16.イナゴ

 この温泉街は宿泊客を集めて物取りでも行う野盗の類にでも占拠されたのか。


 とは言え、宿泊者の中にはどんな手練がいるのかも分からないのに無謀な事を行う。


 ただ、そうなると気になるのが、先ほどの門番が竜魔の姉弟を追い返さなかった事だ。


 ただの野盗が竜魔族を相手に何かできる筈はない。


 そうなると強大な力を持つ魔導士がバックにいるのか、何かいにしえの魔法のアイテムでも持っているのではないか?


 私の懸念はすぐに証明された。


「メイドのくせにこいつはヤバイっ! 早くお頭に言われた通りにやるんだっ!」


 メイドに一撃を防がれた荒くれが叫ぶ。


 剣を打ち払い、メイドは既に次の型に移行している。


 身を深く伏せて剣を肩に担ぎ、左手を街の石畳みに添える。


 その構えは、七剣聖の起こした聖流にあらず、地方の剣豪が生み出した邪流と称される流派の一つ地蜘蛛アーススパイダーの物。


 地蜘蛛の構えは身を低くして構えるのだが剣の位置で次の動作が分かる。


 剣を肩に掛ければ低い位置からの振り下ろしが、水平に横たえれば飛びかかっての薙ぎが来る。


 単純明快ともいえる剣だが、地蜘蛛を扱う者は次の動作が分かってなお大抵の者は避け切れぬ一撃放つ恐るべき剣士が多い。


 眼前のメイドも、その構えから察するにかなりの修練を積んだ剣士であろう。


 私の見立て通りにメイドは淀みなく低い姿勢から荒くれに迫り剣を振り下ろさんとした。


 その瞬間に、空気が変わった。


 メイドの一撃は鋭さが突然消えて、荒くれは間一髪に蜘蛛のあぎとから逃れる。


 ロズワグンが眉根を寄せて小さく何だと呟き、グラルグスは声にならぬ声をあげて驚く。


「ま、間に合ったか……。調子に乗りやがて、このあまぁっ!」


 突然剣が上手く振れなくなったメイドの腹を荒くれが蹴り上げて吠えた。


 何が起きた? 何が起きている?


 私が現状把握できずにいると、スラ―ニャが握る手の力を一層強めて言った。


「魔力……無くなっちゃった……」


 それでこんな事になったのかと私は漸く合点がいった。


 この世界の住人は魔力を保持している。


 無論、皆が魔導士のように恐ろしい技を用いると言う訳ではない。


 ただ、日々の生活や戦いに体を動かす際は魔力も用いて身体能力を向上させているのだ。


 それはエンチャントと呼ばれる魔術であり、魔力で力を強めたりあげたり、素早さをあげたりしている。


 それが突然切れたとなればどうなるか?


