第17話 女子の魔力運用


 夜中まで続いた女子学に疲弊したリオンはぐっすりと眠りについた。

 そして目覚めたリオンとウノは朝食を食べるべく食堂にいた。

 リオンのため息が混み合う食堂で小さく漏れた。


「ちゃんと寝たのに、どっと疲れてやがるぜ……」

「魔力が回復してないの? 昨日教えた魔力運用をすればいくらかマシになると思うわよ」

「魔力の問題じゃねぇよ。精神的疲労だ」

「まだ新天地に緊張してるの? いい加減慣れないと潰れちゃうわよ」

「だからそうじゃなくて……って、もういいや。お前と話してると余計に疲れちまう」


 リオンが再度ため息を吐くと、ウノがクスクスと笑みを零した。

 どうやらとぼけたフリをしていたようだ。

 気づいたリオンは、しかし怒る気にはならなかった。それでは彼女の手のひらの上で踊る結果になるからだ。


 リオンが疲労困憊といった様子でウノを睨んでいると、頼んでいた料理が運ばれてくる。

 料理の載ったトレイを『レイス』が運んでいた。

 リオンがギョッと目を開く。

 レイスがリオンの隣に来て、テーブルの上にトレイを置いた。そしてリオンをじっと見る。


「ど、どうも……」

『…………』


 レイスは基本的に危険なモンスターだが、礼儀を重んじる者には危害は加えない変わり者だ。

 リオンが礼を言うと、レイスは静かに去っていった。

 彼は直ぐに隣で黙々と料理を食べるウノに囁いた。


「オレ幽霊ってやつがどうも苦手なんだよなぁ」

「女々しいわね。それも役作りのひとつ?」

「違ぇよ!!」

「ま、どうでもいいけど、いい加減その男口調やめたら? 怪しいわよ」

「……確かに」


 ウノに指摘され、リオンは口に手を当てた。

 今まで誰にも言われなかったが、確かに男の口調で話す女子は滅多にいない。

 リスクを避けるためには今からでも女性的な言葉遣いを心掛けるべきだろう。


 リオンはこほんと咳払いをひとつすると、スープを一口喉に流した。


「あら、このスープ美味しいですわね」

「……ぷふっ」

「おい! お前がこうしろって言ったんだろ!」

「……いえ、ごめんなさい……」


 ウノは謝罪の言葉を口にしたが、しばらくの間声を殺して笑っていた。

 食堂だから大声を出さないように我慢しているのだろうが、リオンの目には小馬鹿にした笑いにしか見えなかった。

 リオンが不貞腐れていると、目尻の涙を拭いながらウノが再度謝った。


「ごめんなさいね。……でも、もう少し砕けた口調の方がアナタには似合っているわよ」

「砕けた口調……こんな感じかな?」

「えぇ、いいんじゃない」

「よし、じゃあ今日からオレ……じゃなくてワタシはこの喋り方で行くね」

「…………ふ」


 リオンがガッツポーズを見せる。

 ウノが何かを堪えた顔を見せ、奮闘の末、彼女は吹き出した。

 リオンは今にも暴れだしそうな拳を押さえつけ、料理を口内にかきこんだ。



 一限は昨日と同じく攻撃魔法学だった。

 この授業は基本座学を行わない。校庭が主な授業地で、校庭が使えない場合には闘技場などの術者を保護する魔法陣が展開されている場所で行われる。

 今回はその闘技場での授業だった。


「最初の方は簡単な属性魔法から教えていくよ。だから今日皆に教えるのは初級風属性魔法『木葉風リューリーフ』。まずは私が見本を見せるからね」


 テルミラは琥珀色の宝石がお尻についた杖を取り出すと、それを空中に向けた。


「『人惑わす森の大木よ 吹き抜ける疾風が 静謐な間隙に太刀を抜かん』──【木葉風リューリーフ】」


 完全詠唱で唱えられた魔法はテルミラの杖の先から放たれると、鋭い音を奏で、吹き抜けの空に舞い上がった。

 しかしそれ以外は特に何も無く、疑問符を浮かべる生徒にテルミラが向き直る。


「この魔法は細く薄い風をスゴいスピードで打ち出す事で対象を斬る魔法。低魔力で殺傷性能に優れているから使い勝手がいいんだよね。尤も規模の小さな魔法だから魔法使い相手には対抗魔法で簡単に相殺されちゃうんだけど」


 『木葉風』の強みと弱みをしっかりと説明したテルミラはチロと舌を出した。

 それから真面目な顔をする。


「今回は各人でこの魔法の研鑽をしてね。分からない事があったら私に聞くか既に出来る人に聞くかする事。──あぁ、あと絶対に人に向けちゃダメだよ。……それじゃあ始めて」


