第23話 ダンジョン試験開始
校舎の横に建てられた神殿のような建造物。
その前には固い表情をした一年生たちの姿があった。
彼女らの先頭に立ったテルミラが始業の鐘と同時に喋り出す。
「さて、今日は予告していた通りテストを行うよ〜。このテストは成績に反映するから皆頑張るように! ──それじゃあお待ちかねの試験内容を発表するね!!」
その瞬間場の空気が引き締まった。小さく私語を交わしていた生徒もこの時ばかりは口を閉ざし、テルミラの一言一句を聞き逃すまいと耳を大きくした。
「今回のテストでは二〜五人のパーティを組んでダンジョンに入ってもらう。注意事項は色々あるけど皆が覚えている事を信じて割愛するね。そして、具体的にダンジョン内で何をしてもらうかというと──」
彼女が懐から一輪の花を取り出した。花弁が三枚ついた葉も茎も全てが白い花である。
「この花はダンジョン内に自生する『ホワイトウィッチ』っていう薬草ね。皆にはこの花の採取をしてきてもらう」
「なんだ、ただのお花摘みか」
「それがそうじゃないんだなぁ」
リオンの呟きを聞いたテルミラがいたずらっ子な笑みを浮かべる。
「この花は魔力の濃い所にしか生えないの。そういう所にはモンスターも集まってくる。つまり、そのモンスターを倒さないとこの花は手に入れられないってこと。わかった?」
テルミラの説明にリオンが納得する。
ホワイトウィッチを多く採取するにはより多くのモンスターを倒さなければならない。
言い換えればホワイトウィッチを多く採取してきたパーティはそれだけモンスターを倒したという事だ。
つまりテルミラはホワイトウィッチを通して新入生の実力を確かめようとしているのだろう。
「ま、試験内容の説明はこんなところかな。それじゃあ時間ももったいないし、早速テストを始めちゃおう!!」
テルミラの言葉を受け、一年生たちが杖を構えてダンジョンの入口に並ぶ。
これから始まる初めての実践を前に不安と期待を煮詰めた感情を胸に待機する。
それを見たテルミラがゆっくりと杖を青空に向けた。
「それでは攻撃魔法第一回試験──開始!!」
直後、彼女の杖から放たれた花火の音は、一斉に駆け出した生徒らの足音によってかき消された。
▼
アスモディアの地下に広がるダンジョンは五層毎にその様相を変える。
一〜五層は薄暗いじめっとした洞窟である。
小さく隆起した地面を踏み、リオンとウノは先へ進む。
「他の奴らとすっかりはぐれちまったな」
「一緒にいたって良いことはないわ。どうせ同盟を組んでも花を見つけたら醜い争いをするに決まってる」
「なんか怒ってる?」
「別に」
試験が始まる前にいくつかのパーティが同盟を組む話を耳にしたが、リオン達のパーティには声がかからなかった。
それどころかパーティメンバーを募集したにも関わらず、二人のパーティに入りたいという人物は現れなかったのだ。
いつにも増してウノが不機嫌な原因はそれだけだった。
「ま、オレとしちゃあパーティメンバーが秘密を共有しているお前だけで良かったけどな」
「ウソ。だってアナタ、セシリアさんを誘っていたじゃないの。尤も断られたみたいだけど」
「うッ…………」
リオンは昨日までのデートの帰りにセシリアをパーティに誘っていた。
しかし、彼女は既にフォルトナとパーティを組んでいたようで、リオンの誘いは断られてしまったのだ。
痛い所を突かれたリオンは唸る。
すると、それを見たウノが小さく笑った。
彼女はそれからいつもの調子を取り戻し、軽い足取りでダンジョンを進み始めた。
「──止まって」
不意にウノが曲がり角に身を隠して、息を潜める。
それからリオンの方を見て、口を指に当てるジェスチャーをした。
「静かに。……あれを見て」
「……?」
ウノに促されて、曲がり角から少しだけ顔を出し、先の様子を伺った。
すると、そこに三体のゴブリンの姿があった。
彼らは手に持った棍棒で地面を数回殴ると、ギギギと笑い、胡座をかいた。
「アイツら何してるんだ?」
「魔力を回復させてるのよ」
「……ただ座ってるだけにしか見えないけどな」
