四章、その刺客の名は神土征四郎

33.眠る神

 私が目覚めたのはザカライア老の住むあの村だった。


 私が目を覚まして少し経ってから竜魔の姉弟も目を覚ます。


 彼等もまた焦燥しており、あの時にスラーニャを背負っていたグラグルスの悔恨は相当に深い。


 だが、彼のせいだけではない、私もまたスラーニャに伝えきれなかった事がある。


 それがあの選択に繋がったのだと思えば、反省するしかない。


 戦えば傷を負うのは日常であるが、私はあの子に傷ついた姿を殆ど見せてこなかった。


 多少の傷を負う事はあっても今回のような深手を負うことは無かった。


 そんな私が傷を負ったのだから大きく動揺し、あの決断を引き出してしまったのだろう。


 私はその選択が優しさから来ている事は知っている。


 だが、一方でそれは私たちを軽んじてもいるのだと教えてやらねばならない。


 その為にも必ずスラーニャを取り戻さねば。


 目覚めて現状を知り、塞ぎ込みがちな二人の前に私はそう告げた。


 立ち直って貰わねば困る、さもなくば私一人での救出行では精度が落ちるとも言い添えて。


 スラーニャはまだ死んでいないのだ。


 ならば、親なれば救いに行くのに命を投げ出すのも当然ではないかと。


 ロズワグンは伏せていた視線をあげ瞳に強い意志を宿し、グラルグスは一度だけ己の頬を叩きかつを入れた。


 まだ、失っていない。


 それはあまりにか細い希望であるかもしれないが、そこに望みがあるのならば賭けるより他にはない。


 私たちは今後の方針を定めるためにも、また、命を救って貰えた礼の為にもザカライア老に面会を求めた。


※  ※


 ザカライア老は私たちと会うばかりか村を守っていた者たちを呼び集め、色々と教えてくれる場を設けてくれた。


 まず、私たちを見つけたのが襲い掛かって来た教団の兵を退けた元北の監視者ノースウォッチャーエルドレッド率いる兵たちだったそうだ。


 敵が周囲にいないかを伺っていたところ、道端で倒れていた私たちを見つけたのだ。


 その時に私たちが鼻や目から血を流して倒れていたとの報告を受け、ザカライア老はそれが魔笛による音波攻撃ではないかと疑ったと言う。


 そして、彼の杞憂は現実の物となった訳だ。


「魔笛は人の頭に作用すると聞く。この頭蓋の中身、脳を揺さぶりダメージとする」


 嘆息しながらも彼は、自身の禿げあがった頭を示して魔笛について説明してくれた。


 魔笛が奏でる音色を聞き続ければ頭の中を揺さぶられ続け、廃人と化す者も居たと言う。


 魔王と呼ばれた魔導士が所持していたが、勇者レオナルトに討たれて以降はその所在は定かではなかったとも。


 その言葉に私は倒れる前の出来事が刺激され、意識を手放す直前まで見続けていた光景を口にした。


 それは、私たちの敗北の瞬間でもあったが、恥を感じている暇などない。


 伝えるべき情報はしっかりと伝えねばならないのだ。


 私の言葉を聞きザカライア老は呻いた。


「お主の同郷の男がどこまで真実を語ったのかは分からん……。だが、魔王テスタールはまさしく多くの国に戦を仕掛けんとした魔導士が名乗った名前。その討伐まで全てが仕組まれたことだと言うのならば……」


 何とか絞り出した言葉には畏れや怒りが入り混じっているように感じられた。


 一方でエルドレッドは、赤毛の元北の監視者ノースウォッチャーは納得したように笑った。


「道理であの魔王騒動の時に北の監視者ノースウォッチャーに声が掛からなかった訳だ。俺たちは皆はみ出し者だからな」


 北の監視所に送られる戦士は権力者から見れば問題児が多い。


 だが、腕っぷしは強く己の信念を曲げず一人になっても戦い抜こうとするような気質の者がゴロゴロいる。


 教団が何かを選別するにしても、もっと手易い相手を探すだろう。


「つまりは、とんでもないような力を持っている様に見えるが決して手の届かない連中じゃねぇって事だ」


 エルドレッドの言葉に頷きを返す。


 確かにサレスにしろ、テスタールにせよ強敵には違いなかったが、彼らに全くかなわないとは思わない。


 戦場を選び、策を考え、入念に準備して戦えば勝てる可能性は高い。


 ただ、その時間が残されているのかが問題だ。


「星の位置正しき時に我が子は贄とされると奴らは言っておりました。星の位置とは?」


 私の言葉にザカライア老は眉根を寄せた。


「何を呼び出すのかを知らんと特定のしようが」

「そは永久に横たわる死者にあらねど測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの」


 ザカライア老の言葉を遮るようにロズワグンがそんな言葉を告げた。


 確かに芦屋あしや卿もその様な事を言っていた筈だが……。


 ともかくロズワグンが何ら感情をこめずに告げた様な言葉の効果はてきめんだった。


「……なんと。屍神ししんとは……おお、屍神とはその様な意味であったか……」


 ザカライア老が大きく身を震わせて、声を絞り出すように告げた。


「ああ、なるほど、魔笛も彼の者たち所縁ゆかりの品か。それは防げぬ……防げぬよ」

「されど、あの男は言っていた。印を持つ者には効かぬと。その印とは?」


 グラルグスが力を込めて問いかけを放つ。


 そうだ、印があれば魔笛の音色は効かぬと芦屋卿は言っていた。


 スラーニャにも通じていない事から相手を選んで攻撃できたのかと思ったが、まさか、いつの間にかスラーニャは印を持っていたのか?


「……大魔導士ジュアヌス曰く、旧き者どもを抑え込む力ある印有り。太古の魔導士はそれをエルダーサインと呼び現した、と」


 ザカライア老は衝撃を受け流してか、冷静さを取り戻して告げる。


 その様子を見て、私は知りたくてたまらない残り時間について問いただした。


「……魔笛の対策が必要なのは分かっているが、いかほどの時間が我らにはあるのか? その屍神を呼び起こす星の位置とはどれ程の時間があるのか。先ほどの様子から何かを察したように見えたが……?」

「……おおよそ三カ月ほどある。屍神が正に海底で眠る彼の神であるならば」


 私はその言葉を聞き僅かに安堵する。


 三ヶ月、長いようで短い時間だがその間はスラーニャの命は保たれている。


 贄に使うと言うのだ、食事はさせるだろう。


 それに、私からスラーニャを奪った男ではあるが、サレスはその辺りは信用できそうな気もしている。


 最も、そうだからと言って次に会う時は死合うだけの話だが。


 ともあれ、取り急ぎ行動を開始し、我が子を必ず取り戻して見せる。


<続く>

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