?」

「古の勇者クレヴィに倒されし邪神官の最後の地」


 邪神官もその神を奉じていたのだからと言ってザカライア老は息を吐き出す。


「それは……雲をつかむような話では? 邪神官が潜んでいた場所が何処にあるのかなど」

「お主は会っているのだろう、あの当時を知る者に」


 ザカライア老の言葉に私は目が眩む思いだった。


 そうだ、私は聞いている。


 クレヴィについて、彼がいかに戦ったのかを。


 彼の従者であったと言う動く人形から。


「北に赴き話を聞き、過去の記憶を頼りに探索する。それを三ヶ月で行うか……」


 グラルグスが呻くように告げる。


 時間が足らないと言いたいのだろう、分からなくはない。


 北の地に一歩足を踏み入れれば歩む速度を落とさなくては生き残れない。


 深淵に浸食された魔獣たちの存在はそれほどまでに厄介だ。


 慎重に行動しなくては生きて南の地には戻れないだろう。


 それでもやるしかない。


 私が決意を改にした時だった、外がにわかに騒がしくなる。


「敵襲だっ!」


 その声に私たちは即座と外に出た。


 敵襲の報は確かに響いた。


 だと言うのに、守り手たちは皆一様に周囲を伺うばかりで敵の姿がない。


「何があった?」


 元北の監視者ノースウォッチャーであり、今はこの村の守り手たちを束ねるエルドレッドがそう問うと戦斧を背負った少年戦士が答える。


「エルさん、飛び道具が柵の向こうから来た。小型のナイフだ」

「けが人は?」

「そこの家の壁に突き立てられているだけさ、ただ、何やら呪文が書かれた紙も一緒でさ」


 魔力は感じないけれどと少年戦士が伝えると、家の壁を指し示す。


 そこには忘れもしない、ここに来た際に無くしていた筈の、昔懐かしい私の愛刀の刀装具が……小柄が突き立てられていた。


 そして羊皮紙に認められていた文字は私の故郷の言葉であった。


※  ※


 そこに書かれていたのは秘された祭壇の場所とシャーラン王レオナルトがどのルートでそこに至るのかを示されていた。


 このルートを先回りし進めば祭壇とやらにたどり着く。


 一気に展望が開けたような心地になるが、当然これが罠の可能性もある。


 それにしても、これほどまでに直接的な行動を行えばどうなるのか分からない人ではない筈だが……。


「どうした?」


 その羊皮紙を凝視していた私に訝しげな視線を投げかけロズワグンが問いかける。


「私の国の言葉で祭壇とやらの場所と行き方が書いてある」

「なんと? ……貴公の同郷の男は何を考えておる?」

「従属からの解放、その為には何でもやる方だが……随分と直接的な」


 この間の一件で立場が相当悪くなったのかもしれない。


 恨み言にかこつけて大分情報をもたらしてくれたのだから。


「人は指示されると安心する者も多いが?」


 疑わしげにロズワグンが問いを重ねる。


 罠である可能性の指摘であろう。


 気持ちは理解できるが、芦屋卿に限って言えばそれはないと思っている。


「あの方は過去に怪しい術を使う術師に体を乗っ取られかけた経験がある。意に反して体が動くのが我慢できず私に己を斬れと命じたほどだ」


 命令通り斬った際には、何度もこれで良い、この痛みも俺の物だと笑いながら地に伏した姿が思い出される。


 ぱっと見は胡散臭い男ではあるのだが、その性根は見上げたものだと思う。


 自由を愛する事と、己の意に添わぬことを己にやらせようとする輩に対する復讐の念はきっと他の追随ついずいを許さない。


 だから、今回の件を利用して屍神ししん教団を徹底的に叩くつもりなのだろう。


 私がその様に芦屋卿の人格についての推論を述べると、多くの者は呆れと共にその執念に恐れを抱いたようだ。


「兄者の生まれた国はそんな男ばかりなのか?」

「そんな訳なかろう。私を見ればその違いは一目瞭然だろう?」


 何だか納得したように問いかけてくるグラルグスに首を振ってそう告げやるも、彼は苦笑を浮かべて何も答えなかった。


 そして、その反応はグラルグスばかりではなくロズワグンや他の者たちも同じような表情だった。


 何故だ。


 私のその疑問に答える者はなく、祭壇の場所が真であると仮定した話し合いが進む。


 問題はあの魔笛、再び魔王と対峙しても何もできないままにまた倒されては犬死だ。


 印を持つ者には効かないと言うがそのエルダーサインとやらがどのような印なのか、どこかにある物なのかが分からねば意味がない。


 そして、エルダーサインについては魔導士であるザカライア老も詳しいことは知らなかった。


「手がかりがあるとすれば、かつて存在した大魔導士ジュアヌスが治めた街、今は廃されし都ジーカであろう。ただ、確証はない。あくまで確率的に高いと言う話だ」


 ザカライア老はそう告げた。


 三ヶ月の時間制限がある。


 いや、芦屋卿の示した行程を考えるに準備やら移動やらに一カ月は見た方が良い。


 ならばエルダーサインについて調べる時間は二カ月の猶予しかないと考えるべきだ。


「手を貸してやりたいが、俺たちはこの村の守りがある」


 エルドレッドが難しい顔で言った。


 彼の言い分は最もだ、あくまで彼らはこの村の守り手。


 教団は今は引いたが、またいつ攻めてくるのか分かったものではない。


「本分を果たすと良い、ジーカとやらには我らだけで行く」

「廃されたとはいえ数多の魔物を従えた大魔導士の都、一筋縄ではいくまい」


 私の言葉にザカライア老は眉間にしわを作り悩み。


「ロウ、お主を案内に命じる。行ってこい」

「……宜しいのですか、ザカライア様」


 ロウと呼ばれた黒髪の青年魔導士の返答に違和感を覚える。


 まるで彼はジーカとやらに行きたがっているように聞こえた。


「良い、ついでにあの馬鹿を探して参れ」


 ザカライア老は禿げ頭を一つ撫でてから、苦々しげに、しかし何処か嬉しそうに告げる。


 黒髪の青年はザカライア老の言葉に大きく頷き、私たちの方を向くと。


「ロウと申します。ジーカについて少々知っておりますので、ご案内できるかと思います」


 そのように生真面目そうな表情で告げる。


「よろしく頼む」

「こちらこそ」


 こうして我々はかつて大魔導士が治めたと言う都市へと向かう事になった。


<続く>

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