17.魔導士との戦い

 魔導士はこの世界において上澄みの存在。


 普通の者たちよりけた外れの魔力を生まれつき備え、師に出会えた者のみが成れるエリート。


 昨今では魔力量が一定以上だと学院と呼ばれる場所に送られ、魔導士になることが定められていると言うが、その弊害がイナゴである。


 かつては魔導士が個別に弟子を取っていたおかげで、性格に問題ある者、誘惑に弱い者は見抜かれて、学びを得ることは無かった。


 だが、今では問答無用で学院に送られるため、性格に難がある者すら魔導士となれてしまう。


 そんな連中は堕落して我欲に走り、イナゴと呼ばれるようになる。


 目の前の貪欲なイナゴは勝ち誇った笑みを浮かべて高らかに告げる。


「連中は良い物をくれた。所詮は実験の為だろうが、有効に使える。何せ、俺以外の連中の魔力を消し去ってくれるんだからな。お前とそこの竜魔の男を囲んで殺してしまえば、全て頂ける」


 竜魔の女は高値が付くからなとゲラゲラと笑い、大きく杖を振りかざす。


 途端に杖に炎が渦巻きとぐろを巻く蛇のように蠢く。


 私はスラーニャや倒れている少年たちが射線に入らぬ場所に動きながら魔導士の攻撃を見定めていた。


 北の地で出会った魔導士は、特に我欲に走った邪悪な者は危険だった。


 争いになり、その時は紙一重の勝利を得てはいるが、ほんの僅かな運の差で生き残っただけだと自覚している。


 魔導士の何が危険かと言えば、皆が遠距離攻撃に長けているだけではない。


 彼らはその身が傷つかぬように自分の回りに魔力障壁バリアと呼ばれる不可視の壁を張り巡らせている。


 これが厄介なのだ。


 燃え盛るか炎や凍てつく氷弾を何とか避けて接近しても、魔力障壁バリアに阻まれて剣は届かず、至近距離で魔術を喰らってしまうと言う事例が多い。


 私自身は魔力障壁バリアを斬った事はあるが、アレは容易い事ではなかった。


 だから、魔導士と対峙した時はその言動に惑わされずに、魔導士の魔力の本質を見抜く事が生き残る第一歩とされている。


 魔力障壁バリアはどうあってもその魔導士の魔力の本質が現れるからだ。


 その本質が炎であれば相反する魔術、あるいは魔力で攻撃する事で魔力障壁バリアを相殺できる事もある。


 その隙に攻撃すると言うのが魔導士対策のセオリーと言う奴だが……。


 魔力なき身である私にはあまり意味がない。


 それでもその本質を見抜くと言う事は最後に何に縋るのか、どんな魔術を多用するのかが判断できて事を有利に進められる。


 さて、奴が今使っている魔術、アレは炎の蛇フレイムスネークと呼ばれる火の魔術。


 では、奴の得意な魔術が火の本質なのかと言うと、そうとは限らない。


 魔導士と言うのは侮れない。


 己の術の本質などそうそう晒しはしない、最初に見せる魔術など自分の本質とは無関係な物。


 例えばロズワグンは魔力の矢と呼ばれる術を多用する、アレは衝撃と呼ばれる本質に由来するとされている魔術だが、それが彼女の魔力の本質ではない事を私は知っている。


 彼女が扱う魔術、その本質は雷だ。


 北では多用しており、命の危機には必ず雷を用いた魔術で乗り切ってきた。


 一方でグラルグスはその剣に宿す黒炎が彼の本質であるようだ。


 この二人は竜魔と呼ばれる種族であるからかさほど隠す様子も見せないし、そもそも魔力障壁バリアを用いないので関係がない。


 障壁を張ることができない訳ではない様だが、種族的美的センスにそぐわないらしい。


 しかし、普通の魔導士は対策を講じられると面倒なので自身の魔力の本質は隠すのだ。


 さて、目の前のこいつはどうだろうか。


 炎の蛇フレイムスネーク自体それ程大した魔術ではないそうだ。


 確かに私がかつて相対した北の魔導士は、牽制の為だけに一気に四方向に炎の蛇フレイムスネークを放っていた。


