第21話 約束の朝
光の日。朝。
起床の鐘が鳴るよりも早くにリオンは目を覚ましていた。
否、彼は寝ていなかった。
テルミラの研究室──白魔塔より帰ったリオンはそこで手に入れた魔法教本を机に広げると、夕食も食べずにそれを読んだ。
他の教本が各属性の内の一つの魔法について書かれているのに対し、この白い教本は『焔魔法』という一つの属性魔法について書かれているため全て読み終えた頃には夜が明けていたというわけだ。
もっとも全て読んだとは言え、彼の魔法知識では最初の数ページを理解するので精一杯だ。
残りの数百ページはさらっと目を通しただけである。
故に彼は実質その数十ページに一夜を費やしたというわけだ。
カーテンの隙間から覗く朝日を見てリオンは大きく伸びをした。
「うわわ……!!」
するとバランスを崩してしまい、彼は椅子もろとも後ろに倒れた。
大きな音が部屋中に響き渡る。
「いてて……」
「うるさいわね。今何時だと思ってるのよ……」
「あ、ワリ。起こしちまった」
リオンが目を開くと、眠気眼を擦りながら文句を言うウノの顔が真上にあった。
リオンがそのままの体勢で謝ると、ウノが鍵を取り、念動魔法で彼を椅子ごと起き上がらせた。
「サンキュ。……てかこんな魔法も使えたんだな」
「試験に向けて新しく覚えたのよ」
「へぇ、そりゃまた熱心だな」
「より熱心なのはどっちの方? 凍たい魔法を解凍しようなんて、バカにも程があるわよ」
「なにおう!!」
「──それで? 焔魔法とやらは覚えられたの?」
ウノに尋ねられたリオンはそれまでのおちゃらけた空気を一変させ、苦い顔で白い教本を睨んだ。
「書かれてることは理解できたし、鍵となる二つの感覚も知ってるんだ」
「じゃあ出来たの?」
「いんや。出来ねぇ。焔を出すにはこの二つの感覚を並列させなきゃいけないんだが……一つの性別じゃあその性別特有の感覚しか感じられないんだよなぁ」
男の体だと魔力回路に自動で魔力が流れるのだが、もう一つの点から点へ魔力を移動させることが、そもそも起点となる『点』が無いため出来ない。
女の体だと点から点への魔力移動は意識すれば可能だが、回路に魔力は循環しないし、だいいち体の使い方が未熟なため二つを並列して行えない。
パズルのピースは揃っているのに、全てが磁石で出来て互いに反発し、パズルを完成させられないような歯痒さがあるのだ。
磁石の極を変えれば万事解決するのだが、それをするための魔法知識が不足している事も、また歯痒さを増長させる要因になっていた。
「ま、そう簡単に凍たい魔法が解凍出来たら『魔法使いは頭に亀を飼っている』なんて皮肉は生まれなかったでしょうね」
頭を抱えるリオンにウノが言う。彼女は手に持っていた世界新聞を投げると、それをリオンの足元に落とした。
落ちた衝撃で広がった新聞の見出しには、先程彼女が言った皮肉がデカデカと印字されていた。
リオンが新聞を拾うと、丁度起床の鐘が鳴り、ウノがベットから下りてきた。
「何にせよ明日の試験までには間に合わなそうね」
「分かんねぇだろ。今日一日で完成させてやる!」
「あら、いいの? 今日は忙しいんじゃなかったかしら?」
「……?」
リオンが首を傾げると、入口のドアが優しくノックされた。
ウノが寝癖の整わない髪で扉の方へ向かった。
「朝一で迎えに来るなんて彼女も大概忙しないわね」
「さっきから何言って──」
「忘れたの? 今日は彼女とのデートなんでしょ?」
ウノが扉のドアを開ける。
するとそこには可愛らしい私服に身を包んだセシリアが立っていた。
彼女は頬を赤く染めて、リオンに優しく微笑んだ。
「朝早くにすみません。その……待ちきれなかったもので……」
照れたようにはにかむセシリア。そんな彼女を見て、リオンは彼女とデートの約束をしていた事を思い出した。
彼は慌てて席を立つ。
「ごめん、セシリアさん! まだ準備が出来てなくて……!!」
「いえ、急がなくて大丈夫ですよ。私が張り切り過ぎただけですから」
「ほんとにごめんね! すぐ支度するからさ!!」
「それじゃあ私は先に裏門近くの馬車乗り場に行ってますから、準備が出来たらいらしてくださいね」
セシリアは丁寧なお辞儀をすると、その場を去っていった。
それを見送ったリオンは大慌てで外出の準備をした。
「デートってどこに行くの?」
「アスモディアでデートって言ったら『ルセル街』に決まってるだろ!」
「あら、丁度いいわ。そこで買ってきて欲しい物があるのだけど……」
「おい、デートだって言ったよな? なんでお前のお遣いを頼まれなきゃならんのだ」
「別にやりたくないなら無理強いはしないわ。ただそうなると"ついうっかり"アナタの秘密をセシリアさんにバラしてしまうかもだけど……」
「──ワタシはアナタ様の忠実な下僕でございます。お遣いでもなんでもお頼み下さいませ!!」
「まぁ、ほんとう? それじゃあメモを渡すから少し待ってて」
白々しくリオンの好意に甘える態度を演じたウノは、自身の机で紙にいくつかメモを書き始める。
その後ろ姿を恨めしそうに睨んだ彼は、その後すぐに身支度を済ませた。
丁度ウノがメモを書き終え、それをリオンに手渡した。
「試験に必要な物だから絶対に買ってきてね」
「分かってるよ」
「お金は余分に渡したから、残りは好きに使っていいわよ」
「え! まじで!?」
まるで本当に親にお遣いを頼まれた子供のような反応をするリオン。
彼は部屋の入口のドアを開けると、笑顔でウノに手を振った。
「行ってきます!」
「はいはい、行ってきなさい」
そしてリオンはセシリアが待つ馬車乗り場まで駆けていった。
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