11.荒天の下

 外では雨風に濡れながら屈強な男たちが整列し、狼を形どった紋章を描いた旗が靡く様は戦地を思い出しどこか懐かしさすら感じられた。


 そのうちの一人が私を見やり、先に出ていた厳めしい男に問うた。


「敵でありますか?」

「そうだ。よもや本当に我らレードウルフ傭兵団にたった一人で立ち塞がろうとはな」


 厳めしい男が肩を竦めて告げると、男たちは一瞬だけ笑った。


 だが、その笑みは嘲笑と呼ぶには戸惑いが多い、あるいは恐れが。


 笑いを無視して私は腰の剣を抜きトンボに構えると一層戸惑いが深まったように思える。


 トンボの構え、右拳は耳のあたりまで持ち上げ、握る剣は天に向かって立てる。


 左手はそっとそえるだけ。


 剣を振る際には決して左肱ひだりひじを動かさない事が肝要。


 示現流じげんりゅうにもあると言うこの構え、元はと言えば示現流の源流たる天真正自顕流てんしんしょうじけんりゅうのもの。


 我が流派は天真正自顕流より別れた分派であれば、トンボが伝わっているのも道理。


 魔獣相手にも異形の戦士たち相手にも打ち勝って来たこの構えに何かを感じ取ったのだろう。


 私は私で何度目の実戦であろうとも、我が流派である真道自顕流しんどうじけんりゅうの基本中の基本を何度となく頭の中で反すうしていた。


 己の真の道は自ずと剣に顕れる、これぞ流派の名に込められた意味であるとした剣の師の言葉と共に。


 なればこそ、赤子を守るために剣を振るうと言うのが我が真の道であろうか。


 私にしては上出来、すこぶる上等。


 私の胸中はいつになく、爽やかな風が駆け抜けていくかのようにすがすがしかった。


 さて、私の構えに相対する連中、レードウルフと名乗った傭兵たちは私に対しての侮りを捨てたようだ。


 皆一様に面構えが変わっていた。


「我らに一人で立ち塞がろうとするだけの事はありますな」

「どちらにせよ、多勢に無勢。仕事を遂行する……が、まずは一人立ち会って見ろ」


 指揮官であろう厳めしい男は私を排除して赤子を殺す事に決め、指示を出す。


 その言葉を聞けばレードウルフの面々はそれぞれが武器を抜き、まずは一人、前に出て来た。


 そして肩に剣を担いだような構えを取った。


 その構えからこの地で隆盛を誇る聖流七派の……七剣聖がそれぞれ興したと言う聖流七派の一派、聖サレス流の使い手であろうとあたりを付ける。


 未だ存命だと言う剣聖サレスが興した流派は速度重視の剣。


 大剣と言えどもかなりの速さで剣を振るうらしい。


 我が流派もまた剣速を第一とする。


 聖サレス流について聞いた時は、やはり似たようなことを考える人はどこにでもいるものだと感心していたものだ。


 聖サレス流の使い手はもしかしたら私の構えから剣速重視と考え、先鋒を買って出たのかも知れない。


 なれば、これは互いに意地と意地がぶつかり合う立ち合いか。


 雨でぬかるむ大地、びゅうびゅうと吹き荒れる風の音、どれも下手すると相手の踏み込む音をかき消してしまいかねない。


 そうなれば反応が遅れてしまうと不安が募る。


 だが、その不安に囚われては勝てない、いかに魔力で身体を強化しようともそれは変わらない理。


 戦いを制するのは己の不安に打ち勝ったものだけだ。


 雨粒が顔を打ち、目を開けているのもやっとの状態。


 それでも、私も敵も間合いを違えたりはしなかった。


 私は踏み込むと同時に相手も踏み込み剣を振り下ろす。


 互いに剣速を第一とする一撃、私の一撃は出が微かに遅れた。


 だが、先に切っ先が地面を打ったのは我が剣である。


