第22話 デート


 アスモディアの裏門から出ると、広大な森が広がっている。

 森には魔力の籠った濃霧が立ち込めていて、入った者を彷徨わせる効果がある。

 しかし、その中を一切迷わずに道に沿って走る馬車があった。


「これが噂の『魔女の森』ねぇ。……どうしてこの馬車は迷わずに進めるの?」

「裏門に特別な魔法陣が彫られているんですよ。門を潜った者にこの道を見えるようにする魔法です」

「へぇ。じゃあ門を潜らない人にはここもただの茂みとかに見えてるって事ね……」


 つまり、この霧もアスモディアの不敗記録を守る一因となっているわけだ。

 リオンは自分がしでかした事の大きさを改めて理解し、もっと慎重に動くことを決意した。


 その後も馬車に揺られること二十分強。リオン達は森を抜けた。

 森を抜けると、そこには大きな壁があった。

 否。それは壁ではなく、山だった。

 そして馬車はその麓にポッカリ空いたトンネルに入っていった。


「この先がルセル街ですよ」

「てことは山を越えた先にあるってこと?」

「う〜ん……。山越えるというより、山の中に入ると言った方が正しいかも知れないですね」

「山の中に入る……?」


 輝光石の光だけが薄ぼんやりと辺りを照らす暗闇の中でリオンが首を傾げる。

 セシリアが丁寧に説明をくれた。


「このルセル街は八方を山に囲まれているんです」

「あぁ、なるほど。だから"中に入る"なんだね」

「ちなみにルセル街の出入口はこのトンネルしかありません。だから街の住民はアスモディアと同じく女性しかいないんですよ」

「え!? そうなの?」


 つまりリオンはここでも大罪を犯すというワケだ。

 いよいよもって引き返せない所まで来たリオン。

 彼は緊張やら罪悪感やらで座席に座る石像と化した。


 そして薄暗いトンネルを進むこと十分弱。

 ついにトンネルの先に白い光が現れた。

 馬車がその光に近づいて──潜り抜ける。


「うわぁ……!」


 リオンの口から感嘆の声が漏れた。

 乗り合わせた他の乗客からも似たような声が零れていた。


 彼女らの視界に映る街は、魔法建築の粋を結集させた造りとなっていて、とても不思議で、しかし美しかった。


 客の驚嘆を背に、御者の女性が馬車を止める。

 すると、まず先に慣れた動きで上級生が馬車を下りた。

 それまで街に見入っていた新入生達は彼女らに倣って慌てて馬車を下りる。

 もちろんリオンとセシリアも下車した。


「ここがルセル街……。世界屈指の魔法都市か……」

「噂には聞いていましたが、まさかこれ程とは……」


 当然と言えば当然だが、セシリアもルセル街に訪れるのはこれが初めてだ。

 博識の彼女でも実物を見れば驚かずにはいられないようだ。


「さて、これからどうしようか」

「そうですね……。リオーネさんはどこか行きたいところありますか?」

「そう言われてもなぁ…………」


 セシリアに尋ねられ、リオンが頭を抱えた。

 その時──


「──グルルルルル……」


 不意に獣の唸り声のような音が辺りに響いた。

 周りにいた生徒達が音のした方に目を向ける。

 するとそこには顔を真っ赤にしてお腹を押さえるリオンの姿があった。

 彼を見て、セシリアがにこりと微笑んだ。


「まずは腹ごしらえからですね」

「うぅ……」


 恥ずかしさで今にも消えそうなリオンの手を掴み、セシリアは飲食店を目指して歩き出した。



「ふぅ、食った食った!」


 膨らんだお腹を叩き、満足気な表情を浮かべるリオン。

 その対面の席に座ったセシリアはハンカチで上品に口を拭いていた。

 セシリアがリオンの胸ポケットから覗く一枚の紙切れを見つける。


「リオーネさん、それなんですか?」

