14.月下の刺客

 夜空を彩る月明りは眩しく大地を照らし出していた。


 街道に差し掛かる頃には既に月が高く登っており、既にスラーニャは私の腕の中で寝息を立てて眠っている。


 通常の旅路ならば野宿でもしている時刻だが、今は少しでも街から離れたかった。


 そう思いながら足早に進んでいく。


 緩やかな上り坂を進みながら頭上の月を見上げる。


 大きな満月が明るく輝きを放ちながら私たちの行く末を照らし出す様に大地を照らしていた。


 その時、背後から迫る気配に気が付いた。


 何者かと確認しようと振り返ると、遠くから馬のひづめの音が響く。


 それほど多くはないが、決して一頭だけではない。


 ……しかし、この気配は異なる気配。


 月明りの夜とは言え灯りをつけている様子もないのがまず異様。


 馬は夜目が効くが人間は効かない、僅かな凹凸で馬の脚が取られることを騎手ならば嫌うはず。


 己の命に関わるのだ、いかに自信があろうとも通常は灯りを携える。


 熟練の早馬乗りならば余計にそうだろう、己の過信で情報が届かぬことがあっては一大事なのだから。


 そうなると、灯りも付けずに街道を疾駆するあの騎影は……酔狂者か奇襲の刺客か。


「敵だろうな」


 グラルグスが呟き、ロズワグンが眉間にしわを寄せた。


「やり過ごすが得策だろう」


 私がそう告げると、皆で街道を外れて身を伏せた。


 さほど間を置かずに馬に乗った黒づくめの一団が三騎通り過ぎていく。


 ……尋常ならざる姿と気配だった。


 大鎌を持ちドクロの仮面をつけた姿は絵画の中でしか見た事のない死神のよう。

 

