30.報い

 私の剣は淡く輝き死霊とヴェレンを繋ぐ不可視の糸を断ち切った。


 それに気づいたからこそヴェレンは呻いたのである。


「……馬鹿な。魔力の無い奴にこんな芸当が……」


 ヴェレンの言葉が言い終わるか否かのうちに、小さき死霊は苦悶から解放されてふわりと宙を舞い、膝から崩れ落ちている法衣姿の女に一つ笑いかけると消えていった。


「ああ、ああ……」


 女はその場で突っ伏して泣き出してしまう。


 その光景に周囲の連中は驚き、そしてスラーニャに迫る動きを止めた。


「くっ……行け、お前ら!」


 私は死霊が消えるのを見送り、再び放たれた三体の死霊を見る。


 皆、小さな姿だ。


 その小さな者達は生きようと足掻き、そして亡くなった子供たちだ。


 ヴェレンは子供の死を利用し、霊を利用しなり上がってきたのだろう。


 その様な輩を抱える屍神教団に改めて強い敵意を感じるが、今は心鎮め、鎮魂の剣を振るう。


 先日、ザカライア老は言った。


 それほど怒気をあらわにして無魔の剣が会得できるのかと。


 私はラカ殿と出会い仕合わなければ、こうも上手く死霊と術者を繋ぐ糸を切れたかどうか。


 なるほど、確かに怒りは思わぬ力を出すことはある。


 だが、逆に危機を作り出す事の方が多い。


 周囲が見えなくなることほど恐ろしいことは無い。


 そして、それ以上に魔力なき私にとって重要なのは古の勇者クレヴィが振るったとされる無魔の剣だ。


 その伝承に近い一撃を繰り出せた時は決まって心が平静な時であった。


 北で出会った死霊の未練を断ち切った時も、追い込まれた挙句ではあったが心に平静を取り戻して無我のままに振るった時だった。


 答えはある意味最初から示されていたのだ。


 私は三方より迫る死霊の一体に、右手側から来る一体に向かって踏み込んでその右腕の側へと剣を振り下ろす。


 滑るような足取りでそのまま右に大きく迂回して、徐に向きを変え跳躍しながら中央から来ていた二体目の背筋あたりへ剣を振り下ろす。


 そして、着地と同時に三体目の死霊の首筋付近へ剣を振り上げた。


 二撃目が少しだけ心が揺らいだか、輝きを放たなかった。


 その為、振り返りざまに少し怯んでいた二体目の死霊の背後を再び切った。


 二体目の死霊は金色の髪の少女だった……スラーニャと同じく。


 三体の死霊は時間差を置きながらもヴェレンの支配下を逃れて消えていく。


「ナムアミダブツ」


 私は故郷で良く唱えられていた祈りの言葉を呟く。


 覚者の教えによれば、皆死ねば仏になると言うが、果たしてこの地の者もなるのであろうか。


 私には分からない事ではあるが、ただ一つ分かるのはヴェレンは取り巻きを支配する鎖を一つ、また一つと失っていると言う事だ。


「何故だ! 何故だっ!」


 狼狽えるヴェレン、そしてそれを見つめる鋭い複数の視線。

 

 彼らの手にはスラーニャを討つために与えられた武器がある。


 ……私が彼らの立場であるならば、やることは一つだが……さて。


 他者がどう出るかまでは予測できない。


 ゆえに私はヴェレンに向かてゆるりと歩き出す。


 自分の手で奴を討つように。


 左肩が熱くかんじるが、どうにも血を失い過ぎてきたか左手の先が冷たくなった気がする。


 指先は熱を失っているのに流れ出る血が伝い温めている状況が何ともおかしく、微かに笑ってしまう。


「ば、化け物が!」


 ヴェレンは私の笑みに何を考えたかそんな事を告げて更に死霊を放とうとした。


「……ああ、これで未練はねぇ……」


 ヴェレンの取り巻きの一人、法衣姿の男が消えた死霊を見つめていたが、不意にそんな事を言ってヴェレンに体ごとぶつかっていった。


「……犯した罪は償うわ、でも、その前にっ!」


 最初の死霊が消えたのを見て泣き崩れていた女が短剣を片手にヴェレンにぶつかりに行く。


「お、お前、お前らっ!」

「よくも、よくも息子の死を弄んだなっ!」

「お前を殺して私も死ぬわっ!!」


 彼らはただぶつかった訳ではない、その手の短剣なり剣なりをヴェレンの身体に突き立てたのだ。


「うおおおっ!!」


 抑え込まれていた怒りが爆発したのか、新たな取り巻きの一人が手斧を片手にヴェレンに駆け寄ってその頭を砕こうとした。


「ぎゃあああっ! や、やめろっ! やめてくれっ!!」

「黙れっ! 俺たちは泣いてうたぞっ!!」


 頭への一撃をどうにか避けたが肩に手斧が落されてヴェレンは絶叫した。


 ジェイズと呼ばれた剣士を馬鹿にしていたが、追い込まれれば自分ではどうしようもない当りこのヴェレンの方が間抜けではないだろうか。


 そもそも子供たちの死を利用して人心を縛り上げた挙句の末路だ、悪因悪果あくいんあっかとしか言いようがない。


 事の成り行きを見守っていたロズワグンはスラーニャにこの凄惨な状況を見せぬようにとぎゅっと抱きあげ、グラルグスが私の方へと駆け寄ってくる。


「兄者、流石に動き過ぎだ! 血を無くしすぎる」

「そうだな、少し流し過ぎた気がする」


 私の軽口を聞いているのかいないのか、その場で肩口の傷の確認を始めるグラルグス。


 酷い有様になりつつあるヴェレンより離れるように私の方へとやって来たロズワグンとスラーニャが心配そうな顔をしている。


「貴公、大丈夫か? 教えを乞うと言うからもっと平和裏な話し合いかと思ったのじゃが……」

「人生の大半を賭けてもなお会得できるか分からない奥義を取得しようとしたのだ、生半可な事では無理だ」


 傷を確かめ、僅かに顔をしかめたグラルグスが問う。


「兄者にここまで傷を負わせた剣士はどうなった?」

「私に奥義を伝えてお亡くなりになられた。今一つの傷は?」

「浅い、こちらだけならばどれだけ良かったか」


 グラルグスの言葉からラカ殿に貰った一撃はやはり恐るべき一撃だたのだと悟る。


 一方、ヴェレンは何度となく刺され、斬られ、殴られ死んだようだ。


 奴が蓄えていた死霊たちが皆解放されて天に昇る様にして消えていく。


「あの取り巻きの連中はこの村の住人たちじゃ。子供が逸り病で亡くなり、その子供の死霊を操るあの男が現れて、この村を支配していたようじゃな」

「国王への嘆願は奴の策だったのか?」

「実際には助けを求めての物だったらしいのじゃがな。さて、どちらにせよガルハの王との付き合いは考えねばな」


 罠であれば当然だが、罠でなくとも為政者としてどうかのぉとロズワグンは告げた。


 ヴェレンが死に放心状態の村人たちがこの後どうするのかは不明だが、彼らは生き残った。


 この先も生きていくのならば自分たちでどうにかするしかない。


「ザカライア老の住まう村も襲われている筈だ、急ぎ向かおう」


 私はそう告げると、皆は少しだけ迷ったように押し黙ったが、頷きを返してきた。


 この村の者たちはいかに支配下にあったとは言えスラーニャの命を狙った相手、あまり長居をする気にはなれなかった。


<続く>

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