25.老いた剣士

 私とスラーニャがザカライア老の部屋を出ると、今度はキケとメイドのメアリーが呼ばれて中に入った。


 さながら診療所で順番待ちでもしているかのようだ。


 手持無沙汰で待っていた竜魔の姉弟の元に向かうと、スラーニャはトコトコとロズワグンの元に行き、甘えるように足元に抱き着いた。


「何ぞあったかのぉ?」


 優しげな声でロズワグンがスラーニャの金色の髪を撫ですくと、スラーニャは言った。


「あのね、アタシね、最後の一人なんだって」


 ……やはり感づいていたか。


 六歳に近い年齢ともなれば多くの言葉を覚えているものだ。


 ザカライア老の言葉のいくつかは彼女にも理解できている筈。


 元より私との血の繋がりが無いことをすでに知っている、自分が先ほどの話に出てきた忌み子であると分からない筈がない。


 きっと、あの魔導士の老人もお前の事ではないと言いつつも感づくであろうことは分かっていながら喋ったのだろう。


「そうか。あの老人はそこまで喋ったのじゃな」

「ロズさんは、アタシが最後の一人だからママになってくれるの」


 伺うようにロズワグンを見上げながらスラーニャは問うとロズワグンはゆっくりと頭を左右に振った。


「違う。スラーニャ……余は貴公が赤子の頃か知っている。知っているどころか世話をしていた。貴公はセイシロウと余で育てたような物だと言う自負がある。……あの日々は楽しかった」


 悩みまくってノイローゼにもなりそうだったがなとも口にしてからロズワグンは一度だけ天を仰ぐ。


「……我ら姉弟は目立つ、それにある理由で我ら竜魔を疎む国も多い。ゆえにあの日、我らは別々の道を歩んだが……それは間違いじゃったよ」


 再びスラーニャに視線を戻して、ロズワグンは少しだけ照れたように笑い。


「あの時も一緒にいるべきだったし、これからは一緒にいたい。我がままじゃと思うが」


 その言葉を聞きスラーニャはロズワグンの足をぎゅっと抱きしめた。


 ロズワグンはそんなスラーニャにおずおずと両手を差し出して、抱え上げた。


「……大きゅうなったのぉ」

「うん」


 万感の思いでそう告げたであろうロズワグンの言葉にスラーニャは自慢げな様子で頷きを返す。


 髪の色も瞳の色も同じだからか、その様子は本当の母娘のようにも見える。


 私はその光景を見て、ホッとした。


 これでいつでも斬り込めると。


 最悪、私が帰らずともロズワグンがしっかりとスラーニャを育ててくれる。


 そんな事を考えた矢先だった。


 グラルグスが私の肩を軽くたたいた。


「兄者、妙な事は考えるなよ? 兄者はどうも自分の存在を軽く見る節があるからな、これでシャーラン王国に斬り込めるとか考えてやしないだろうな?」


 図星であったがその言葉を首肯するほど私も間抜けではない。


「まさか」

「ほう、考えたのか。姉者に後で叱って貰え」


 否定の言葉は即座に見破られ、グラルグスは人の悪い笑みを浮かべてそんな事を言う。


「待て、なぜそうなる?」

「兄者が嘘を吐く時の癖ならば俺は元より姉者も知っておる。多分、スラーニャも」


 癖? 私にそんな物があるのか? 無くて七癖とは言いうが……。


 私が呆気に取られているとスラーニャを抱えたロズワグンがこちらに向かってやってくる。


「セイシロウ、これからもよろしく頼むぞ」


 そして、はにかむような笑みを浮かべて私にそう告げた。


 それが私には勝手にどこかに行くなよと言う念押しにも聞こえた。


※  ※


 私たちは程なくしてザカライアの住まう村を離れることにした。


 一方でキケとメアリーはザカライアの住む村に残った。


 元々が魔導士ザカライアのいるところまでの同道を願われただけだし、キケはあの地で、己の運命とでも呼ぶべきものを見つけたようだった。


 魔導士との話を終えた少年キケの顔に浮かぶ覚悟の色に、私は賞賛の念を抱かずにはいられなかったほどだ。


 決意漲らせた彼は、貴種とは如何なる者を示すかを体現していたように思えた。


 しかし……結局、あの村の厳重な備えが何であるのか分からぬままに私たちは村を出た。


 ザカライア老は備えについては何も語らなかったし、警備している連中にもそれは言えた。


 あの村には妙に後ろ髪を引かれる様な感覚を覚えたが、ともかく依頼をこなさなくてはと出発した。


 依頼をこなす事と、今一つの目的は聖ロジェ流を修めた剣士に会う事。


 やはりその剣士が住む村こそ、依頼された怪物の出る村ではないかという話になった。


 正確には村に出没するのではなく近隣の山を徘徊する怪物だったか。


 特に悪さをするでもないが村人は不安に思っている、確かそんな話だったが依頼を反故にする訳にもいかない。


「ふむ……ガルハの王はシャーラン王とは距離を置いておるし、竜魔を疎んでいない筈じゃて、罠とは思えんのだが……」

「だが、神殿長付の神殿騎士だったと言うのが事実ならば、その剣士に動いてもらった方が早いはずだ。その剣士が村人と折り合いが悪いのか、依頼自体が嘘か」


 私が罠ではないのかと確認を取ると難しい顔でそうじゃなとロズワグンが返答を返す。


 彼女は一つ頷きながらも、納得いかない様子で首をひねった。


 私とロズワグンそれぞれと手を繋ぐスラーニャがその様子を真似するように首を傾いだ。


 その様子をいつぞやのように数歩離れて歩くグラルグスが穏やかに見守っている。


 何年か前の日常を思い出すが、今やあの当時とは比べようもないほど危険に満ちている。


 気を引き締めて進まねばならない。


 道中をその様にして進んだ我らは目当ての村に着いた。


※  ※


 その村は何処にでもある農村と言った風情だったが、皆が宿を探す間、私は早速ザカライア老が語っていた剣士の住居に向かった。


 怪物については剣士に会ってからで良いだろうと言う話になったのだ。


 一人で向かうのはぞろぞろと押し掛けては迷惑であろうと言う配慮からだが、いささか不安はあったが、教えを乞うのに礼を逸するのははばかられた。


 村から少しだけ離れた小さな家屋に紹介された剣士ラカが住んでいる。


 いかなる人物かと思いながら訪ねると、家の中から出てきたのは痩せて小柄な老人だった。


 一見すると農作業にも耐えきれないと思えるような老人であったが、その身のこなしは見かけ以上に機敏であり一角の人物と思わせた。


「ラカ殿でございますか?」

「さようじゃが、何ようですかな、お若い方」

「ザカライア老よりこちらで剣を学べと言われまして」


 告げながら魔導士の手紙を差し出すと、ラカは訝しげな表情を浮かべつつも手紙を受け取った。


 そして、一読してから破顔して言った。


「あの魔導士め、考え違いをしておるわ」


 その物言いや活力あふれる声に私は驚きに目を瞠る。


 先ほどまでの声や振舞いとは全く異なっていたからだ。


<続く>

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