 そんな魔術をこれ見よがしに振るおうとしていると言う事は、何か魂胆があるのだろう。


 私の腕を見るために敢えてその様な魔術を用いているのだろうか。


 魔導士は私が移動する間は悠然と炎の蛇を弄んでいたが、構えを取ると即座に炎の蛇フレイムスネークを私目がけて放つ。


 渦巻く炎が蛇か鞭のように私に迫りくるが、迫る炎をかいくぐり魔導士へと接敵する。


 大抵の魔術は銃弾などに比べればまだ避けやすい。


 さて、まずは一太刀与えて、魔力障壁バリアがどの程度の物か図る。


 ――かつて魔力なき勇者クレヴィは無魔の剣と呼ばれる技で、膨大な魔力を持つ邪神官を討ったと言う。


 私は北を巡る最中にその時代から稼働している人形に出会い、クレヴィの剣の理を聞いた事がある。


 かつてクレヴィがこの地に来た時にはひ弱な少年に過ぎなかったが、人々の期待を受け鍛錬に励み一流の戦士となった。


 そして世界の東の果てにて無魔の剣を会得したのだと言う。


「東方の賢者に教えを乞うたそうです。賢者は魔力によらず己の身体に流れる気を整える呼吸の仕方、練気法をクレヴィに教えたとか」


 そう人形は語っていた。


 勇者の従者であった古びた人形が。


 その話を聞き、練気法が、つまりは禅僧の語る練丹の法こそ無魔の剣の本質であると私は悟った。


 呼吸法を用いることで心身統一をはかり研ぎ澄まされた一撃を放つと言う武の極致。


 或いは大陸の武術におけるけいと呼ばれるものであったかもしれない、何故ならばクレヴィの剣は振るう瞬間だけその剣が淡く輝いたと言うのだから。


 そして障壁も魔獣の毛皮も、竜の鱗も斬り裂くのだ。


 私の剣もまた、私がこれが今出せる最高の一撃だと深く自負した際のみ微かに剣が光明を放つ。


 私も無魔の剣技の入り口に至れたのだろうか? その答えは実戦にこそある。


 そんな思考は一瞬、即座に剣へと集中し振り下ろした。


 魔術のような派手さはない、私にあるのは修練に修練を重ねた剣の技のみ。


 卑下ではなく、誇りをもってそう断じられる。


 すなわち我が剣もまた、無魔の剣である! と。


 微かに金属がこすり合う様な不快な音が響き、我が剣先は地を示した。


 魔導士は、驚愕の相を浮かべ私を見た。


「ば……」

「初手から本気で来るべきだったな」


 ヌルい手応え、かつて斬った北の魔導士とは比べるべくもないか弱き魔力障壁バリア


 今の一撃は会心の一撃、なればこの程度の魔力障壁バリアを断てぬはずはなかった。


 魔導士を守っていた障壁は斬られ消滅し、魔導士の肉体からは血を噴き上がった。


 口をあんぐりと明けたまま魔導士は膝から崩れ落ちて石畳に転がる。


「お、お頭すら斬りやがったっ!」

「本物のバケモノだっ!」


 野盗の荒くれたちはもはや統率など取れず、我先に逃げ出そうとする。


 だが、自分たちで閉じた門を開けようと足掻いている間に、私は彼の側に近づいていた。


 一人を残して背を向けていた荒くれを斬り殺し、残った一人に告げる。


「答えよ、イナゴは何を使った? 何者から何を貰った?」

「し、知らねぇよぉ。本当なんだよっ! お頭は俺たちを駒にしか見てなかったからよぉ」

「答えられねば死ぬぞ?」

「わ、分かった、分かったよぉ! あいつらだよ、きょうだ」


 そこまで告げた途端、最後の荒くれに向かって刃物が投擲された。


 ひゅっと風切り荒くれの喉に突き刺さる刃物は小ぶりな物であった。


「がっ」


 一つ呻いて荒くれは死んだが、その事実より私は投擲された刃物を見て驚いていた。


 それはどう見ても小柄こづかにしか見えなかったからだ。


<続く>

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