三章、迫る魔の手
15.温泉地にて
私達と竜魔の姉弟は二手に分かれて追手の目を欺いた。
数カ月に一回は落ち合って情報の共有を行い、遂にはスラーニャの父親がシャーラン国の現王、勇者と呼ばれたレオナルトであることを突き止めた。
そこから色々な伝手を伝って竜魔の姉弟がレオナルトに接触を持ち、今に至った訳だが……。
奴は一向に刺客を放つ事は止めない。
それどころか遂には賞金すら実の娘に懸けたのだ。
あまり評判の芳しくない王であり、子供相手に賞金を懸けた事も相まって各国で我らを捕縛する動きは殆どないが、それでも金が欲しい荒くれは反応して襲ってくる始末。
敵は刺客のみではなくなったのだ。
いや、賞金欲しさに逗留した街の住人が内通者となりえるかもしれない事を考えると非常に苦しさが増したと言えようか。
夢うつつにそんな事を考えていると不意に耳元で声がした。
「おやじ様!」
「っ! ああ……スラーニャか」
突然の声に慌てて周囲を見渡すと頬を膨らませたスラ―ニャが視界に飛び込んだ。
「もうっ! 何度も起こしたのに!」
「……ああ、そうか、夢……か」
私が思わず呟くとスラーニャは小首をかしげて問いかける。
「だいじょうぶ? 疲れてる?」
「いや、久しぶりに安全に眠れたのでな、熟睡してしまった」
いかに竜魔の姉弟が同じ宿に逗留しているからとて、油断しすぎだ。
不覚である。
心配はいらぬとスラーニャの頭を撫でてから立ち上がり、支度を整える。
ロズワグンの依頼をこなすべく今日にもこの街を発たねばならないのだから。
支度を終えれば竜魔の姉弟に声を掛ける。
「それほど急ぐ依頼でもないぞ」
「少し疲れが見えるぞ
スラーニャが私を何度も起こした旨を伝えると、二人は不安そうな表情を浮かべてそんな事を言いだす。
「悠長だな」
「元より今まで放っておかれていた話だ、貴公の疲れを癒す方が先決であろう」
ロズワグンがそう言うとスラーニャがじゃあ、決まりと話し合いを締めくくる。
私は皆の意見に押されるようにしぶしぶ同意せざる得なかった。
出立の際には宿の店主たちは我ら親子に頭を下げて見送ってくれ、街行く人も奇異な者を見る目ではなくなっていた。
「お気をつけて」
街の出入り口では昨夜出会った年配の兵士がそう声を掛けてくれた。
「お勤め、ご苦労様です」
「お疲れさまです」
私とスラーニャがそう声を掛けると彼は少しはにかんだように笑った。
この街は良い街だ、全てが終わったら今少し滞在しても良いかもしれないと考えながら、我らは怪物が出ると言う山間の村とその途中にあると言う温泉地を目指して東に向かった。
※ ※
東へと向かい歩いていく。
見晴らしの良い場所であるため、スラーニャは先頭を楽しげに歩いていく。
久々の四人旅である、気分が高揚しているのだろう。
ただ、そうは言っても子供の足。
疲れがたまり足取りが重くなれば背負ってやる必要は出てくるが、最近は体力が付いたか、あるいは見栄を張ったか大分歩く。
昼飯を食うために休憩を挟んで日が傾きかけるまで、スラーニャは歩いた。
その後、背負ってやるとすぐに寝入ってしまった。
「おやじ様が疲れておるならばと頑張って歩いたのだろうなぁ」
「……疲れておらぬと申したであろうに」
私が珍しく寝入っていたので、疲れていると思い必死に歩いたのだろうとロズワグンが優しい声で告げた。
私は苦笑を浮かべたが、内心は非常に嬉しい気持ちでいっぱいだった。
そして改めて思うのだ、この様に優しい子の未来を潰えさせてなるものか、と。
決意新たに歩いていくと立て看板と分かれ道が目に入った。
「温泉地はこちら、か」
ルート的には少し遠回りになるかもしれない。
