19.恐るべき計画

 イナゴは倒れ、芦屋あしや卿は去った。


 イナゴに付き従っていた野盗はそのほとんどが死に絶え、僅かに逃げた者が居るのみ。


 そう判断したのは片付けられていく死体の中にあのグロー兄弟の弟の姿が無かったからだ。


 奴はイナゴとなった魔導士を信じず、私を恐れてとっとと逃げ出したらしい。


 悪事をなせば報いは来る、これに懲りて真っ当に働けば良い。


 最も、私にも何れ報いは来るのだろうが、その頃にはスラーニャが一人立ちできていると良いのだが。


 ともあれ、ロズワグンとスラーニャが介抱に向かった少年とメイドから話を聞かねばならない。


 ここはシャーラン王国とは遠く離れている。


 シャーラン貴族が何故、この様な場所にいるのか、そして王国では何が起きているのかを。


※  ※


 私達一行は温泉街の一つに宿を宛がわれた。


 助けていただき感謝しますと街の者は言っていたが、私に対する明確な恐れが見て取れた。


 ほとんど一人で魔導士を殺して野盗を斬ったのだ、それも無理はないだろう。


 北ではその過酷な環境ゆえに私を恐れる者は少なかったが、この南ではやはり扱いは変わる。


 何であれ突出した者は恐怖の対象に変わりえる。


 それは大義名分があれば容易く敵意に変わる代物だ。


 例えば賞金首の手配書などが出回れば。


 そう言う訳で長居は無用だったが、少年とメイドに話を聞かねばならず、彼らは怪我を負っているため素直にその宿に泊まる事にした。


 私が質問する事は威圧的過ぎる可能性があり、質問は主に竜魔の姉弟に任せ私は部屋入り口付近に陣取り外を警戒していた。


「聖騎士?」

「はい、その死なない兵士をその様に呼んでいたと。その計画を聞いてしまった父は断固抗議したのですが……身に覚えのない罪で投獄され、処刑されました」


 それでも漏れ聞こえる言葉の断片からおおよそのシャーランの状況が見えてきた。


 シャーラン王家は屍神ししん教団と通じており、国として教団をバックアップする見返りに力を得ている。


 国が求める力とは軍事力。


 例えば死なない兵士だとか。


「屍神教団の触れ込みでは確かに死を超えた存在になるだとか言っておるがのぉ」

「詳しくは僕も知りません。ただ、あの様なおぞましい者は世に在ってはいけないと父が言っていました」


 主に質問に答えるのは少年キケの方だった。


 年の頃は十四、五の茶色い髪の利発そうな少年だったが、頬を赤く腫れさせていて少し痛々しい。


 私達に対しても助けてもらった事への礼をまずは述べたし、名前も先んじて告げた。


 そして我らの質問にも毅然と、しかし自分の言葉で誠実に答えていく。


 先ほどの騒動は野盗の振舞に腹を立て諫めたところ殴られたらしく、気を失いかけていたのだとか。


 お恥ずかしいと頭を掻く少年を見ていると、とても貴族の子弟とは思えぬ生真面目さと誠実さを持っている。


 いや、貴族に対していささか偏見を持ちすぎか。


 一方のお付きのメイドは肩口辺りで銀髪を切り揃えている才女と言った風情だが、先に見た通りかなりの剣の腕を持ち、主たる少年を守り切ろうと私達や外にも気を配り、警戒しているのが見て取れた。


 特に私に対しては微かな動きにすら素早く鋭い視線を投げかけてくるほどに警戒している。


 まあ、これも無理はない。


「しかし、そんな計画をシャーランの騎士たちが許すとは思えんが。少なくとも俺の知るイゴー殿などは烈火のごとく怒ると思うのだが」


 殆ど姉のロズワグンが質問していたが、不意にグラルグスが問う。


 この地では騎士と言っても領土を持たず王より給料を支払われている雇われの兵に過ぎない。


「イゴー様をご存じなのですか? 確かに誇り高い騎士であるイゴー様が知ればさぞお怒りでしょう。ただ、騎士たちの大部分は出払っておりますので……」


 ただ、傭兵と違い騎士は各々の家で伝えらている独自の武術習得し、復元不可能な過去の武具が用いる。


 中には英雄の素質を持った者達も数多いのだとか。


 イゴー卿もその様な性質なのだと、彼らの言葉から会った事が無い私ですら感じられた。


 さて、そんな騎士たちが王のもとを離れてどこへ?