「ただ座ってるだけで回復するこよ。ほら、さっき地面を叩いていたでしょ? あれはきっと魔力を内包する鉱石か何かを壊して中の魔力を解放させていたのよ。モンスターは周囲の魔力を吸収出来るようだから」
よくよくゴブリンの近くを観察すると、確かに鉱石らしきものの破片が落ちていた。
「つまりアイツらは休憩してるって事だよな。だったら無視して先へ行こうぜ」
「アナタってほんとに馬鹿ね」
「はぁ!?」
「ゴブリン達の奥を見てみなさい」
「奥?」
ウノに言われ、リオンが目を凝らす。
しかし、そこに見えたのは幾つかの紫色の花だけだ。
「あの花がどうかしたのか?」
「あれが『ホワイトウィッチ』よ」
「はっ! お前こそ馬鹿になったのか? テルミンが持ってた花の色は白。あれは紫だ。別物だよ!」
リオンが仕返しと言わんばかりに小馬鹿にすると、ウノが鋭い目で彼を睨んだ。
「ホワイトウィッチは吸収する魔力の量や質によって色が変化するのよ。最初は紫で、そこから青、水色と段々薄くなっていく。先生が見せたような純白の物なんてもっとダンジョンの奥深くに行かないと見つけられないわ」
「へ、へぇ……よく知ってるな」
「アナタと違って授業をちゃんと受けてるから」
どうやら魔法薬学で既に習った内容だったようだ。
座学の時の眠気を思い出したリオンは、欠伸を噛み殺して、ゴブリンを睨んだ。
「それじゃあ、戦うって事だな?」
「えぇ。作戦は──」
「要らねぇよ! オレが一撃で終わらせる!!」
「ちょっと!!」
ウノの制止を振り切って、リオンは角から飛び出した。
走りながら腰に刺した杖を抜く。
すると、ようやくゴブリン達がリオンに気づき、戦闘体勢をとった。
「遅せぇよ! 喰らえ──焔魔法!!」
リオンが杖を突き出して、先日覚えたばかりの魔法を叫ぶ。
詠唱いらずのその魔法は名前を叫ぶだけ──では出なかった。
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙。
リオンもウノも、ゴブリンでさえもただ黙って突き出された杖の先を眺めていた。
いくら待てども何も起こらない杖先。
痺れを切らしたゴブリンの一匹が棍棒を振りかぶってリオンを襲った。
「ギギャ!!」
「うぉっ、危ねぇ!!」
「『危ねぇ』じゃないわよ!! 覚えてない魔法を実践で使おうとするとかバカなの!?」
ゴブリンの一撃を躱したリオンにウノから小言が飛んでくる。
「この試験中その魔法は禁止よ! 次使ったら私がアンタを殺すから!!」
「んなっ!? ……くっそ。分かったよ!!」
リオンは素直に彼女の言うことを聞き入れると、ゴブリンの追撃を交わして杖を構えた。
「『赤く燃ゆる灼熱よ 獄地の怪異に天罰を 吾が手に集いて 天球を焦がせ』──【ファイアボール】!!」
「ギギャァァ!!」
お得意の魔法でゴブリンの頭を狙い撃つ。すると見事に的中し、程なくしてゴブリンは息絶えた。
ウノの方を見ると、残る二体のゴブリンを始末し終えたところだった。
「楽勝だったな」
「アナタがふざけなければもっと楽に倒せたけどね」
「すまんすまん」
ウノに睨まれ、リオンは片手で手刀を切る。
それを見て、ウノがため息をひとつ。それからホワイトウィッチの所へ向かった。
地面に生えた三輪の花を採取する。
「最低品質の物を三つ。ダメね」
「ダメって?」
「これじゃあ一位は取れないってことよ。一位を取るには最低でも水色が欲しいわね。つまり、もっと魔力の濃い所に行かないと……」
「つまり、層を下るわけだな?」
リオンが言うと、ウノは無言のまま頷いた。
「下の層へいけばそれだけ強いモンスターが現れるわ。覚悟はいい?」
「あぁ! もちろん!!」
「そう。なら、行くわよ」
ウノはホワイトウィッチをポーチの中に入れると、二層の入口を牙人目指して歩き始める。
大冒険の予感に胸を高鳴らせたリオンも、遅れずに彼女の後を追いかけた。
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