23.出生

 赤い髪の戦士、北の監視者ノース・ウォッチャーのエルドレッドが姿を見せると、村の守り手たちは一様に安どした。


「エルさん、この方が巡礼騎士なのですか?」

「そうさ。俺など足下に及ばん剣士だ。ただ、あれほどの殺気を無作為に放つ所を見た事がない。余程の対応をしたのか?」


 黒い髪の魔導士が問いかけると、エルドレッドは諫めるような眼差しで若い魔導士を見やる。


「いや、私が言葉に過敏に反応したまで。騒ぎを起こすつもりはなかった」

なれば、子を忌み子などと呼ばれて怒らぬ道理はないでしょう。配慮に欠けました」


 私と黒髪の魔導士はほぼ同時に言葉を発した。


 我らの言葉がどう聞こえたのか、エルドレッドは微かに笑い。


「分かった、分かった。単なる行き違いならば良いさ。さて、星見の爺さんがお待ちかねだ」


 付いて来てくれと言い添えて、エルドレッドは村へと入っていく。


 私たちも村へと入ると入り口は閉ざされた。


 守り手たちはまた外を警戒し始める。


 この厳重な警備は何なのだろうか? この村は何かに狙われているのか?


 私の疑問をよそに星見の老人、つまり元宮廷魔導士ザカライアの元へ向かう間、誰もが押し黙っていた。


※  ※


 私とスラーニャは質素な家屋の前で竜魔の姉弟が出てくるのを待っていた。


 黒髪の魔導士は二組に分かれてと言っていたが、ザカライアは竜魔の姉弟、私とスラーニャ、そしてキケとメアリーの三組に私たちを分けて面会すると告げたのだ。


 案内してくれたエルドレッドも外への警戒に戻り、私とスラーニャ、キケとメアリーはそれぞれ少し離れて待機している。


 程なくして家の扉が開くとロズワグンとグラルグスが端正な顔を微かにしかめて出てくる。


「何ぞあったか?」


 私が問うとロズワグンはゆるりと首を左右に振りながら近づいてくる。


「我ら姉弟の甘さを指摘されての」

「甘さ?」

「覚悟のほどじゃよ」


 そんな事を言いながらロズワグンはスラーニャに両手を伸ばして、そっと抱きかかえた。


「どうしたの、ロズさん?」

「余はのぉ、スラーニャ。貴公を我が子のように思っておる」

「……どうしたの?」


 少し不安そうにスラ―ニャは再度同じ問いかけを繰り返した。


 その様子に気付いたのかロズワグンはそっと笑みを浮かべて。


「うん。ちぃと考えるところがあってのぉ。のぉ、スラーニャ。余を貴公の母にしてもらえぬか?」


 黙って二人のやり取りを見ていた私は思わず目を見開いた。


 ロズワグンは何を言い出しているのか?


「おやじ様と結婚するの?」

「まあ、それが自然じゃろうな。ただ、貴公が嫌ならばそんな事はせぬよ」

「いやじゃないよ! じゃあ、四人でずっと旅できるの?」


 スラーニャの問いかけに、少しだけ頬を染めながらもロズワグンは真っすぐにスラーニャを見据え答えを返す。


 途端、スラーニャはにんまりと笑って大きく頷き、それからグラルグスの姿を探すように緑色の瞳を彷徨わせた。


「邪魔でなければ俺も一緒だ。ただ、俺も家族を持つことになればずっと一緒という訳には行くまいが」


 まだ出入り口付近にいたグラルグスはスラーニャの言葉にそう返答して笑って見せた。


 ……魔導士に何を言われたのだ?