 だが、通り過ぎてしまえば用は我らにあった訳ではないのかもしれない。


 あれほどの異様な風体ならば、道化の類かもしれない等とありえない事を思いながら立ち上がった。


 ともかく街へ急ごうと歩き出した所で、過ぎ去った筈の異様な連中が戻って来るのが見えた。


 ……こうも月が明るくては今更隠れるのは意味がない。


「見つかったか」

「一人、一殺で良いか?」

「そうよな……」


 私たち三人がその様な言葉を交わしていると戻って来た三騎のうちの一騎が水晶玉を掲げ、そして叫ぶ。


「水晶玉が赤く……っ! あのガキだ!」

「ようやく見つけたか、殺せ!」


 殺意が我が子を貫かんと迫る。


「周りの連中は?」

「殺せ、禍根かこんになる」


 人を殺す事に何らためらいの無い酷薄な響きが短い言葉の中にはあった。


 不快な連中だ、人を殺すのに何の躊躇も持っていない事が。


 ましてやそれが幼子相手であっても何も変わらない事がかんにさわる。


 迫る騎兵を前に私はスラーニャを左手で抱えたまま、左の腰に吊り下げた剣を引き抜き、トンボに構える。


 元より我が流派には左肘を動かさぬ左肱切断さげんせつだんの教えがある。


 子を抱いて振るうのも、良き修練だ。


 一方で馬上の刺客たちは私の構えをせせら笑うように一騎が大鎌を振り上げて迫る。


「死ね」


 静かな殺意を放ち親子共々両断せんとすれ違いざまに大鎌を振るった。


 私はその一撃が来ることを見越して跳躍し、馬上のドクロの仮面目がけて剣を振り降ろす。


 跳躍により鎌の一撃は避けたが狙いが僅かに反れて肩の付け根から腕一本奪うだけに終わってしまう。


「ぎゃっ!」


 レードウルフの指揮官の様に凄まじい意志力で腕を斬られた衝撃を抑え込むかもしれないと背後に過ぎゆく騎馬に注意を向ける。


 だが斬られたドクロの仮面は悲鳴を上げて落馬し、動かなくなった。


 動けぬか……ならばあとで止めを刺さねば。


 それにしても、この死角どもはレードウルフに比べれば一段落ちるな。


 まあ、まだ二騎残っているのだから油断はできないが。


 刺客たちは私の攻撃を見て難敵とでも思ったか、二騎の騎馬は互いの得物である大鎌の刃が互いに届かぬくらいに距離を開けて、並行してこちらに突っ込んでくる。


 これは……飛べば片方の鎌が、伏せればもう一方の鎌が我らを断とうと言う布陣。


 馬の脚と私の足の速度を比べれば脇に避けたとて避けきれるものではない。


 本来ならいかに戦うかを迷う所だが、奴等の敵は私だけではない。


 剣を抜き放っていたグラルグスが横合いから一騎に襲い掛かったのだ。


 グラルグスの振るう剣には黒い炎が纏わりつき、禍々しいまでの威圧感を放っていた。


 あれぞグラルグスの振るう魔炎剣、竜の吐息を思わせる黒炎まとう一閃があらゆる物を両断する。


 予想外の攻勢になすすべもなく馬上の刺客は斬り裂かれ、断ち切られた個所から黒炎を噴き上げて転げ落ちた。


「……おのれ」


 グラルグスの二撃目を紙一重で避けた最後の一騎は多勢に無勢とでも思ったのか馬首を翻して遁走を始めた。


 我らの事が喧伝されてもまずい。


 投げ太刀の技を用いてその背に剣を投げ放とうとした瞬間、ロズワグンの声が響く。


「逃さぬ……」


 既にロズワグンの指先は印を結び終えており、無数の魔力の矢が逃げる騎馬の背に襲い掛かった。


「ぐおっ!」


 断末魔の悲鳴を上げて機関銃にでも撃たれたかのように背中に幾つもの穴をあけて最後の刺客も転げ落ちる。


微かに暗紫色に色づく魔力の矢は夜ともなれば見え辛く、それが数十と放たれては大抵のものは的になるだけか。


「逃す物か」


 静かに言い放つロズワグンの一言は、燃え盛る怒りではなくどこまでも冷たい敵意に埋め尽くされている。


 グラルグスに斬られた刺客は既に息絶えていたが、私に斬られ転がり落ちた刺客は腕を失いながらも、まだ生きていた。


「誰に頼まれた?」

「ば、化け物……どもめ」

「誰に頼まれた?」


 どうにか口がきける様子に私がさらに問いかけるとドクロ面の刺客は言った。


「シャーラン……を敵に回して、生き残れると……思わない事……だ」


 言いたい事だけ告げて意識を無くした。


 私は剣を刺客に突き立てトドメを刺すと、二人に問いかける。


「シャーランとは?」

「王国の名だ。勇者レオナルトが王女を娶って王になったばかりの筈」


 グラルグスがそう答える。


「勇者……。クレヴィの名は知っているが他にもいたのか」

「古の英雄と比べるべくもない。時代が生んだと言うよりは権力者の都合で生まれた存在。そいつが成り上がった訳じゃが……。スラーニャの父はどこぞの貴族だとばかり思っておったが、まさか……」


 ロズワグンは眉根を寄せながら視線を彷徨わせて告げる。


 考え込んでいる様子が見て取れる。


「確証はない。だが、調べる価値はありそうだな」


 グラルグスも、思案気に告げて更に言葉を続ける。


「我ら竜魔は目立つ。ここで二手に分かれるべきかも知れん」


 その言葉は半ば覚悟はしてたが、実際に言われると少しだけ堪えた。


「そうか……スラーニャが寂しがるな」

「貴公はどうじゃ? 寂しくはないか?」


 ロズワグンが茶化すでもなく真面目な表情で問いかけてきた。


「寂しくはなる。だが、この子の、君らの安全の為であれば致し方ない」

「……素直じゃな。大丈夫、今生の別れでもあるまい」


 そう告げて無理をして笑おうとしたロズワグンであったが、半ば泣き笑いのような表情を浮かべており、裾から見える尻尾は力なく垂れていた。


「そう、今生の別れではない。また共に暮らせる時も来ようぞ」

「その時を私も願っている。スラーニャとロズワグンとグラルグスと私で過ごせる日々が来る事を」


 私の言葉に姉弟は神妙な顔で頷きを返して、名残惜しげにその場を離れていく。


 寝息を立てるスラーニャを抱えたまま、私も彼等とは別の方角に歩き出す。


 月夜に照らされて娘を抱き進む我が影の何と物寂しい事か。


<続く>

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