10.出会い

 北の大地は魔獣が巣食う大地ではあったが、人々は細々と生きており各地に小さな集落を作っていた。


 そのコミュニティを巡回しながら、深淵に抗いこの地で果てたと言う神々の魂を慰撫し続ける。


 魔獣を倒し、祈りを捧げ、各コミュニティの橋渡しをする、それが巡礼騎士の務めであった。


 騎士と呼ばれているが、この地では騎士は領土を持たずその家系に伝わる独自の武術と魔術を組み合わせて戦う上級戦士の総称であった。


 正式には失地騎士などと言うらしいが、私もいつの間にかそんな騎士の端くれになっていた。


 魔術は扱えなかったが、私の剣の腕があれば多くの騎士を倒せるだろうと言うのが私を巡礼騎士に叙したラギュワン卿の言葉だった。


 高い評価と思えたが、剣を振るう意味をこの地で新たに見出したように感じて、私は恐縮しながらも巡礼騎士の務めを果たした。


 この地に来て四年が経った頃には一人前になったとラギュワン卿は仰せになり、私は一人で北の大地を巡るようになった。


 二手に分かれた方がやはり効率が良かったのだ。


 そんな訳で一人で巡礼を行っていた私は、ある時二人の旅人に出会う。


 安全なはずの南の方からわざわざやって来たと言う旅人は、竜の血を引くと言う竜魔族の姉弟であった。


 姉の名をロズワグン、弟の名をグラルグス。


 見目麗しい姉と弟だったが何より私の琴線に触れたのが人でありながら人とは違う種である事だ。


 側頭部より生えた角や臀部より生えるトカゲの様な尾を見た時、私は妙な高鳴りを覚えた。


 私は元の世界にいる頃からその手の存在に強く惹かれていたので、この二人と出会った時には妙に浮ついた心地になったのだ。


 その二人は重大な使命を帯びて北に来たのだと言う。


 一族の禁忌を破り災厄の竜となり、同胞や他種族の者を多くを殺めた竜魔がいる。


 そやつの為に集落は壊滅し、周囲から竜魔は疎まれたのだと。


 その竜魔を、かつての王たる叔父を討つために姉弟は災厄の竜を追って来たのだ。


 だが、ここは深淵に侵された北の地。


 いかに南では敵なしと恐れられる竜魔族であっても下手を打てば容易く死につながる魔境。


 ましてやそれが使命に押しつぶされそうな若い二人ではなおさらだ。


 私はそんな二人の事が気が気でならなかった。


 余計なお世話と知りつつも微力ながら何か手を貸せぬかと思うようになり、行動を共にしたのが彼らとの交流を持つ始まりだった。


 当初は互いの意見や感情をぶつからせながらも、私と竜魔の姉弟は行動を共にし続け幾多の死線を超えた。


 そして深淵に侵され地獄の門がそびえる最果ての地で、遂には災厄の竜を討ち取ったのだ。


 竜魔の王たる姉弟の叔父は何ゆえに災厄の竜となったのか分からずじまいではあったが、奴は死に際にこう言い残した。


屍神招来ししんしょうらいとは呪詛招来すそしょうらい。……奴らを討たねば……この世は終わりぞ」


 断末魔にしてはいささか長口上ではあったが、そんな言葉を残して災厄の竜は息絶えた。


 屍神とは屍神教団の崇める神の事であろう。


 その屍神を呼べば呪詛を呼び起こす事になると言う警句じみた言葉は、しかし、彼の者が行った殺戮と結びつきそうもない。


「口から出まかせかのぉ。或いは……」


 災厄の竜にトドメを刺した疲労感からか肩を上下させていたロズワグンが眉間にしわを寄せ、苦々しく告げていたのが印象的である。


 ともかく竜魔の姉弟は使命を終えて南へと帰ることになった。


 多くの死線を越えたとはいえ北の地は危険。


 南の国々が共同で派遣している北を監視者ノース・ウォッチャーたちの監視所まで送り届けることにした。


 正直に言えば、竜魔の姉弟は私の手助けなどなくとも無事に帰れただろう。