 生まれ持った能力が封じられたとなれば皆が狼狽するのは当たり前だ。


「ははっ、ざまぁみろ。ガキの前で散々かわいがってやるぜ」


 荒くれは下卑た事を言いながらメイドの髪を掴んで立たせようとして、漸く我らに気付いた。


「は、ははっ。りゅ、竜魔にまで効くのか……。こいつはすげぇ、お前は綺麗な顔をしてるからお頭の奴隷にでもして貰え、ぐぇっ!!」


 そして、あろう事かその様な下卑た言葉をロズワグンに対して吐きだした。


 私はスラーニャをすっと抱え込みながら荒くれに迫り、右の拳を握り締めれば甲で荒くれの顎を撃ち抜く。


 何の対処もできぬまま荒くれの下顎は文字通り砕け、奴は石畳に血反吐をまき散らしながら転がった。


 私が右手についた返り血を振り払っていると野盗どもが騒ぎ出す。


「てっ、テメェ!」

「なんだ? 何で効かねぇ?」


 野盗達は慌てふためきだし、武器を手に私たちを取り囲んだ。


「私は、元より魔力など無いゆえな」


 私は慌てる連中に肩を竦めて言ってやった。


 正確には一応あるのだが使い方も分からないのだから無いも同じことだし、そこまで教えてやることもない。


 竜魔の姉弟の側に戻ればスラーニャを降ろしてグラルグスに声を掛ける。


「頼む」

「魔炎は出せんとは言え、お嬢にも姉者にも指一本触れさせん」


 頼もしき言葉に私は笑みを浮かべて頷き、野盗どもに向き合う。


「ま、魔力無しだとぉ?」

「いや、でも、そんな馬鹿な」


 私の言葉と仲間がもだえ苦しむ様を見て混乱している風の野盗達だったが、不意に甲高い声が響く。


「ひゃっ! なんで、なんでいるんだっ!」


 叫んだ男に見覚えがあった。


 野盗グロー兄弟の片割れ、痩せた弟の方が私を見て腰を抜かしたように床にへたり込んだ。


「何をそんなに怯えてやがる!」

「あいつはバケモンだっ! 兄貴を簡単に殺しちまったんだよぉっ!」

「馬鹿、魔力無しが、そんな……」


 狼狽する荒くれたちは隙だらけであったので、近場の荒くれへ大きく踏み込み、剣を抜きざまにその荒くれを斬る。


 周囲の野盗どもは血煙を噴き上げて声もなく倒れ込む仲間の姿でようやく我を取り戻した。


「野郎っ!」


 数名の野盗が私に向かて得物を振り上げて迫るが、所詮は野盗。


 力任せに武器を振るうだけでさほど恐ろしさはない。


 私はトンボに構えるが否や一番左手側から迫った野盗に剣を振り下ろして一撃で屠ると、次の相手をすぐ右隣りの野盗へと切り替える。


 多数相手に斬り合うならば、間合いを遠くすればかえって囲まれる。


 左右どちらかに狙いを定めて一気に詰め寄り、打ち倒しすのが定石だ。


 後は数珠つなぎに順番に斬って行けば良いのだ。


 敵にしてみればそう動かれると前の相手がつっかえて一人ずつ斬り合う他ないのだ、ならば順に倒していけば何度かの斬り合いを行うだけの話。


 囲まれるよりはずっと楽だ、或いは数珠の様にバラけるのならばそれはそれで個別に斬れば良い。


 今回の敵は威勢ばかり良いが、それは私に対する恐怖を虚栄心で覆い隠しているに過ぎない。


 それだけに少し誘えば簡単に手出ししてくる。


 誘いを隙と勘違いして焦って攻撃してくるのだ、そこを逆に打ち込めば容易く命を奪うことができた。


 足の運びは軽やかに、強く深く踏み込み距離を詰めるも空けるも自在を心掛ける。


 目の前の斬り合いに集中していると瞬く間に荒くれ共は数を減らしていく。


「バケモンだっ、バケモンだっ!」


 グロー兄弟の弟がけたたましく悲鳴を上げる。


 このまま宿場町の野盗を一掃しようかと考えた矢先、そう話は上手くいかないと気付かされた。


「ええい、喧しいぞ!」

「お、おかしら!」


 フードを目深にかぶったローブ姿の男が現れると、数を大幅に減らした野盗どもが縋るように声をあげる。


 お頭と呼ばれた男はとても荒くれ共の頭には見えなかったが、奴の得物を見て私は緊張を高めた。


 ローブ姿の男の得物は杖、儀仗などではなく魔導士が用いる武器。


「……イナゴか」

「魔力ある俺が、無能どもから奪うのは自然の摂理だ」


 魔導士にも色々あるが、力に溺れて悪事を働く最低な部類をイナゴと呼ぶ。


 かつて存在したと言う全てを食いつくす害虫の名を与えられるほどに不名誉な事だが、目の前の魔導士はそれがことわりだとうそぶき、せせら笑っている。


「魔力もないのにここまでやるとは恐れ入るが……魔導士相手に魔力無しに何ができるかな?」


 そう告げる魔導士の顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。


<続く>

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