「出立時に決めたよなぁ、兄者」
グラルグスが可笑しげに言ってきたので肩を竦めて温泉地に足を向ける。
どうにも元の世界の風呂事情だけは忘れられず、温泉など聞くと無性に風呂に入りたくなるのは困り物だ。
それに湯治は疲労を癒すのには確かに有効だった。
「忠言通り寄っていくさ」
そう軽口をたたきながら温泉街へと足を向けた私たちであったが、その地にまさかイナゴ共がいるとは思いもしなかった。
※ ※
その日は野宿して次に日の夕刻には温泉地にたどり着いた。
道中、温泉が近くの川にも流れて出しているのか、川から湯気が立ち上る様子をスラーニャは珍しげに見ている。
ロズワグンとスラーニャは手を繋いで本当の母子のように仲睦まじく歩いている姿は感慨深くもある。
終いにはスラーニャが私にも手を伸ばすものだから、スラーニャを真ん中に三人で手を繋ぐ事になった。
何だか妙に気恥ずかしさを覚えたが、スラーニャは楽しそうにはしゃいでいた。
その様子を数歩後ろで眺めているグラルグスはにやにやと笑いながらも、どこか満足げに眺めていた。
その点は少し癪だが、スラーニャに語り掛けながらも私の方を伺うロズワグンの視線に気付き、少し照れ臭い。
ともあれ楽しい道中ではあったのだが……一方で私は妙なことに気付いていた。
同じ方向に進む旅人はいるが、戻ってくる者が誰一人としていないのだ。
妙と思えどもそう言う日もあるかと、結局は温泉街に足を踏み入れた。
効能豊かな温泉の周囲には宿場町ができるのは自然な事。
温泉地に出来た街は温泉街と呼んでも差支えはないだろう。
この地にも数は少ないがそんな場所は有ったが、この温泉街は少し変わっていた。
周囲を石積みの塀で囲っているのは温泉の無断使用を防ぐためだろうが、どうも街の入り口に立っている門番どもの柄が悪い。
そいつらは妙な水晶球を片手に入る者達に碌な挨拶もせずに中へと通している。
「……妙だな」
私が思わず呟くと、グラルグスも全くだと頷いた。
ロズワグンは先ほどまでのはにかんだような笑みをひっこめて目付き鋭く門番を見ている。
スラーニャだけはいつもと変わらず私と手を繋ぎ続けていた。
私達が入り口に進み出ると門番は竜魔の姉弟を見やって、明らかに狼狽えたような顔を浮かべる。
「待ってろ、お前ら!」
そう言って門番に呼び止められ、門番の一人がどこかに報告に言っている間は足止めを喰らう。
私達の脇を旅人が三人ほど通り過ぎていく頃に離れていた門番が戻ってくれば、通れと言われて中に入れた。
ともかく私たちは温泉街の中へと進み、どこの宿にするかと周囲を見渡すと前を歩いていた旅人が驚いたように立ち止まったのが見える。
「キケ様! よくもキケ様をっ!」
「うるせぇぞ、
旅人の視線の先を見れば、温泉街のど真ん中で殴れこんだ少年とその彼に必死に呼びかけるメイドの姿があった。
そして荒くれ男がそのメイドを背後からバッサリと切り捨てようとしている。
振り下ろされた剣に惨劇を予感したが、メイドは腰に吊るした剣を素早く抜きはなって背後からの一撃を受け止めた。
……かなりの使い手だ。
少年の従者と護衛を兼ねているのだろう。
「ひぃっ!」
だが、突然の刃傷沙汰に前を歩いていた旅人は踵を返して、私たちを突き飛ばしかねない勢いで門へと走る。
だが、既に門は閉められていた。
「死にたくなければ言う事聞きな!」
門番が斧や剣を片手に旅人を脅す。
……私は小さく息を吐き出して、まずは現状を把握する事にした。
まさか、これがこの温泉街の日常ではあるまい。
<続く>
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