第25話 ホーンラビット
第一層は思いの外広大で、リオン達は二層への入口を見つけるのに二時間もの時間を費やした。
その間に回収出来たホワイトウィッチは紫が二十本、青が二本である。
「二層も似たような地形だなぁ」
「当たり前のこと言わないで」
「……青より上のホワイトウィッチがあるといいな」
「ないと困るわよ」
「…………」
どこか棘のある返しをするウノにリオンは呆れた目を向けた。
彼女の機嫌は経過時間に反比例して悪くなっていた。
最初の方はホワイトウィッチを見つける度に少し上機嫌になる事もあったが、今じゃ舌打ちをする始末。
なんとしてでも一位を取りたい彼女からすれば紫や青じゃ役不足なのだろう。
「お前の焦る気持ちも分かるけどよ、そんなに気張ってたら見つけられるものも見つけられないぜ」
「──」
「っ」
リオンがウノの肩を軽く叩くと彼女からどぎつい睨みが返ってきた。
殺意さえ孕んだその瞳を見て、リオンが思わず後ずさる。
しかし彼は逃げ出したいという思いを噛み殺すと、彼女の肩に置いたままの手に力を入れた。
ウノが驚いた顔をする。それから少しして息を吐いた。
「……あなたの言う通りね。少し焦りすぎたわ」
「お、おう。分かってくれたか」
「えぇ」
笑顔とまでは行かずともいつも通りの澄ました顔をするウノ。
彼女が歩き出したためにリオンもそれに続く。
「まぁでも確かに焦るよな。試験が始まってもう二時間も経つのにどこのパーティとも出くわしてないんだよな。これってもう他のやつらは下の層に行ってるって事だろ?」
「そうとも言いきれないわよ。このダンジョンって一層だけでも相当広いようだから私たちと同じようにまだ一層を彷徨いている人がいるかもしれないわ」
「あ、そうか。──まぁ上にいる分には構わねぇよ。そこには良くて青しか生えてないもんな」
「そうね。雑魚狩りをしてるザコ連中には構う必要はないわ」
「オレはそこまで言ってねえぞ」
誰かに聞かれたらと思うとヒヤヒヤするような発言をするウノ。
おかしくなった空気を元に戻すためにリオンは咳払いをひとつした。
「つまりこの層も上と同じくらい広くて、まだ人がいるかもしれないって事か?」
「可能性は高いわね。多分三層からはモンスターの強さもバカに出来なくなるだろうし、実力的な問題でこの層に留まる人達もいるでしょうから」
「なるほどね。じゃあ仮にそういう奴らと出会ったらどうするんだ?」
「倒して花をもらう」
「あ、さいですか……」
逡巡の迷いもなく言ってのけたウノにリオンは白い目を向けた。
その気配を感じ取ったのか、ウノが弁明する。
「さっきも言ったけどここはずいぶん広いからそう簡単に出くわすことはないわ。あったとしても一度か二度。まぁ、最大十人に嫌われるだけだから問題ないわね」
「問題大ありだ! その十人の中にセシリアがいたらどうすんだよ!!」
「私には関係ない事よ。仮にそうなったとしてもアナタは私との契約を優先しなさい。じゃないと──」
「はいはい。分かったよ! 敵対するやつは倒す。これでいいだろ?」
「保険がかかってる気がするけれど、まぁいいわ」
そう言ってウノは納得した。
リオンが安堵の息を吐くと、不意にウノに襟首を掴まれ、彼女の方へ引き寄せられる。
鼻がぶつかりそうな距離に彼女の顔があった。
「う、ウノさん!?」
「しッ! 静かにして」
「静かにって……まさかモンスターか?」
「えぇ。ホーンラビットよ。耳が良いモンスターだから出来るだけ音を出さないようにして」
リオンは無言で頷いた。すると彼女は襟首を放した。
詰まりそうだった息を静かに大きく吸うと、ウノが見る方向に目を向けた。
耳の大きなウサギがいた。額には一本の鋭い角が伸びており、それで刺されたらひとたまりもないだろう。
「ホーンラビットは奇襲が通用しないうえ、俊敏で強力な攻撃手段も持ってるモンスター。恐らく二層の中じゃあトップクラスね」
「だったら回避して行くか。今ならまだバレてないし」
「そうしたいのは山々だけど……」
そう言ってウノが苦い顔をする。
いったいどうしたのだろうか。リオンは彼女の視線の先を追ってその理由に気がついた。
水色のホワイトウィッチが生えていたのだ。三層でもあまり見られない水色が目の前にある。
この状況で一位を取りたいウノの考える事などひとつしかなかった。
ウノが壁から背を離す。腰のホルスターから杖を抜いた。
「行くわよ、リオン」
「だと思ったぜ」
既に杖を抜き、戦闘準備が整っているリオンがウノの横に並ぶ。
彼女は僅かに口角を上げると、体勢を低くする。
直後、二人はホーンラビットがいる開けた空間に飛び出した。
「キュイ!?」「キュ!!」「ギュアッ!!」
「うぇ!? 三体も!?」
一体だけだと思っていたのだが、どうやら壁で死角となっていた所に残り二体が潜んでいたようだ。
一気に死相が濃くなった手のひらの汗を握りつぶし、ウノが舌打ちをする。
「一体も三体もやる事は同じでしょ!」
「あぁ! そうだな!!」
リオンとウノが背中を合わせて臨戦態勢を取る。
三体のホーンラビットは獲物を取り囲むように三箇所に散らばった。
「どっちが獲物か思い知らせてやるぜ。ウノ、後ろは頼んだぜ」
「アンタこそ乙女の背中に傷つけないように気をつけなさいよ!!」
互いに互いを鼓舞すると、二人は同時に魔法を唱えた。
「「『天球を焦がせ』──【ファイアボール】」」
速攻性を意識した一節詠唱。攻撃力は期待出来ないが、不意を打つにはこれが一番だ。
ふたつの小さな火球が二体のホーンラビットに突進する。
しかし奴らもそれを黙って受けるほど優しくはない。
当然と言うべきか、ホーンラビットは火球を易々と回避した。
「キュイッ!!」
「──【障壁】」
リオンの放った魔法を回避したホーンラビットがその健脚で地面を抉り、リオン目掛けて角を伸ばす。
対するリオンは防衛魔法でそれを受けた。
「キュア!!」
「──ヤベッ……!」
これまで傍観を貫いていた一体が、無防備なリオンの横腹を狙って突進してきた。
回避は不可能。防衛魔法の同時展開は今の彼には使えない。
あちらが立てばこちらが立たないこの状況。リオンは横腹の負傷を覚悟した。
「──【木葉風】」
不意に突風がリオンの頬を撫でた。
彼の眼前で、突風してきたホーンラビットの胴体がふたつに分かれる。
地に落ち、動かなくなった肉塊。
リオンの背中に声がかかる。
「危なかったわね。気をつけなさい」
「わり、助かった」
「感謝を述べるヒマがあるならさっさとそのウサギを倒しなさいよ」
「言われなくてもそうするよ!!」
リオンが防衛魔法を解除する。
壁が無くなり、ホーンラビットの突進が再開した。
しかし、魔法障壁に威力を押し殺されたその突進は、突進というより落下だった。
リオンがホーンラビットの角を掴み、宙に固定する。
自慢の脚を封じられたウサギはじたばたと暴れることしか出来なかった。
ホーンラビットの口に杖を突っ込む。
「これで終わりだ。『天球を焦がせ』──」
杖の先で小さな火球が破裂する。
文字通りゼロ距離で魔法を喰らったホーンラビットは真っ黒になって息絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます