28.襲撃

 倒れたラカ殿の元へと向かう。


 私が放った無我の一撃は、ラカ殿の横っ腹を斬り裂いていた。


「剣を……振って、五十と四年――我が身もここまで、か」


 私を見上げながら力なく笑うラカ殿だったが、そこには怒りや悲しみは見て取れなかった。


「私は……水面を会得できたとは思えません」

「されど……お主は見た」


 死に行く者の希望を砕きかねない言葉ではあったが、私はそれでも自身が奥義を得たとは思えなかった。


 その思いを率直に告げることこそ死を賭した相手に対する礼儀であるように思ったが、ラカ殿は静かにそう告げただけだった。


 腹は裂かれている、神官が今この場で癒しの術を用いて治療したとしても生き残れるかは五分五分だろう。


 或いは介錯するのが慈悲か。


 私がその様に考え、剣を握る柄を一度だけ強く握りしめる。


 ラカ殿は何も言わずその目を閉じた。


 少しばかり間をおいて、私は剣を突き立てようとした。


 その瞬間、うすら寒さを感じさせる殺気が私たちに放たれた。


 殺気の主へと視線を投げかけると、そこにいたのは奇妙な二人組だった。


 一人は大柄で筋肉質な男で法衣を纏っているが、神官の持つある種の神秘性は欠片とてなく、俗物が法衣など着た所為で一層に俗っぽさを露呈させている。


 今一人はくすんだ金色の髪、人を小ばかにしたような笑みを浮かべた印象の悪い小娘で、やはり法衣など着ているが道化にしか見えなかった。


「こいつは良いじゃないですか! 神殿騎士を殺しに来たら既に死に体、残った一人も手負いときたもんだ。これもひとえに屍神ししん様のご加護でありましょう。ねぇ、素晴らしい加護です。きっと、あの村も忌み子の方も順調に進みますよ、ジェイズ様」

「良く回る舌だな。大主教様の推薦でなければくびり殺している所だった」


 饒舌に、しかし、真意の欠片も含まれていなそうな小娘の言葉に俗な大男が答える。


 仲は良さそうには見えないが、問題はそこではない。


「屍神教団か」

「お前、魔力が殆どないな」


 私の言葉に大男が嘲りを込めて笑いながら告げる。


「魔力なき剣士など、物の役にも立たぬ筈。だが、貴様は耄碌したとはいえ元神殿騎士を倒している……。お前はなんだ?」

「ただの剣士さ」


 大男の言葉からは敵意や疑心を感じ取れる。


 私は小娘が言った言葉が気になりつつも、敵を前にして心は妙に落ち着いている。


「剣士は魔力の過多で勝敗が決する事が殆ど。なのにこいつは涼しい顔をして立っている。気に入らねぇな!」

「魔力無し? はて、どこかで聞いたような」


 大男が身の丈はありそうな大剣を抜き放ちながら言葉を吐き捨てると同時に道化じみた小娘が小首を傾いだ。


 そして、何かに思い至ったように私に迫る大男に叫ぶ。


「忌み子の親父だ! まさに天意! ここで親父を殺せば忌み子はもう始末できたも同じことですよ! いやはや、こいつは大金星! まさに屍神のご加護は我らにありですよ!」

「俺が強運なんだよ! しかし、こいつは良い! 奴を殺せば俺が四司教になり上がれるってもんよ!」

「やっちまってくださいよ、ジェイズ様!」


 二人のやり取りを聞いて、嫌悪感を感じるが今は怒りがわかない。


「それで良い……過度に感情を昂らせる必要はない事をお主は知っておるだろうが……水面は……それを、補強するだろう」


 足元からラカ殿の途切れがちな言葉が響いたが、最後の一言は力強さが甦っていた。


「おしゃべりはあの世で仲良くやりな!」


 ジェイズと呼ばれた大男は身の丈はある大剣を軽々と振るう。


 風切音を放ちながら迫る剣先は鼻さきをかすめる。


「っ!」


 大剣は即座に通常ではありえない角度で再び私に襲い来るが、その剣先が私に触れることは無かった。

 

 読める。


 ジェイズの向ける視線の先から、筋肉の微かな動き、足先の向きや踏み込み方からだろうか、私は奴の剣に恐れを抱く必要が無いことを知った。


 足が自在に動く、自分が滑るような足取りで動いている事が分かった。


 一向に攻撃が当たらない事に業を煮やしたジェイズが構えを変える。


「魔力無しに……使う事になるとはなぁっ!」


 叫びざまに大剣を真っすぐに私に向かって突き入れる。


 唸りを伴い迫る突きだったが私は間合いから外れようとして、止めた。


 眼前に迫った突きを、大剣の腹を叩く事で軌道を逸らして避ける。


 だが、それを想定していたようにジェイズはすぐに剣を引き戻し、即座と突きを放った。


 通常の突き技では考えられない速度で繰り出されるそれは恐ろしい連続突きだった。


 剣でその一撃を弾きながらも私は特に焦ることなく、相手がこの先さらに四連以上の突きを繰り出すと読んだ。


 即座と三回も突ければ超一流の剣士とされているが、ジェイズは魔力で補強した筋肉を用いてか読み通りさらに突いてくる。


 三回目が喉に当り直前に弾く。


 四回目が胸を穿つ直前に弾く。


 五回目が右肩を貫く前に弾く。


 六回目が左肩を掠めた。


 鮮血が宙に舞う。


「馬鹿……な」


 呻きをあげて倒れたのはジェイズだった。


 私は五回目の突きを弾くと同時にジェイズへと剣を振るっていた。


 ジェイズは見誤った。


 私はただ連続突きから身を守っていた訳ではない、奴の動きが鈍る瞬間を待っていた。


 その刹那を見極めて、一撃をくれてやるつもりでいた。


 ただ、ジェイズは中々の手練であの連続突きは六回目まで恐るべき速度を保っていた。


 いかに魔力によって補強された肉体とは言え、使い慣れない技を容易く扱えるようになるわけではない。


 ただ、奴は六連の突きで確実に仕留める心算だったのだろう。


 それが五連目の突きを放ても私に一撃も与えられていない状況に焦り、惑った。


 このままさらに突くか、手を引いて次に策に移るか。


 プライドが邪魔をしたのか、結局奴は六連目の突きを放った。


 迷ったのは本当にわずかな時間なのだろうが、私たちにとっては大きな隙だ。


 そこで私は一撃をくれた訳だ。


 ジェイズは額から腹まで縦に割かれており、既に絶命していた。


 今一人のいけ好かない雰囲気の小娘は既に逃走している。


「見事……やはり……完成されているのぉ」


 ラカ殿はいつのまにか上体を起こして告げる。


 その顔は既に蒼白で、今にもこと切れそうだったがその顔には深い満足感が見て取れた。


「おさらばです、ラカ殿」

「さらばだ、セイシロウ。……水面、忘れぬように……な」


 最後に娘御を頼むと告げてラカ殿は黄泉へと旅立った。


 私は彼に一つ頭を下げると、一気に駆け出した。


 我が娘の、家族の元へと。


<続く>

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