 手応え、あり。


 この風雨に負けない程に相手から鮮血が吹き上がると、それが混戦の狼煙となった。


 四方より迫る刃を切り払い、隙を見せた使い手を一撃で屠る。


 ぬかるむ大地をしっかりと踏みしめ、泥をはね上げながら剣を振るう。


 その繰り返しの最中に互いの姿は泥に塗れていく。


 泥に塗れながらも私は致命の一撃をともかく防ぎ、逸らし、避けて、生じた隙を狙い敵を斬った。


 レードウルフの指揮官の一撃を防いだ瞬間、横合いから腰だめに刃を構えた傭兵が突進してくる。


 剣を振るっては間に合わないと判断すれば私は己の剣を敢えて落とし、無手の状態になる。


 そこに突進してきた傭兵へと即座に腕を伸ばした。


 左の掌打で迫る剣の腹を叩きその軌道をずらしてから、右手は間近に迫っていた傭兵の手首をつかむ。


 掴んだ手首を持ち上げながら半歩ずれ交差するように体の位置を入れ替えれば、そのまま腕をへし折りつつ背後から地面に叩きつけた。


 鈍い音と苦悶の声が響くも、剣を持たない私の状態に指揮官は好機と見たか、弾かれた剣を手元に引き寄せて渾身の突きを放った。


 泥が舞う。


 私は落とした剣を蹴り上げると剣は回転して宙を舞い、泥を四方に飛ばした。


 その間にも迫っていた指揮官の突きを避けざまに宙を舞う剣を掴み、落ちてくる剣の勢いのままに振り下ろす。


 あの厳めしいレードウルフの指揮官はその一撃は避ける事できず左腕を斬り飛ばされる。


 大抵はこれで終わる、いかに魔力を纏おうとも痛みを軽減させるものではないのだから。


 だから、私はこれで終わりかとそう思った矢先、驚いた事に腕を斬り飛ばされた指揮官は走り出した。


 馬鹿な……腕を斬られればそのまま昏倒してもおかしくない衝撃に襲われた筈。


 そいつを強靭な意志力でねじ伏せて動いたと言う事か? 


 このまま逃げるのか? いや違う! 洞窟に向かって走っている! 奴は死んでも仕事をやり遂げるつもりだ!


 そう判ずればあのような不名誉な仕事でも命を賭して遂行しようとする、そのありように私は言いようのない思いを抱いていた。


 そんな思いを抱く余裕が私にはあった。


 何故ならば、あの男に確かに気圧されはしていたが、あそこで母子を守るのは竜魔の姉弟。


 私がこの地で信頼できる数少ない相手だ。


 きっと防ぐと信じながらも私は手負いの指揮官を追おうとするが、それを阻む様に最後の傭兵が斬りかかってきた。


 幾人かは逃げたようだがほとんどの者は今斬りかかってくるこの傭兵と同じく決死の覚悟を抱いて任に当たっていた。


 これほど不名誉な仕事であろうとも、いかに敗色濃厚であろうとも彼らは決して手を抜かない。


 敵ながら見事と言うしかないが、それでも赤子を殺させる訳にはいかない。


 最後の一人を打ち倒した所で奴が洞窟に至るのが見えた。


 大丈夫、その筈だ。


 そう思いはしたが、私は無自覚に手に持っていた剣を投げようとした。


 飛竜剣、飛行剣、様々な呼び名はあるが投げ太刀の技は我が流派にもあった。


 刀は己の命と言う者もあるが、我が流派においては刀も剣も同じく道具。


 真の道を体現するための道具に過ぎない。


 道の為ならば太刀も小太刀も投げようというもの。


 即座にそう判断し、剣を投げようとしたがそれには及ばない事が直ぐに証明された。


 グラルグスの黒い炎を纏う剣の一閃がレードウルフの指揮官を仕留めるたのだ。


<続く>

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