 訝しく思っていると、ザカライアの弟子だと思われる黒髪の魔導士が我ら親子を呼ばわった。


 ……一体、何を言われるのかと思いながらロズワグンに抱かれていたスラ―ニャを受け取り、家へと足を踏み入れた。


 外の造りと同様に質素な家具が最低限置いてある部屋の中でその老人は待ていた。


 禿げあがった頭とは対照的に豊かな白いひげを蓄えた老人、魔導士ザカライア。


「星の巡りからいずれ出会うとは思っておったが、存外に早かったな……ラギュワンの系譜よ」

「ラギュワン卿をご存じで?」

「あの男とワシは同い年でな。五十年前に現れた深淵に対抗するべく共に戦った仲じゃよ。……昔話は長くなる、止めておこう」


 そう言うとザカライア老はカラカラと笑って我ら親子に椅子を勧めた。


 魔導士とは思えぬ快活さで思わず毒気が抜かれそうになる。


「意外そうな顔をしておるな。ワシは師を得て魔導士になった古いタイプでな。魔術を用いるよりは星を見て世の中を見る方が得意での」

 

 そう言う訳でと老人は前置きして、いきなり本題に入る。


 私達がまだ何について問いたいのか話す前から。


「お嬢ちゃん。あんたの父親は誰だね?」

「……? 隣にいるよ?」

「そうじゃろう、そうじゃろう。ゆえにこれからある父親について語るが、お嬢ちゃんの父ではないと心得ておくのだよ」


 やはり、シャーランの元宮廷魔導士はスラーニャについて何かを知っている。


 そして、それは子供にはきつい現実である事を言外に指し示していた。


「勇者と呼ばれる……いや、呼ばれた男がおる、名をレオナルト。年のころは三十半ばと言った頃か。勇者と呼ばれたがその実力、かつての勇者クレヴィとは雲泥の差」


 どちらが雲でどちらが泥かは口にしなかったが老人の語り方からクレヴィの方が雲なのであろう。


「十年前、ある魔導士が魔王を名乗って各国に攻撃を仕掛けた。そいつを討つのに各国はそれぞれ選りすぐりの戦士を送り付けた。本当は北の監視者ノース・ウォッチャーたちを送り付けてやりたがったが……北の魔獣に対する備えは崩せない」


 魔王の話は風聞で聞いた、要はイナゴの類だがその力は相当な物だったらしい。


「戦士たちの活躍で魔王は死に、ただ一人生き残ったレオナルトは勇者の称号と栄誉を得た。そこから奴の漁色の日々が始まった訳だ」


 ザカライア老の口元が歪む。


「……北の地で果てた九柱の神々。三命神さんめいしん三影神さんえいしん三戦神さんせんしん。それぞれ神殿は今では大分影響力を失っているが、それでも相応の権威がまだある。そのうち三命神の一柱、生命と狩りの女神ルードの神殿長に孫娘がいた」


 まさか、その孫娘が……?


「彼女は六年ほど前にレオナルトと通じて子をなしたが、その子には神々の加護が色濃く現れた。特にルードの加護は強く、長じれば一流の弓士になるだろうと神殿長も認めざる得なかった」


 神殿の長は孫娘に子供ができるのを良しとしていなかったようにも聞こえる物言いだ。


 それは父親が問題と言う事か。


 だが、もしこれがスラーニャの出生についてであるならば、父親から何ら忌まれることは無いはずだ。


「父親の方はその頃は既に王になっていた。が、まつりごとなどまるで分からず、そればかりか己の権利ばかりを行使していた。王とは言え、勇者の称号を得たとはいえ生活を困窮させるその男に民は怒りを覚えていた」


 老人は淡々と語る。極力感情を乗せぬように気を付けているかの如く。


「妻である女王や神殿勢力にも生活態度の是正を求められ、勢力基盤は失われつつあった。そこにあの屍神ししん教団が王に取り入った。権力の甘い味を覚えた王はそれを失わないために教団と結託し、怪しげな術を用いて宮廷を牛耳るようになった」


 ここで教団が絡んでくるのか。


「……屍神教団にとって既存の神殿勢力はもはや競争相手たりえない筈だった。だが、神々の加護を得た赤子が居ることを知ると彼奴等きゃつらは慌て、神殿勢力が盛り返す事を恐れ王に注進した。世に九人の忌み子ありと」


 九人の子? そのうちの一人がスラーニャと言う訳か……。だが、そうなると今の話はスラーニャの物とは限らないのではないか?


 私の声にならない疑問は、ザカライアの言葉で得心に変わる。


「すでに八人は亡き者にされており、残った一人が先ほど告げたルードの加護受けし者」


<続く>

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