5.死闘

 家屋の影に潜み反撃の機会を伺う合間、背より剣を降ろし、大地に置いた。


「スラーニャ、父が呼べば剣を投げ渡すのだ」

合意あい


 注意怠らず身を潜めておれよと言い残して、私は家屋の影より飛び出た。


 別の家屋の影へ目がけて一直線に駆ける私を視認した射手が弓を引き絞り、矢を放つ。


 私の側へ飛来した矢を避けながら、射手の数を即座に数える。


 一つ、二つ、三つ……。 


 三人の射手の正確な位置が見えた……。


 ならば反撃すべく再び家屋の影に隠れ、手近な石をいくつか拾い上げて懐へしまう。


 そして、間髪入れずにスラーニャの元へと再び走り出す。


 そうすると一部の練度が低い射手が引っ込んだはずの私が再度出てきた事に慌てながらを弓を引き絞りはじめる。


 私は駆けながら、先ほど位置を把握した弓使いに目がけて腕を振り印地いんじつ。


 一つ、二つ、三つ……っ!


 悲鳴が上がり屋根より転がり落ちる物音が二つばかり。


 ……一人、仕損しそんじたか。


 印地打ち、つまりは戦場で使う投石術は苦手でもないが得意でもない。だが戦場では石と言う簡易な武器は思いの外に重宝ちょうほうしたため、良く用いていた。


 弓矢が銃に取って代わっても白兵が無くならない様に大抵の場合は印地打ちも有効だった。


 まあ、銃で撃ち合う距離では使い道は殆どなかったが、白兵に至る直前には十分な威力を発揮した。


 それに、印地打ちの利点は他にもある。


 伏兵がいそうな場所、つまりは陰地いんじに石を打ち込み、この包囲を崩す。


 語源通りの使い方と言う訳だ。


 まあこの様に矢を持たぬ私ではあるが、この様に遠距離攻撃には多少なりとも対応する事ができた。


 しかし、対応は出来ても完全な有効打ではない事も知っている。


 より敵の数が多ければ複数人を白兵戦に持ち込み、場を混乱させ射手が矢を放てないようにすることも出来たが……。


 敵はそれを恐れているからこそ、中々白兵を挑んでこない。


 普通の村人が居ない様子からここは本当にグロー兄弟とその仲間たちが根城にしていた廃村なのだろう。


 なのに、その肝心の野盗どもが居ない。


 野盗と規律ある兵士はやはり動きが違うもので、混在していたとしても遠目で見ても大体違いがわかる。


 先ほど垣間見えた練度の低い射手がそうかも知れないと感じる程度だったので、そうだとするとレードウルフの残党は生き残りの野盗どもを完全制御できる手駒にしたのだろうか。


 そうであるならば野盗はそのうちにボロを出すだろうし、そうでないならば無いなりに戦うより他にない。


 どうあれ次にここを離れる時は私の弱点と奴らが考えるスラーニャを狙って動く事が予想できる。


 流石にこの子を抱えながら戦場を駆けて印地打ちは出来ない。


「スラーニャ、父が教えた打ち方を覚えているか?」

「おぼえてるよ」


 ……北の地で読んだ古き書バイブルによれば、青年が大男を打ち倒すのにも印地打ちを使ったと言う。


 非力な者でも打ち勝つ算段があるのが印地打ちの真骨頂。


 私は懐から布の両端に紐を付けた簡易な投石機を取り出すと、片方の紐をスラーニャの手首に縛り、もう片方は手首を縛った方の手に握らせる。


 するとスラーニャは手ごろな石を拾い上げて、自分の脇でグルグルと回し始める。


 十分な速度で回ったと思えばぱっと手を離すと、石は遠心力に乗ってひゅっと前へと飛んでいった。


 十分な威力だ、確かに彼女は覚えている。印地打ちを。


「父は打って出る。その間に敵がお前の元に来るだろう。石つぶてをもって攻撃を加え距離を開けよ。影から出る際は次の影まで決して止まるな。……良いな?」

合意あい!」

「良い子だ。我らは二人。それを思い知らせてやろう」


 告げ終われば娘の頭を軽く撫でる。


 はにかむような笑みを浮かべたスラ―ニャに、私も笑みを一つ浮かべそれから踵を返す。


「剣には固執するな、武器は奪えば良い」


 石を幾つか拾い上げてから最後にそれだけ付け足して、私は再び駆けだした。


 射手の姿を視界にとらえれば即座に石を投げ打つ。


 くぐもった悲鳴を上げる射手の行く末を気にする余裕もなく、私は次の射手に石を打つ。


 四人、五人と屋根より落とし、近場の家屋やその物陰にも石を放つ。


 殆どは空振りだったが、物陰の一つに押し殺した悲鳴が響くと、すぐさまそこに駆け寄り剣を抜きつつそのまま振るった。


 悲鳴の主はそれで息絶え、そして事態は動き出す。


「らちが明かん、打って出るぞ!」


 焦れた残党の一人がそう叫ぶと、バタバタと家屋の扉が開く音がした。


 ……この時こそを待っていた。


 私は目に付いた男にトンボに構えて駆け寄ると、有無を言わせずに剣を振り降ろす。


 嘗て開祖は、意よりも先に鞘走り無想の内に振り下ろす、これが真道自顕流しんどうじけんりゅう第一の剣理とす、そう申されたと言う。


 私ごとき凡夫は未だにこの境地に至っていない。

 

 だが、十数年と練り上げてきた剣は……この地に来てもたゆまぬ訓練を繰り返し、また実戦を繰り返してきた我が剣は、今日も敵を斬り裂く。


 吹き上がる血飛沫と断末魔の叫び。


 だが、それらに混じって聞こえてきた言葉に私は焦りを覚えた。


「よくもやりやがったな、このガキがっ!」


 相対する敵より一瞬視線を外してスラーニャのいる方を見れば、荒くれ男が片眼を潰され怒り狂っている姿が見えた。


 一方のスラーニャは……ああ、見事だ、と私は戦いの最中にそう感じ入る。


 スラーニャは恐れることなく、更に印地を撃っていたのだ。


 ゴリアテなる大男を倒した青年ダビデの如く。


 怒り狂った野盗は額に石を食らってもんどりうって倒れた。


 ああ、そうだ。我らは二人……そうだったな。


 次なる敵に印地を打とうとする頼もしき後姿を見て、私は息を吐き出すと、自身の弱気を打ち払うように自身を叱咤する。


 馬鹿め、私が焦りなんとするか!


 まだまだ未熟と自身を顧みながらも、今を生き抜くために吼えた。


神土征四郎かんどせいしろう、参るっ!!」


 その名乗りは自身への怒りの発露であると同時に、この戦場を我が意で飲み込むべく放たれた咆哮。


 我こそは深淵を巡り数多の魔性を打ち破った巡礼騎士であると言う矜持、古の勇者クレヴィと同じく無魔の剣を振るう者だと言う誇りを込めて吠えた。


<続く>

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