第30話 白き焔
リオンがウノと共に動き回る黒獅子に杖を向け、魔法を放つ。
「──【ファイアボール】」
火球が黒獅子目掛け一直線に打ち出され、それに気づいた黒獅子が後ろに跳んで回避する。
戦闘中に突如生まれた空白の時間に困惑するウノ。
彼女はそれを作った張本人を睨み、その胸ぐらを掴んだ。
「アナタどうして逃げてないの!?」
「ハッ。やっぱり逃がそうとしてたんじゃねぇか。お前ばっかカッコつけてんじゃねぇよ」
「カッコ良いとか悪いとか、そんなの今はどうでもいいでしょ!」
「いいや良くないね。オレはセシリアに惚れられるためにここに来たんだから」
「リオン……」
この極限の状況に頭がイカれてしまったと思われたのか、ウノから可哀想な者を見る目を向けられる。
それに少しイラッときたリオンは彼女の額にデコピンをひとつ打った。
「いてっ……って何するのよ!」
「冗談だよ、冗談」
「冗談?」
「あぁ、オレだってこんな状況でカッコつける余裕はねぇよ」
「だったらどうして」
「だから勝算を思いついたんだよ」
「勝算??」
不敵に笑うリオンを見て、ウノが本格的に彼の頭を心配する。
だが、その瞳を見て、彼が冗談を言っていないと知り、ますます疑問を深めた。
「一応聞いてあげるけど、どんな奇策?」
「そいつは言えねぇよ。なんたって見てのお楽しみなんだから」
「はぁ? それじゃあまるでアナタ一人で戦うみたいな言い草ね」
「あぁ、アイツはオレがぶっ飛ばす」
リオンがそう言い切ると、ウノが目尻をキッと吊り上げた。
「そんな危ない役目をアナタひとりに任せて、私は呑気に待てっていうの?」
「待ってろとは言ってねえよ。お前にもやってもらわなくちゃいけないことがあんだから」
リオンは倒れるフォルトナとセシリアに目を配る。
「オレが戦ってる間、あの二人を頼んだ」
「……まさかそれだけ?」
「いや、あとひとつ」
リオンがウノに背を向け、二人の会話が終わるのを待っていた黒獅子に向き直る。
ポケットからポーションを取り出した。
「最後の一本か。けど出し惜しみはしてられねぇ」
彼はそれを一口で飲みきると、空の瓶を足元に捨てた。
口元を拭い、肩越しに親指を立てた。
「ウノ! 万が一の時は口裏を合わせてくれよ!」
「口裏……ってアナタまさか──!!」
「──【変身解除】」
リオンが叫ぶ。
直後、眩い光が彼の体を包み込んだ。
薄暗い洞窟を白く染めあげた光が徐々に小さくなっていく。
そしてその光が完全に消滅した時、そこには一人の少年が佇んでいた。
白い髪に薄紫色の瞳。細身の長身をキャラメル色の制服──ではなく白いローブで覆い隠し、右手に白い杖を掲げた少年。
"魔女になった♂"リオン・クルーシオその人だった。
「よし思った通りだ」
男の姿になったリオンは左手を握ったり開いたりした後、そう呟いた。
体内の魔力回路を循環する魔力がどんどん体に馴染んでいく。
男の体にのみ現れるこの特性が焔魔法を使うには必須なのだ。
しかし、焔魔法を使うにはあとひとつ足りないものがある。
「さて、黒獅子。お前を火葬する準備は整ったぜ」
「グル……?」
「その血走った目を開いてよく見とけ!!」
リオンが体内の魔力に意識を集中させた。
そして本来ならばあるはずのない魔力の塊を捕まえ、それを杖の先に移動させる。
点から点への魔力移動。
それが魔力が循環する魔力回路を流れ──
「──【焔魔法】」
刹那、彼の杖先が白く光った。
否、それは光では無い。
白い炎──いや、"白い焔"だった。
リオンが杖を振って、その焔を消す。
「男の体でも女の体でもどちらかひとつじゃ使えないこの魔法。じゃあどうしてオレがこいつを使えるのか。答えは簡単だ。【変形魔法】を解除したら肉体は直ぐに男に変わるが、魔力回路や魔力はゆっくり時間をかけて変化する。つまり──ひとつの体に二つの性別が入り交じったような状態になる」
リオンはそこまで説明すると、ふっと息を吐いて、黒獅子に杖を向けた。
「まぁ、こんな話をお前にしたところで理解なんて出来ねぇだろうから要するに──こっから先は火葬の時間だって言ってんだ」
「──グルァ!!」
リオンの言葉は理解出来ずとも、向けられた殺意は理解出来る。
激昂した黒獅子が一瞬でリオンとの間合いを詰め、その巨爪を振りかぶる。
「避けて!!」
「──っ」
ウノの叫びが聞こえたと同時にリオンは後ろにジャンプした。
黒獅子の爪は空を切り裂き、地面に突き刺さった。
リオンの杖の先が黒獅子の火傷跡に触れた。
「安らかに眠れ──【
リオンが魔法名を唱える。
杖の先から白い焔が吹き出して、それはまるで雪原に咲く華のように形を変え、黒獅子を呑み込んだ。
断末魔の叫びが洞窟内に木霊し、瞬く間に焼失した。
「……やっと、終わった…………」
灰の雨が振り落ちる洞窟。
勝者は膝から崩れ落ち、意識を、失った。
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