22.魔導士の村

 イゴーは去った。


 イゴーとのやり取りを終えれば、ロズワグンがスラーニャの顔を覗き込みながら感嘆したように語り掛ける。


「スラーニャはよう分かったのぉ? 余はまるで分からなかったぞ? あの馬自身がテレポートするとはのお」

「あのね、ロズさん。お馬さんがね、ゆらゆら動いた後にスーっていなくなったから、お馬さんがね、そうしてると思ったの!」


 スラーニャは誇らしげに胸を張って答える。


 グラルグスは私に向かって問いかける。


「彼の騎士をどう見る、兄者?」

「実に見事な騎士、シャーラン王に彼のような騎士が忠節を誓っていたならば私の目的は非常に難しい物になっていただろう」


 私の言葉にグラルグスは一つ頷き。


「よもや、イゴー殿まで彼の王を軽んじるような発言をするとはな。現王レオナルトはどの様な言動を普段行っているのか」


 その様に思ったままに口にした。


 先頭を歩いていたキケとメイドのメアリーが話の輪に加わる。


「セイシロウ様は北の騎士、巡礼騎士様でいらしたのですね」

「確かに最後の巡礼騎士の手により若き剣士が巡礼騎士に叙せられたと聞いておりましたが……」


 キケとメアリーの言葉に私は思わず目をみはった。


 北と南は基本的に往来は殆どない。


 南の者は北の地が地獄と変わらぬと思っているし、北の者は南に降る余裕がない。


 余裕がある者は既に南に下ってしまっているのだから。


 その為、北での出来事が南に知れ渡るなどごくわずかでしかない。


 私が騎士に叙せられたことを知る者は殆どいない筈なのだ。


「誰からそれを?」

「北の監視所に勤めていたと言う戦士殿です。赤い髪の……セイシロウ様よりは若い印象がありましたが」

「ああ、彼か」


 私の疑問は氷解した。


 南の地に北の魔獣が来ないよう選りすぐりの戦士……当人たち曰く空気が読めない馬鹿者たち……を集めた北の監視所。


 そこで務める戦士を北の監視者ノース・ウォッチャーと呼ぶ。


 彼等とは私も交流があった為、私の事を知っているのは当然であったし、赤い髪の戦士にも心当たりがある。


 そうか、私が北を離れて五年も経っている。


 任期を終えて故郷に戻る監視者が居てもおかしくはない。


 その戦士は故郷に居場所はないと言い、諸国を旅していたとの話だ。


 ……北の監視所送りはある意味名誉だが、ある意味不名誉だと聞いている。


 要するに強さを求めた挙句に周囲と上手く溶け込めなくなった者達が送られる場所と認識されている訳だ。


 だから、北の監視所帰りは腕は立つが性格に難ありと評価されて真っ当な職に就きにくいらしい。


 何年かすればまた北に戻る戦士もそれなりにいるそうだ。


 私と話をした戦士たちはとてもそうは見えなかったが、北と言う厳しい土地で過ごしているからこその連帯感でもあったのかもしれない。


 ともかく、私の名は知れてはいないが巡礼騎士についてはそれとなく噂は広がっているのだと認識した。


※  ※


 それからの道中、邪魔らしい邪魔は入らず元宮廷魔導士が隠棲すると言う村まで私たちは無事にたどり着いた。


 イゴーの話では王は彼の戦いぶりを監視していると言っていた。


 ならば、彼が誰も討たずに去った事をすでに把握している筈だが、即座に刺客を送ることはできなかった様だ。


 或いは、泳がせているだけかも知れないが。


 ともかく、私たちは無事に村にたどり着けたがその村はいささか奇妙だった。


 まずはその防備がやたらと厳重な事だ。


 周囲を取り囲む様に木の柵があるのは可笑しなことではないが、柵の前には侵入者を拒む様に水を貯えられたほりが張り巡らされている。


 ロズワグンやグラルグスはあの水の中には何かがいると鋭い目つきで睨みつけると、釣られたようにスラーニャも物珍しげに堀を覗き込む。


 そして不意に声をあげた。


「すごいよ! すごく大きな生き物がいるっ!」


 キケもそのメイドのメアリーも何かを感じることができたのか目を瞠っていたが、私には何も見ることはできなかった。


 何ら気配を感じない。


 何がいるのか、いないのかさっぱり分からないのだ。


 私たちがその様に騒いでいると村の入り口を守っていると思われた若い男がやって来る。


 私と同じ黒い髪の青年は、しかし線は細く荒事に慣れている様には見えない。


 ただ、片手に杖を持っている事から魔導士であるかもしれない。


 魔導士が守る村、ならばそれは要塞に匹敵する守りを備えているだろう。


「村に御用ですか?」


 魔導士と思われる黒髪の青年は敵意は感じないが警戒している風に声を掛けてきた。


 そこに何を感じたかキケは即座に答える。


「シャーラン王国の貴族ジェスト家の嫡子キケと申します。ザカライア様がこちらにお住いと知り、ご相談したいことがあり……」

「……王国の……。本来ならばザカライア様はシャーラン王国の方との面会は望みませんが、一応お伺いしてまいります」


 ザカライアが居ることを隠すことなく言外に認めながらも面会はかなわないかもしれないとも匂わせ、青年は入り口から村に引っ込む。


 すると、やはり若い……やもすれば少年と呼んでも差し支えない年齢の戦士風の男が村に勝手に入らぬようにと入れ違いで出てくる。


 少年戦士は背は低く愛嬌のある顔をしていたが、背負う戦斧はかなりの物々しさを醸しているし、その得物に負けぬだけの胆力を持っているようで、竜魔の姉弟を見ても口元を微かに歪めただけだった。


 中に入れるのか、面会は叶うのかと待っていると、先ほどの黒髪の青年が顔を出して言った。


「お会いになるそうです。ただ、面会は二組に分かれて行うと。シャーランの方と……忌み子連れの方と」


 彼がその言葉を告げた瞬間に周囲が一気に物々しさを増した。


 柵の向こうからいつのまにか射手が数名立ち、一斉に矢をつがえ弓の弦を引き絞る。


 入り口に陣取っていた少年は戦斧を構え、魔導士風の黒髪の青年は杖を握り締めて身構えた。


 そして、ロズワグンが私に向かって焦るように言った。


「セイシロウ! 気持ちは分かるが怒気を放つでない!」


 諫められて私ははじめて自分が周囲に怒りの気を放っていたことに気付いた。


 しかし、ならば彼らが臨戦態勢に入ったのは私の怒りが原因だったとでも言うのか?


 私が大きく深呼吸をすると、村の守り手たちは安堵したように息を吐き出して弓を降ろし、斧を下ろし、杖を横たえた。


 どれも敵意が無いことを示す行動。


「兄者、北の魔獣が避けて通る殺気を振りまくものではないぞ、お嬢も驚いておるわ」


 グラルグスにたしなめられ、私がスラーニャを見やると彼女は目を丸くして私を見上げていた。


「……すまんな」

「いえ、こちらも配慮の欠けた言葉を使いました。しかし、巡礼騎士とは聞きしに勝る……」


 黒髪の青年に声を掛けると、彼も何が原因だったのか察してそう言ってくれた。


 張りつめていた緊張がゆるんだと思えば、村の入り口からさらに今一人の戦士が顔を出す。


「どこの北の魔導士が攻めてきたかと思もえば、あんたか。久しいな、巡礼騎士」


 赤い髪の目元涼やかな戦士は笑いながら私を見て告げた。


<つづく>

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