二章、過去の夢

9.北の地に倒れ

 夢は昔の、故郷での一幕から始まった。


 私は戦地にいた。


 薄暗い塹壕の中で、砲声鳴りやまず、銃声絶えない戦場で私は軍刀を握りしめ突撃の号令を待っていた。


 いかに塹壕を掘り暗い穴倉にひそんでいようとも打って出なくては戦線は何も変わらない。


 銃撃戦のみでは埒が明かず、だからこそ白兵戦に持ち込み戦線を突破してこそ活路が見いだせる……筈だ。


 当時の私は若かった所為か弾が当たれば死ぬだけ、砲弾が当たれば死ぬだけと半ば捨て鉢になっていた様にも思う。


 だが、どう開き直ろうとも砲弾は絶え間なく降り注ぎ、運悪く私の近くで着弾した。


 砲弾は塹壕の一部を吹き飛ばして、私は生き埋めになった。


 生き埋めとは言え、運良く空洞部分に横たわる形で私は五体無事であったが、すぐそばでは見知った顔が腕を吹き飛ばされて呻いているのも見えた。


 微かに隙間から差し込む光に照らされた空洞部分、腕を吹き飛ばされた兵士が痛みに身もだえしている様だけを私は見続けていた。


 その呻き声はやがて聞こえなくなり、そのうちにハエの羽音が響き始めていた。


 助け出されるまでのあの時間は、私にとって死と言う物を考えさせる時間となった。


 人間死ねば皆ホトケとよく言うが、痛みに悶えた挙句に息絶えてゆっくりと腐っていく様は、鮮烈に頭に残り無常と言う奴を強く感じたのだった。


※  ※


 絶え間なく続く砲声、延々と繰り返される銃声、そして突撃の号令。


 結局助け出されて数日後には私が率いる小隊にも突撃の命がくだされた。


 号令に合わせて銃弾飛び交う戦場を駆けて、駆けて、駆けた。


 恐ろしく長く感じた敵塹壕までの距離を踏破して、一気に雪崩れ込んだ。


 ほとんどの者は銃剣を、私は十四の頃に祖父より貰った刀を軍刀にしつらえたそれを振るった。


 敵はスコップや銃剣で応戦したが、乗り込んだ勢いのままに私たちは敵兵を打ち倒していった。


 そこでも鮮烈に記憶に残ることがあった。


 抵抗もまばらになった所で、不意に大声をあげて私に迫った敵兵がいた。


 その首を斬り裂いた瞬間、私はひどく驚いた。


 その敵兵はあまりに若く見えたのだ。


 童顔だっただけかも知れないがどう見ても十七、八ばかりの青年で、私に斬られた首筋から血を吹き出し倒れていく。


 お母さんと呟きながら。


 ……その時の私は能の一場面を思い出した。


 武勲を求めたある武士が敵方の格調高い鎧を纏った武士を見つけ、一騎打ちの末にこれを討つ。


 だが、いざ首を取ろうとして己の息子と同じくらいの元服したての青年だった事に気付く。


 結局、周囲の目もありその首を挙げたが、武士は無常を感じて覚者の教えに深く帰依するようになり頭を丸める。


 その能の一幕を思い出して、あの武士は今の私と同じような世の無常を感じたのだろうかと思いをはせた。


 私が武士と違ったのは、結局は剣を捨てることもできずにいまだに戦い続けている事であろうか。


 私の方が彼の武士よりもなお、業が深いのだろう。


※  ※


 また場面が変わる。


 これは……天覧試合の時か。


 戦地より帰った私は天覧試合に推挙され、剣の名手たちと相対した。


 木刀を用いる試合ではあったが木刀も下手をすれば命を奪う立派な武器、だと言うのに私の体は恐れもなく軽やかに動き試合を勝ちすすみ、最後には優勝した。


 きっと、戦場での経験で色々と麻痺していたのだ。


 優勝した折に聖上より神州無双の二つ名を賜った。


 名誉な事である、兄も姉も妹も喜んでくれた。