「あぁ、これはウノに頼まれたお遣いのメモだよ。せっかくのデートで悪いんだけど、後でちょっと付き合ってくれるか?」

「もちろんです! それじゃあ早速そのお遣いを済ませちゃいましょうか」

「え、いいの? セシリアさん、どこか行きたい所があるんじゃ……」

「いえ、私の行きたいところはまだ開いてませんので」

「そうなんだ。じゃあよろしく頼むよ」

「はい!」


 セシリアの元気な返事を受けたリオンはレストランを出て、ウノのお遣いを始めた。



 ウノのメモに従って、薬草店と書店で必要な物を買ったリオン。

 彼はメモの最後に書かれていた杖を買うために、街の奥にある杖店に訪れていた。


「ごめんください。ウノ・メィズルが頼んでいた杖を受け取りに来たんだけど……」

「……んぁ? あぁ、メィズルさんね。もちろん杖は出来てるよ」


 カウンターで居眠りをしていた老婆はリオンの言葉を聞くと、店の裏に行ってしまった。

 それから暫くして一本の杖を持って帰ってくる。


「ほらよ」

「ありがとう」


 老婆にお金を渡し、代わりに杖を受け取る。

 黒く、やや長めの杖だった。


「お遣いはお終いですか?」

「うん、これで終わり」

「そうですか。それじゃあそろそろいい時間ですし、行きましょうか」

「行くってどこへ?」

「ナイショです」


 セシリアはイタズラっぽく笑うと、リオンの手を掴んで店を出た。



 店を出たリオンはセシリアに連れられて、ある家屋の裏手に連れていかれた。

 セシリアがひとつの壁を前にして立ち止まる。


「ここに何かあるのか?」

「よく見てて下さいね」

「……?」


 セシリアの言葉に首を傾げるリオン。

 そんな彼の前でセシリアは杖を取り出した。

 そして、その杖で壁を叩く。

 黒ずんだレンガを中心に、左を二回、左下一回、右上一回。そしてもう一度左を叩く。

 そうやった後、セシリアは杖をしまうと、黒ずんだレンガに手を当てた。

 その時──


「ちょっ!? セシリアさん!?」


 リオンの目の前でセシリアの片手が壁の中に消えたのだ。

 リオンの反応を見たセシリアが笑う。


「リオーネさんも、早く来てくださいね」


 彼女はそう言うと、トプんと壁の中へ入ってしまった。

 リオンは慌てて壁に触れるが、硬い感触が伝わるだけ。

 中に入れる気配は無い。


「どうなってんだ……」


 首を傾げるリオン。彼はふと、セシリアが壁に消える前におかしな行動をしていた事を思い出した。

 杖を取り出して、同じことをする。


「たしか、左左、左下、右上、左……ぅお!?」


 セシリアがやったように黒ずんだレンガに触れたリオンは、あるべき感覚を掴めずにバランスを崩し、壁の中へ入ってしまった。


 暗い闇が目の前に広がる。

 彼の手を誰かが掴んだ。


「リオーネさん、大丈夫ですか?」

「あ、うん。……けど、ここは?」

「隠し通路です。アスモディアやルセル街にはこういった所が沢山あるんですよ」

「へぇ……」

「それじゃあ、行きましょう」


 セシリアに連れられて暗い通路を歩くリオン。

 何度か道を曲がると、先に階段があった。

 セシリアがそちらに向かう。


「この先です」

「…………」


 セシリアに続いてリオンが階段を上がる。

 すると、何かを通り抜ける感覚がして──眩い光が彼の視界を覆い尽くした。


「これは……」


 彼の眼前に広がっていたのは山の隙間から覗く夕日だった。

 オレンジ色の空を眺めてセシリアが言う。


「この景色をリオーネさんと見たかったんです」

「……そっか」


 セシリアとリオンはその後、夕日が見えなくなるまでそこで空を眺め続けた。

 そして、初めてのデートは終わりを向かえた。

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