 ただ、別れが名残惜しかったのだ。


 それは姉弟も同じようだったのか、すんなりと同道を許可してくれた。


 出会ってから半年ほどの旅の中で私はこの姉弟を好きになっていた。


 特にロズワグンに対して恋愛感情に近い物を抱いていたのを認めざる得ない。


 元より神話上の女怪に強い関心があったが、それはきっかけに過ぎず行動を共にすることで彼女の心根が知れて、真に惹かれていたのだ。


 もし、あの時、スラーニャと出会わなければどうなっていただろうか? きっと竜魔の姉弟とは別れて私は今でも北の地を巡っていただろう。


 それは強い未練を残したかもしれない選択だが、ラギュワン卿の務めを思えばそうしていただろう。


 こうして南の国々を渡り歩く事になるなど全く考えもしなかった事だ。


 だが、私たちは出会ったのだ。


 北の監視所まであと半日ほどの所で赤子を抱えた母親とそれを追う傭兵たちに。


※  ※


 あの日の天候は酷い荒れ模様で南下するにも苦労していた。


「こうも荒れては進むのは厳しい、そろそろ野営する方が良い」

「俺もそう思う。この天候ではな」


 私たちはそう話し合うと雨風を避けるように洞窟に避難して火を起こした。


 疲れを癒すべく毛布にくるまり、早めに眠ろうとしていたその時だった。


 私達の起こした火に気付いてか風雨と共に傷だらけの女が赤子と共に駆け込んできたのは。


 女の必死の様相に私たちは緊張を覚えた、何事か起きているのだと嫌でも分かったから。


 だが、駆け込んできた女はそんな空気に頓着せずに叫んだ。


「どうか、どうかお助けください! 遠くへ逃げねばならないのです! さもなくばこの子が」


 話を遮るように風雨に紛れて武装した厳めしい男が入ってきた。


 外には武装した荒くれ者達が雨に濡れながら居並んでいる。


 その様子から察するに特別な訓練を受けた兵士か、規律の厳しい傭兵たちと思われた。


「……ここまでです、お子を渡しなされ」


 厳めしい男は周囲を無視して若い母親に声を掛ける。


 言葉は丁寧に聞こえるが、その実は冷酷さがにじみ出ていた。


「い、いやです! この子を渡しなどしません!」

「では、お子共々死んで頂かねばなりません」


 武装した厳めしい男がそう言い放つ。


 流石にその様な状況を座視できるほど酷薄でもないつもりだ。


「おい、私の目の前で子殺しなどさせんぞ」

「死にたくなければ黙れ」


 私の言葉に厳めしい男は凝るような殺意を放って告げた。


 こいつは……並みの使い手ではなさそうだ。


 ロズワグンが思わず喉を鳴らしグラルグスが微かに身を強張らせるなど、そうそうある事ではない。


 その殺意はそれほどまでに鮮烈な物だ。


 恐ろしい男だ、若いとはいえ死線を潜り抜けてきた竜魔の姉弟がただ一人の男に気圧されてしまったのだから。


 魔獣が持ちえない純粋なまでの殺意を向けられては致し方ないかもしれん。


 が、私はそちらにも慣れていた。


 殺意が渦巻き悪意がはびこる戦場を知っている私は。


「女子供を殺すのに大層な事だな……外に出ろ。折角の兵力差、有効に使わぬ手はあるまいて?」

「吼えおるわ。……お子と今生の別れを済ませておくことですな、ラスメリア様」


 厳めしい男は殺意に動じない私に狙いを絞ったのか、母子にそう云い捨ててから洞窟の外へと向かう。


 私もまた、その後に続いて外へと向かいながら、竜魔の姉弟に告げた。


「母子を頼むぞ?」


 返事も聞かず、表に出れば激しい雨風が歓迎してくれた。


 ……所詮人斬りは、人斬りの螺旋からは抜け出せんか。


<続く>

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