 皆が喜んでくれたのは嬉しかったし名誉な事ではあるのだが、私には神州無双の二つ名にはある種の揶揄も含まれているのではないかと思えてならなかった。


 銃や砲が戦場を支配するこの時代において、剣においてのみ無双の存在に何の意味があるのかと。


 今思えばこれは私の心の問題だったのだろう。


 これ程までに剣に傾倒したところで何の意味があるのか? 機関銃に撃ち抜かれて死んでいく仲間を救う事は出来なかったし、そもそも砲弾に当たれば死ぬ以外にない今の戦場において剣を振るう価値はあるのか?


 激しい戦場を体験して剣を振るうその意味を見失いつつあったのだ。


 そんな私に転機が訪れたのはそれから程なくしてのこと。


 剣の振るう事に苦悩していた私は頼まれて人を一人斬った。


 奇妙な依頼でありながら、それは確かに余のため人の為になったと今でも思っている。


※  ※


 そして再び場面が変わる。


 血にまみれて体を大地に横たえ意識ももうろうとさせながら、私はたった一つだけの恒星を……太陽を見上げていた。


 とある理由で斬った相手は妖術師で、奴の死に際の呪で異界に飛ばされたのだ。


 世界を超えると言う行為は体に著しい負担を与えたようで、体の内外に幾つもの傷を負ってしまった。


 死を待つだけの状態ではあったが、天にただ一つの恒星が輝く私にとっては異常な光景を虚ろに見上げていたことをよく覚えている。


 そこに通りがかったのが老いた男、剣と呪術に秀でた最後の巡礼騎士と呼ばれていたラギュワン卿が私に気付き近づいてきた。


 老いて小柄ながら恐るべき気配を漂わせた老人はひょいと私の顔を覗き込みながらを声を掛ける。


 当時の私には耳慣れない言葉でしかなかったが、今ならばそれが生きているのかと言う惚けた問いかけだったことが分かる。


 私はラギュワン卿に助けられ、彼の従者となり言葉を習った。


 その際に私の魔力量が常人に比べても大分ないことが分かった。


 魔力を用いた魔術と武芸を織り交ぜてた戦うのがこの地の主流であったが、魔力の無い私には剣の腕しかなかった。


 私に魔力がないと知るとラギュワン卿には剣の腕を徹底的に鍛えろと忠言していただいた。


 高度に鍛え上げた武術は魔術と見分けがつかないと言う格言と共に。


 なんでもこの地に伝わる古の勇者も魔力が無かったそうだが、彼は数多くの武勲を挙げたのだと言う。


 その言葉に従い、私は己の剣の腕を徹底的に鍛え上げた。


 私が倒れ、ラギュワン卿が生活するこの場所は北の地と呼ばれており、深淵に侵され地獄の門が開いた等と噂された大地だと言う。


 この地で恐るべき魔獣を相手に剣を振るい修練に明け暮れながら、古の勇者クレヴィの痕跡を私は辿った。


 北の地には数多くのクレヴィの痕跡が残っていたのだ。


 彼の痕跡を辿ることも良き修行になった。


 魔力をその身に帯びて身体能力を向上させる者達を相手に魔力無き者はいかに戦うのか。


 勇者クレヴィが用いた無魔の剣と呼ばれる剣技はいかなるものか、そして恐るべき魔獣との実戦を重ね、私は研鑽を重ねた。


 特に魔獣との実戦は生きるか死ぬかの二つに一つ。


 二つ首の地を這う竜、全身を鎧で身で固めながら俊敏に襲い来る異形の戦士、地獄の獣と同化したかつての英雄たちとの戦いは人同士では会得しえない剣の術理を私に囁いた。


 恐るべき魔獣、その全てを打ち倒し安息へ導く事が巡礼騎士と呼ばれたラギュワン卿の仕事であり、いつしかそれは私の仕事にもなった。


 そこで四年ばかり剣を振るい、遂にはラギュワン卿に一人前の巡礼騎士として認められたのである。


<続く>

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