 テルミラが手を叩くと生徒たちはそれぞれ動き出した。

 リオンも腰から杖を抜くと、闘技場の壁に向き直る。

 するとウノがリオンの横に立った。


「リオン、昨日私が教えた魔力運用の実習の時間よ」

「あぁ、言われなくても分かってるよ」

「ちゃんと覚えてるの? なんなら今ここでもう一度教えて上げてもいいけど?」

「結構だ!」


 リオンは自らの下腹部を押さえると、ウノから一歩距離を取った。

 手をワキワキとさせていた彼女が残念そうな顔をする。


 リオンは再度壁に向き直ると、そちらに杖を構え、もう片方の手で下腹部──つまり子宮を押さえた。


「そう、最初はそうやってで良いから魔力の起点に意識を集中させるのよ」

「…………」


 ウノのアドバイスを耳に流し、リオンは昨晩の授業を思い出す。

 女性の体で魔力が貯蔵されているのは心臓、膵臓、腎臓、子宮。

 この中でリオンが一番意識しやすいのは男の時にはなかった子宮の違和感。

 故に集中するのは子宮に蓄えられた魔力達。


「……見つけた」


 リオンの意識が熱い何かを体内で見つける。


「門を開いて道に流す」


 ウノが言う。

 リオンは子宮と魔力回路の間にある"蓋"のような物──実際には存在しないが感覚的なもの──を開ける。

 すると熱い液体のようなものが慣れ親しんだ魔力回路に流れてくる。

 体に力が漲るのが感じられた。


「道を辿って、杖の先へ」


 男の体ように勝手に流れてくれない魔力に意識を集中させ魔力回路を昇らせる。

 お腹、胸、腕と流れてきた魔力を体の一部と化した杖の先に流していく。

 杖の先に魔力が溜まり、ついに制御できる限界値に到達する。


 リオンがゆっくりと目を開く。


「何秒?」

「だいたい一分ね。実戦じゃ使い物にならないけれど、今は研鑽を積む時間。ゆっくりその感覚に慣れるといいわ」

「……そっか」

「それよりせっかく魔力を集めたのだから魔法を打ったら?」

「あ、そうだな」


 リオンは杖の先から魔力が逃げないようにすると、先程テルミラが唱えた詠唱を口にする。


「『人惑わす森の大木よ 吹き抜ける疾風が 静謐な間隙に太刀を抜かん』──【木葉風】!!」


 完全詠唱で放つ魔法。

 その規模は昨日リオンが放った『ファイアボール』よりは大きかったが、テルミラのはもちろん論外で、昨日のウノの詠唱省略魔法とようやく張り合えるくらいの物だった。

 鈍の風刃が魔法で強化された壁に当たり、無惨に散る。


 肩から息をしたリオンが尻もちをついた。


「くっそ……たった一発でこのザマか……」

「慣れないことをしているのよ、当たり前でしょ。落ち込んでる暇があるなら失敗からより多くの事を学びなさい……昨日先生が言ってたでしょ?」

「……あぁ、そうだな」


 ウノの手を借りてリオンが立ち上がり、スカートの埃を払う。

 リオンはウノの方を見た。


「ところで昨日の話だけど……どうやってお前の成績を上げるのを手助けすればいいんだ? 試験でカンニングさせればいいのか?」


 リオンが昨日結んだ契約の具体的な内容に尋ねる。

 ウノが白い目でリオンを見て、答えた。


「そんなことをしたら逆に私の評価が下がるでしょ。……そうじゃなくて。例えばグループを組んで行う試験や演習では絶対に私と組んで私の指示に従って動いたり、個人の乱戦の時も私と同盟を組んで好成績を狙ったりするのよ」

「グループでの演習や、個人の乱戦形式の試験ね……そんな都合のいいものがある事を願うばかりだな」


 ウノのガバガバな契約内容にリオンが鼻で笑う。

 その時だった──。

 闘技場の中心に立ったテルミラが手を叩いて皆の注目を集めた。


「皆に連絡があるんだった! 来週の授業はうちのダンジョンで行うんだけど、そこでとある試験を行うよ! 詳しい事は近日掲示板に掲示するけど、この試験は二人から五人のパーティで行うからよろしくね〜! ちなみに成績に反映されるよ〜」


 テルミラが突如告知した試験。

 それを聞いて不安や驚愕の顔を見せる生徒たち。

 しかし──


「あら、意外と早く来たじゃない。都合のいい試験がね」


 リオンがふと隣を見ると、不敵な笑みを浮かべた少女の横顔があった。

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