24.勧め

 目の前の老人は女神ルードの加護を受けた者がスラーニャだと言うのだろうか。


 当の本人は何やら難しい話が続いているので少し飽きた様に足をぶらぶらと揺らして話が終わるのを待っている。


 いや、彼の話が真実であればシャーラン王の態度も理解できなくはない。


 王はもはや教団の後ろ盾がなければ宮中を掌握できないのだから。


 しかし、シャーラン貴族のキケは言っていた、王と女王の覚えが良くなければあの地では疑惑を晴らすことは難しいと。


 ザカライア老の言葉で引っ掛かるとすればそこだ。


「女王も諫めたと先ほど仰ったが、ジェスト家の者に話を聞くととても諫めるような人物とは思えないが?」


 はっきり言えば女王の人となりなど知らない。


 彼はカマをかけた様なものだ。


 それに気づいているのかザカライア老はにやりと笑って言った。


「怪しげな術で宮中を掌握したと申したであろう?」


 ……己が妻までその様に扱ったのか。


「とは言え、女王が被害者かと言うとそうとも言い切れん。現王を王家に引きずり込んだのは彼女であるし、そもそもシャーランの宮中は随分と前から乱れが在ったからな」


 なるべくしてなったのだと何処か他人事のように老人は言った。


「……お諌めには?」

「三度言って駄目ならばワシは見捨てる。宮中にいたのならば最後まで諫言しろと言う者もあろうが、それには命が幾つあっても足りないと返すより他はないわいな」


 キケの父親は処断され、そればかりかその息子も処刑しようとしている様子を鑑みるに、ザカライア老の言う言葉が全てであろう。


 命を惜しまず職責を全うしろと言うのは簡単だが、一人死ねば周囲の口は重くなる。


 何れは誰も何も言わなくなるだろう。


 それに、私も職責に命を賭して等と軽々しく言えるような身分でもない。


 巡礼騎士の任を放って置いて南に降ってきているのだから。


 しかし、スラーニャが忌み子扱いされる納得いく説明を受けた訳だが、この話には裏付けがない。


 そのまま信じてしまうのはあまりに危険ではないだろうか?


「今の話、確証は?」

「ない。敢えて言えばルードの神殿長がその子に会えば孫娘の面影を見出せようかと言った所だが、それとて確証にはならない」


 ザカライア老ははっきりとそう告げた。


 ならば、参考程度にとどめておくのが良かろう。


「お話頂きありがとうございます」

「その様な子もおると言う事だ。さて、お主、話は変わるが大層な殺気を放っておったな? 屋内にいたワシですら感じ取れたぞ」


 ザカライア老は話を変えて不意にそんな事を言う。


 傍に控えていた黒髪の魔導士は苦笑を浮かべ、私は平身低頭するより他にはなかった。


「恐縮です」

「良い。ただ、アレでは無魔の剣に辿り着けるのか、と思うが?」


 ……どこまで知っているのだ、この魔導士は?


「怖い顔をするな。星を見ておれば自ずと分る。……過去の事はな」


 未来が分かれば良いのだがと老人は禿げ頭をさすりながら笑う。


 そして、両目を細めて私を見据えた。


「無魔の剣と言えば、クレヴィについては知っておるか?」

「この地の解放者ですよね、北の地で従者だったと言う人形に会いました」


 彼女より伝え聞いた言葉こそ、この地で生まれ育ったわけでもない私がスラーニャに古えの勇者の物語を聞かせてやれる理由だ。


「ならば、墓の位置は聞いたかね?」

「いえ」


 墓? クレヴィの墓は北にあるのか? 南にあるのならばあれほどの勇名轟かせた人物の墓だ、誰もが訪れる名所旧跡めいしょきゅうせきとなっている筈だ。


 だが、それが無いと言う事は彼の墓は北にあり、巡る事など出来ない状態か?


 いや、だが、ラギュワン卿からその様な話を聞いた事が無い。


「クレヴィに墓はない。権力者たちにその力を恐れられ呪いを受けて今でも眠っておる」


 予想外な答えが返ってきた。


 クレヴィについてその様な結末が訪れたとは聞いていなかった。


 確かに邪神官を討った以降の話は何一つ聞いていないが……。


 しかし、何故そんな話をするのだ? 嘘か真か判断付かぬような雲を掴むような話を。


「訝しげな顔をしているな、無理もないか。……クレヴィが東の果てで無魔の剣の極致に至った事は聞いているだろう。クレヴィが師事したのは東方の賢者とも達人とも伝わっておるが、同じように東方に祖を置く剣の流派がこの地にはある」


 東方の剣、その言葉に反応して片眉が動いた自覚がある。


「興味を持ったか? かつて神殿を守る神殿騎士が多く学んだ剣。聖ロジェ流の祖、聖ロジェは海を超えた東の果てで師に出会い、教えを乞うて後に聖ロジェ流を興した」


 聖ロジェ流、守りを主眼とする流派。


 確かに神殿にゆかりのある者が使っているのを見た事がある。


「その流派の極致もまた無魔の剣に通じると聞いた」


 ザカライア老はそう告げるとまた禿頭を撫でさする。


「学んでみぬか? お主の剣、星が告げるに速さを尊ぶ攻撃的な剣であろうと出ておる。だが、その子を守ろうとするならば剣は変幻自在で無くばなるまい、魔力無きお主の剣ならば」


 思いがけない言葉、そして図星をつく言葉。


 私はこの老人に何を語った? 或いはそのお付に何を語った? 何も語ってはいない。


 或いは北の監視者ノース・ウォッチャーであった赤い髪の戦士エルドレッドから私の剣を聞いていたのかも知れないが……彼はスラーニャについて何も知らぬはず。


 占い師が良く使う手口を今回は使えない筈ではないか。


 あるいは、ロズワグンとグラルグスから情報を引き出したのか? 

 

 しかし、仮にそうだとしても私に聖ロジェ流を勧める意図はなんであろうか? 無魔の剣に通じるから?


 分からない。


 ただ、私が修めている真道自顕流しんどうじけんりゅうは人間と戦うための物。


 トンボに構えて敵より早く剣を振るう、その教えは私の剣の根幹をなしているが、トンボに構えて一撃を繰り出して以降の型は大分崩れてきている。


 大型の魔獣を相手にするにはそうするしかなかった。


 それを思えばこの地の剣も身に着けるのは悪いことではないように思えた。


 故郷でも幾つかの流派の免許皆伝者も居た訳だし。


「学ぶとして、ザカライア殿が聖ロジェ流を?」

「ワシが? それはない。この村より東に三日も歩けば一つの村がある。そこにかつての神殿騎士が住んでおる。その男に学ぶと良い」


 ここより東の村? それはロズワグンが怪物退治を依頼されたと言う目的地ではないのか?


 そこに老いたりとは言え神殿騎士が住んでいるとなると、少しだけ話が変わる。


 その怪物には剣が通じないのか、あるいはそんな物は最初からいないのか。


 ……罠、か。


 分からないが行ってみるより他には無さそうだ。


「お言葉に従い、聖ロジェ流学んでみたく思います」

「そうか。素直な男だな。一筆書くでな、その書を見せれば奴も無碍には出来まい」

「その神殿騎士殿のお名前は?」

「ラカ。元はルード神殿長付の守護騎士だった男だ。ワシと同じ爺じゃがまだまだ元気でな」


 ザカライア老はそう告げて高らかに笑って見せた。


<続く>

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