27.斬る

 ラカ殿はまるで貴人に対する剣士のように頭を垂れた。


「知らぬこととは言え、失礼つかまつった」


 私は貴人ではないし、スラーニャについて告げた所での反応。


 その様子から察するにスラーニャがザカライア老が言っていた通りの血筋なのかもしれない。


 目の前の老剣士はルード神殿の神殿騎士であったのだから。


「我が子は、やはり」

「屍神かぶれの馬鹿者が何を言おうと忌み子などと言う存在ではない」


 頭を垂れながらも力強い言葉を発するラカ殿に私も頷きを返した。


「しかし、私が更なる精進を求める理由はお判りでしょう?」


 私の問いかけにラカ殿は頷き。


「ルード神殿より離れたが情報は今でも入って来る。なんでも彼奴等、斬っても死なぬ者を兵士に仕立てるとか」

「ご存じでしたか」


 私の言葉にラカ殿は頷きを返し、口元を歪めた。


「生があれば死があるのが道理、それが死なずとはな」


 それから、ゆるりと立ち上がると私を真っすぐに見据えて重々しく告げた。


「お主は一人の剣士として完成されておる。されども、それでは足りぬ」


 先ほどまでの雰囲気とは全く別の、殺気とも敵意とも違う鋭いプレッシャーを感じる。


「覚えてもらわねばならぬ。ロジェ先生が心血込めて造り上げた剣を、業を」

「それには……?」

「立ち会ってもらおうか」

「……承知」


 互いに木剣を戻せば、それぞれが己の得物を身に着けた。


※  ※


 結局のところ、戦いの技術は実戦で培うしかない。


 聞いただけ、教えられただけでは得ることができない。


 なればこそ、強い剣士との立ち合いは自身のレベルアップにつながる。


 だが、それは命がけの戦いになるだろう。


 血と汗を流さない訓練に意味がない様に、命を懸けて己の技を振るわねば上達は見込めない。


 ならば、早急に見知らぬ流派の奥義に至ろうと言うのならばどうするのか?


 答えは命がけで戦い、その奥義を実感し何かを得るより他にはない。


 他には無いが、例え勝てたとしても何も得られない可能性もある。


 何より、必ず勝てると言う保証はない。


 生き残らなければ私はスラーニャを守り切ることはできない。


 本来ならば無駄な争いはしないのが当然のことだ、だが、相手はもはや常道の存在ではない。


 死なずの兵士が本当だとすれば――芦屋あしや卿の物言いやキケの性格から本当であろうと思うが――そうであるとすれば、当たり前の修練では届かない。


 ラカ殿はその様な結論に達したのだと、この短いやり取りから分かった。


 ならば、受けねばなるまい。


 それが、いかに魔力が物を言う世界であっても剣を磨き上げてきた先人に対する礼であろう。


「仕合う前にお伺いします。ラカ殿が命を賭すのは何故でしょうか?」

「剣と信仰の為。ルードの教えに救われた命、その加護を受けし子がおると言うのならばその為に死すのも定めよ」


 逆にこのラカが生き残ってしまうかもしれないがと自負を見せながらも、彼は覚悟を決めて微かに笑った。


 生きて帰れるのは一人のみ。


 ザカライア老もこの様な顛末になるとは考えていなかったに違いない。


 いや、ロズワグンやグラルグスでもこんな事になるとは考えていなかっただろう。


 これは私とラカ殿が似たような性質であったことに起因するある種の事故だ。


 だが、私は心のどこかで或いはと感じていた。


 剣士が半生を賭けて練り上げてきた技を、業をただいたずらに教える訳がない。


 練り上げてきたからこそ、教えるのにも相応の意味が必要なのだ。


 そして、半生を一瞬に込めるには命を懸けてもなお届かぬ。


 それでも仕合わねばならない、互いに剣に生きてきた者同士である以上は。


「聖ロジェ最後の直弟子じかでし、ラカ」

「巡礼騎士、神土征四郎かんどせいしろう


 互いに名乗ると、私は周囲の世界から色が失われたように感じた。


 極度の集中力が目の前の小柄な老人の一挙手一投足に注がれるためだ。


 だが……だが……何と言う事だ、この局面においてもラカ殿に僅かな揺るぎもない。


 緊張もなく、力みもなく、怯えも無ければ喜びすらない。


 ……今私が放てる最速の一撃を放っても、良くて相打ち。


 悪ければ私がただ死ぬのみ。


 水面みなも、水面か。


 水面に映る己より早く剣を振るわねば水面の己は斬れず。


 全く同じ動きをする者が戦えば相打ち以外にはない。


 同じ動きを繰り出して片方のみが生き残るなど、それは常識的に不可能な事だ。


 だが、死なずを斬ると言う事は水面に映る己を先に斬るのと同じような非常識な事。


 水面を斬らねばならぬ。


 故郷に伝わる禅僧の言葉を思い出す。


 鬼にうては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。


 斬る。


 魔力で身を守る魔導士も、死ぬことのない兵士もすべからず斬る。


 私はトンボに構えると、ラカ殿は私と同じくトンボに構えた。


 水面に映る己と同じく。


 そうだ、聖ロジェの水面は技に技を返すと告げていたではないか。


 先ほどまでのは私の意を柳の様に受け流していただけに過ぎない。


 これが真の水面と言う訳だ。


 ラカ殿の構えを見ればわかる、そのトンボの構えは明らかに私のそれを越えているように見えた。


 実際に彼はトンボから繰り出された一撃を見ている。


 その速度と威力を実感している。


 即座にマネできる代物ではないが、彼のたゆまぬ訓練と実戦の経験がそれを可能にしたとしか思えない。


 ……ここが死地になるとは。


 いつ人は死ぬのか、本当に分からぬものだ。


 だが、私の心は思いの外に安らかであった。


 スラーニャにはロズワグンやグラルグスが付いてくれている、その事実が心強かった。


 ここで死ぬのならば死ねよ、征四郎。


 その程度ではこの先、スラーニャを狙う敵には勝てぬ。


 だが、私が真にスラーニャを守り切らんと言うのならば……修羅の道行きを進むより他にない。


 屍山血河を築こうとも!


 私は素早く踏み込んで一気に剣を振り下ろす。ラカ殿の剣もまた同じく振り下ろされる。私は即座に大地を蹴って斜め前に飛ぶと同時に剣先に浅い手応え。そして、左肩に走り抜ける痛み。


 ラカ殿は私の目の前に飛べば、勢いのままに剣を薙いだ。私は着地した体勢のまま剣を振り上げ、剣を弾くもラカ殿は弾かれる剣の威力を利用して上段に振り上げ、下ろす。


(ここまでか……)


 そう覚悟を決めながらも身体はそうは思っておらず、風切る剣の音を聞く間もなく、私は両足と左手を用いてラカ殿に獣のように飛びかかった。


 そして、牙の代わりに剣でその痩せた胴を薙ぐ。


 型も何もあったものではない、ただただ生き残らんと足掻くだけの一撃。


「……見事」


 ラカ殿はそう告げて枯れ木のような頼りなさで大地に倒れた。


<続く>

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