「出払う?」

「三影神の神官たちが王国に反旗を翻したとかでその討伐に……」


 北の地で深淵に抗い果てた神々。


 幾柱も神はおわしたがその中でも人の生活における影の部分を司る三柱の神を三影神と呼ぶ。


 生活における影とは、死や病や悪事だ。


 無論、死を広めたり病を広める神ではない、それぞれが葬儀や医療に関する神である。


 悪事に関しても盗みの技術も芸事と考えられている為か、正確には盗みと芸事の神であった。


 私などから見れば奇妙な風習、宗教観と言えたが、考えてみれば故郷でも色々な神を祭っていた。


 それを考えれば特別な事ではないのかもしれない。


 ともあれ、その三影神の神官たちが反旗を翻すとは穏やかな話ではなかった。


 神官も魔導士ほどではないが魔力が高い者が教義を学んで就く職業だからだ。


「王家が屍神教団に入れ込んでおるせいか?」

「或いは、王のでっち上げです。屍神教団以外の神殿には精神的支柱となる存在が今は不在ですから、反旗を翻すなんてできるのかどうか……」


 少年キケの言葉に北の地で深淵を迎え撃ち果てた神々の死に場所を慰めて回った日々を思い出す。



 なるほど……神は死んだ、この地を守るために。屍神以外の神は皆。


 ただ一柱だけ残り神を越えたとうそぶく屍神が、本当に神かどうかなど定かではない。


「騎士を不在にするための口実かもしれんな。そして、その間に聖騎士とやらを造り上げると。死なない兵士、聖騎士を。……可能とも思えんが」


 グラルグスが吐き捨てるように告げる。


 すると、それまで眠そうにロズワグンにじゃれたり、私の側に来て足元に抱き着いたりしていたスラーニャが不意に口を挟んだ。


「どうしてキケちゃんはここに来たの?」

「キケちゃん?」


 少年キケは一瞬ぽかんとして、それから律儀に答えを返した。


「父が処断され、僕にも反乱の嫌疑が掛けられたために逃げてきたのです。今の王国では一度疑われればその疑いを晴らすのはあまりに難しい。王や王妃のお気に入り以外は」


 少年キケの表情が初めて歪む。


 父を亡き者にしたシャーラン王家に対しての嫌悪感は余程の物であろう。


 その話が真実であるとすればだが。


「それに、かつての宮廷魔導士ザカライア様がこちらの方で隠棲していると聞きました。もしかしたら現状について何かお知恵を借りられるかもしれないと」

「ほう、ザカライア老はこの辺りに住んでいるのか? 数年前に急に隠棲したかと思えばシャーランから大分離れたのだな」


 ロズワグンが興味深そうに微かに尻尾を揺らしながら問いかける。


 かつての宮廷魔導士が国を大きく離れる、そこに何か意味があるようにも思えるが……。


 ともあれ、辞めてもなおこのように人が訪ねると言う事は相応の人格を有して魔導士なのだろう。


 純粋に興味があるが、もしかしたらシャーランに仕えていた魔導士ならばスラーニャが何故に忌み子とされるのか知っているかも知れないと言う期待もあった。


 そんな私の考えを知ってか知らずか、あるいは罠なのか、少年キケはこう告げたのだ。


「申し訳ないのですが、出来ればザカライア様の元まで同道願えませんでしょうか?」


 と。


<続く>

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