4.過去よりの刺客
翌朝、街にて剣を三振りほど買い求め宿屋の主が告げた村へと向かう事にした。
「……何ゆえに、剣を三振りも?」
「八名ならば必要ないが、二十も超えれば必要になろう」
「……貴方様は、お気付きなのではありませんか?」
「降りかかる火の粉を払っただけとは言え、不用意に斬ったのは私の過ち。迷惑を掛けたな」
昨日、我ら親子に依頼した年輩の男は宿屋の主であった。
支度を終えて一度宿に戻った際にそんなやり取りをして別れた。
その際に主とその妻、そしてあの受付の男は我らに深く頭を下げて見送ってくれた。
手を繋ぎスラーニャと二人、北の村へと進む。
背には剣を何本も背負い、幼い娘を連れた私を奇異な視線を投げかける者もあったが、街の住人の多くは我ら親子を見ぬように視線を伏せて通り過ぎていく。
彼らにはこの道行きが死出の旅路と見えるのだろう。
それもあながち間違いではない。
金を得るために悪党を屠る刺客業にも手を出した。
その為、私を殺したい輩は大勢いるのだ、その様な男の行く末など相場は決まっている。
だが、それに娘を巻き込む訳にはいかない……そう思うのが本来の親心。
しかし、幾ら望んでも争いごとが避けられない場合もある。
「野盗だけかな?」
「分からん」
その事にこの子は気付いている。
いや、それだけではない、自身の命を狙う者がいる事を、六歳を間近に迎える年齢でありながらスラーニャは気付いていた。
忌み子として命を狙われながらも生き延び続けているがゆえに、私はこの子を連れて歩く。
私が守れるように、そしてゆくゆくは己の人生を己で勝ち得るために。
一つ一つの戦いが彼女の糧になると信じて。
結局私は人を斬るより能のない男だ、魔力も人並み以下とあっては軍務につく事もかなわない。
そんな私が出来る事は、日銭を稼ぎながらもスラーニャに戦い方を伝えることだけだった。
※ ※
朝に街を出て昼前には村にたどり着く。
一見、何の変哲もない村に見えたが殺意が渦巻いていることに気付く。
我ら親子にとって、この村は魔所、危険な要害。
一たび足を踏み入れれば、生きて出られる保証のない地獄。
それでも歩みを止めることは無い。
我ら親子の道行きは修羅道と定めたるがゆえに。
ボロボロになった柵に囲われた村の入り口、木製の簡易な門を潜ればそこは戦場と化した。
家々の屋根に人影が立ち上がり、弓を引く姿がいくつも垣間見えた。
「参るぞ」
「
スラーニャを小脇に抱えて近場の家の影へと飛び込むと、先ほど私たちが居た場所に矢が数本大地につき刺さっていた。
一息つく間もなく、家の壁を突き破って鉄剣が体の側を貫く。
間髪入れずに私も抜刀して壁越しに剣を突き立てた。
木板とは違う手ごたえを感じ、壁向こうで微かな呻きが響き何者かが倒れる音が響いた。
その間もスラーニャはぎゅっと私の腰にしがみつき声をあげることは無かった。
……良い子だ。
彼女の存在が私に目的を与えてくれる、訳も分からずこの地を彷徨っていた私に生きる目的を。
感慨は一瞬、あとは生き抜く方策が頭を占める。
……この用意周到さは戦を生業にしている者達だ、野盗などでは決してない。
つまり相手は、少なくとも指揮を執るものはグロー兄弟の仲間などではなく傭兵か、どこぞの正規兵か……。
どちらであるにせよ、切り抜けねば明日はないか。
「子連れの剣士……いや、北方の巡礼騎士よ!!」
……私が卿より巡礼騎士として迎え入れられた事実を知る者は少ない。
北は隔絶した土地だが、何故この地でその事実を知っているのか、相手は何者かと身構えたが、続く言葉に驚きを覚えた。
「我らレードウルフ! 五年前、貴様一人に滅ぼされた傭兵部隊!!」
その名に覚えがあった、いや、覚えがあるなどと言うそんな生易しい話ではない。
心に刻み込まれている、魔性はびこる北の地にてスラーニャの母を殺し、赤子であったこの子を殺そうとしたあの恐るべき傭兵たちの事は。
「今さら意趣返しか!」
私が声を張り上げると、向こうも声を張り上げた。
「はっ! 貴様のような化け物と関わり合いになるなど愚の骨頂よ! さりとて、我らは貴様を殺さねば前に進めぬ……。この五年でよぉく分かった……、北を知らぬ者にとっては、ただ一人の男に潰された傭兵隊の生き残りなどに価値は無いとな!」
その声には苦渋の響きが感じられた。
私に敗れたあとに苦汁をなめた様子が伝わる。
……これも我が身の至らなさが招いた結果と言う事か? いや、そうであろうとも……。
「貴様ら親子を討ち取り、我らは我らの矜持を取り戻す!」
「出来るものならやってみるが良い!」
そう返答を返すと連中は沈黙を返した。
さざ波のように寄せては返す殺意の動きで再び作戦行動を開始した事を悟る。
連中は野盗のように感情に任せた戦い方をしないのは明白だ。
今の戦法とて、我ら親子を殺すためだけにまずは有利な地形に誘い込み、多勢の利を生かしながら遠距離よりの攻撃に徹している。
万が一白兵になれば真正面からの切り合いは避け、家屋に隠れて不意を打つ徹底ぶり。
それは卑怯などと言う誹りも意味をなさない程に我らを討とうとする強い意志を感じる。
これは難敵。
この死地を生き延びるためには、まずは弓使いを一掃せねばなるまい。
先ほど打ちこまれた矢の数は五本。矢を放たなかった者がいる事も考えられ、もう少し上に見積れば弓使いは八人から十人前後か。
家屋の数を鑑みるに隠れ潜む者も同数はいるだろうか?
なれば二十。
我ら親子は僅かに二人。
「なぁに、たかだか十倍の敵ぞ。心配するな、スラーニャ」
「
元気な娘の声には怯えなどない。
死地であることを知りながら、この子は笑うのだ。
あの時の相手は故あって私一人であったが、今回は二人。
……レードウルフの連中がその意味を、目算を誤れば死ぬのは奴らだ。
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます