18.同郷の男

 小柄こづかとは、刀の鞘に……鍔元辺りに収められている刀装具であり、木を削るなどの工具として使ったり、緊急時の武器にしている小刀だ。


 こいつを投げるのは重さがないため非常に難しいのだが、荒くれの口を封じた者は見事にそれをやってのけた。


「変に語られると拗れるでな。それにしても相も変わらずの質実剛健とでも呼ぶべき剣よな」


 十年年近く聞いていなかったが、その喋り方や声に覚えがある。


 それもその筈、私が異界を渡る原因となった人斬りを依頼した男の声なのだから。


 それはその声の主が私に斬られた男の物である事も示していた。


 自分を斬れと言う奇妙な事を頼んだ依頼主である、忘れるはずもないのだ。


 その声の主に視線を転ずると、そこには想像通りの姿があった。


 私と同じく黒い髪は後ろに撫でつけ、丸眼鏡の奥で黒い双眸を細めている姿は如何わしいの一言に尽きる。


 外套を羽織り、腰に吊るした刀から微かに魔力が漏れている。

 

 この怪しい雰囲気を纏うこの男こそ、芦屋卿あしやきょう


 家柄は良く朝廷においては若くして大納言だいなごんの職に在るほどだ、軍部においては参謀府に在籍していた俊英。


 見かけ通り一筋縄でいく相手ではないが……そもそもなぜ生きているのか。


 いや、中身は本当に芦屋卿なのか……。


「ジュダイアは死んだ。俺の体に巣食っていた妖術師はお前が見事に殺したぞ、神土かんど中尉」


 私の表情に何を思ったのかそんな事を告げて、芦屋卿は笑みを浮かべる。


 胡散臭い笑みにしか見えないのが果たしてこの人にとって得なのか損なのか。


「何者だ?」


 私の旧知らしい相手が野盗の口を封じた様子にロズワグンが少しばかり混乱したように問いかけた。


「俺か? 俺は芦屋あしや屍神教団ししんきょうだんの雑用係さ」


 ロズワグンにそう言葉を返しながら、芦屋卿の視線はスラーニャに向けられていた。


 スラーニャも芦屋卿を見つめ返す。


 私はいつでも剣を投げ放てるように身構えたが芦屋卿は破顔して大きく頷き、ついと視線を外した。


「いやはや、お前が連れていたのかよ、神土。それでは何人送り込もうが意味がない。それにどう見ても普通の子供だ、誰の血筋でも何の問題もないと言うに教団の連中は何を恐れているのやら」


 芦屋卿は大きく、まるで皆に聞かせるように独り言を告げスラーニャたちから遠ざかると、皆が毒気を抜かれた。


 だが、彼の進む先を見てまた身構え始めた。


 芦屋卿の進む先には私と街の出入り口たる門がある。


 この街を去ろうと言うのだろうが、まさか私に襲い掛かりはしないだろう。


 私は芦屋卿の視線が僅かに下に向けられたことに気付くと、喉から血を流して倒れた荒くれから小柄を抜き取り、刃をこちらに向けて芦屋卿へと差し出す。


「ああ、そうだ。ここでは刀など手に入らんからな。小柄一本大事なモノだ。俺はお前のように武器を選ばずと言えるほどの兵法者ではないからな」


 ゆったりとした足取りながら隙を見せない芦屋卿は既に私のすぐ側に迫っていた。


 誰もが固唾をのむ瞬間であったが芦屋卿は私から小柄を受け取ると懐から布を取り出して血油を拭い鞘へと納めた。


「忠告だ、神土中尉。次は死なない騎士どもが刺客となろう。無魔の剣、極めておくことだな」


 その際に小さな声でそんな言葉を芦屋卿は発した。


「貴方は……?」

「俺は教団の操り人形よ。日頃の行いが悪かったのか、こちらに来た時に教団に拾われてな。お前に殺してもらい俺のまま死ねるはずが死に損なった、間抜けよな」


 難儀な事よ、そう呟きながら脇を通る芦屋卿の額に汗が滲み、その体はよく見れば小刻みに震えていた。


 顔色もいささか悪く見える、これは例えば恐怖から来る物だろうか?


 答えは否であろう、芦屋卿は生半可な男ではない事は対峙した私が良く知っている。


 ならば、この様子はどういうことだ? これが操り人形と自身を卑下する理由なのかもしれない。


 私の考えを知ってか知らずか、芦屋卿は閉じられた温泉街の門を蹴り破り外へと出ていく。


 そのまま何も言わずに去るのかと思いきや、振り返りこんな事を告げた。


「……ああ、そうだ。魔力封じの水晶玉は複数で結界を張ってこそ意味が出る。一つでも壊せば皆の魔力は元に戻るだろう。最も、放っておいても竜魔の魔力を喰らってキャパがオーバーしているからな、半刻と経たずに元の木阿弥もくあみ


 門番が持っていたあの水晶玉の事だろう、芦屋卿は額に脂汗を浮かべながらもせせら笑う。


「所詮は模造品さ。ああ、そこで倒れている小僧とメイドはシャーランの貴族だ。親父は中々に骨のある男だったが……王家と折り合いが悪くて処断されている。……内情を聞くには丁度良い相手であろうさ」


 そこまで告げた所で芦屋卿は不意に胸の手を当ててくぐもった声で微かに呻くも、それを悟られまいとするかのように踵を返せば悠然と片手をあげて去っていった。


 人に弱みは決して見せない、見上げた自尊心である。


 芦屋卿が去ると皆が一斉に動き出した。


 ロズワグンとスラーニャは倒れている少年とメイドの方へと向かい、グラルグスはこちらにやって来て。


「兄者の知り合い……べらべらと良く喋る男だったな。俺たちにとっては色々知れてありがたいが……」

「軽薄を装い私に情報をくれたようだな。あの方が意に沿わない仕事をしているとは信じがたいが……」


 芦屋卿は自分自身で意思決定できない行動を極端に嫌う。


 例えば、自分の中に恐るべき存在が巣くい、民や家族に仇なすと知れば自分を斬れと命じるくらいには。


 そこまでは告げなかったが、私の言葉に何かを感じたのかグラルグスは頷き、腕を組みながらそう言う男かと唸った。


 屍神教団はとんでもない獅子身中の虫を飼っている、芦屋卿は薄笑いを浮かべながらさぞ怒りに燃えている事だろう。


 機を見れば一人でも教団に刃向かう心算だったのだろうが……彼にとっては都合よく私に出会った。


 それも忌み子と呼ばれている娘の保護者として。


 ならば利用しようとあの方ならば思うであろうし、困ったことに利用した見返りは必ず払う性質の方だ、物であれ情報であれ。


 そうなると、芦屋卿が話した情報からシャーラン王国と屍神教団は通じている事が確認された訳だ。


 無論、これが芦屋卿の罠の可能性もあるが……ともかくあの少年とメイドに話を聞いてみるより他には無さそうだ。


<続く>

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