第18話 掲示とアカベコ


 テルミラが試験がある事を宣告してから二日が経ち、新入生たちは入学後初めて訪れる休日を楽しみにしていた。

 夕食の前にリオンは自身の部屋で机の前に座り、頭を抱えていた。


「セシリアをデートに誘おうか……いや、まだ早いか……いや、誘うか……早いか…………あぁ!! わっかんねぇ!!」

「うるさいわね……。振られるのが怖いなら初めから挑戦しなければいいだけの事よ」

「コイツ……」


 かれこれ一時間頭を悩ませるリオンに、彼のベットに腰をかけながら本を広げるウノが興味なさげに呟いた。

 額に青筋を浮かべたリオンが彼女を睨む。


「だいたいお前が言ったんだろうが。オレとセシリアを恋仲にする手伝いをするって! だったら背中くらい押してくれてもいいじゃねぇかよ!」

「あら、背中を押してもらいたかったの? だったらそう言いなさいな。女々しい人ね。そのくらいの選択も自分ひとりで出来ないのかしら」


 ウノは毒づくと、すっくと立ち上がる。

 静かになった室内に本を閉じる鋭い音が響いた。


「そもそも契約ではアナタが私に協力する見返りに私がアナタの恋路を手伝うんじゃなかった? アナタまだ何もしてないじゃない」

「くっ……」

「彼女との仲介を希望するなら相応の結果を示してからにして欲しいわね」


 ウノはそう言うと扉の方へ歩いていった。

 彼女がドアノブに手をかける。


「おい、どこに行くんだよ」

「食堂に決まってるでしょ? アナタは行かないの?」

「い……行くに決まってるだろ!」


 リオンは慌てて女子の姿になると、彼女の後に続いて食堂に向かった。



 食堂の前まで来ると、二人は異変に気がついた。

 食堂の前の掲示板に新入生が群がっているのだ。


「なんだ? なんかあんのか?」

「見に行くわよ」

「あ、おい!」


 ウノがズカズカと人ごみを掻き分けて進んでいく。

 その後をリオンが慌てて追いかけた。

 二人が集団の先頭に出て、掲示板を見る。


「おい、これって……」

「やっと出たのね……!」


 リオンが横を見ると、ウノは嬉しそうに口角を上げていた。

 彼が再び掲示板を見る。

 そこにはテルミラが予告したダンジョン試験の内容が掲示されていた。


 リオンが内容を検める。


 試験日は来週の風のしょにちの一限から四限まで。

 場所はダンジョンの一層から三層。

 試験内容は最終クエストに倣って、とある素材の入手。具体的な素材は試験当日明かされる。

 試験は二人から五人のパーティを組んで行う。

 なお、この試験はポイント制だが、平均点で成績を付けるため、人数に応じた有利不利は想定されていない。

 魔法は全て使用可能。魔道具はその性能によって制限をかける可能性があり。

 パーティ間での妨害、および同盟などは特に制限を設けない。ただし故意過失を問わず"殺し"が行われた場合、関係者全員を退学、またはそれに準ずる罰に処す。

 他不正行為は発覚次第に相応の罰を与えることとする。

 ──以上。


 掲示された内容にあらかた目を通したリオンが深く頷いた。


「なるほどね。確かに都合のいい試験だ」

「そうかしら? 私には意地の悪い試験に見えるわよ」

「は? どこら辺が?」

「分からないならいいわ」

「……なんだ?」


 ウノの意味深な発言に首を傾げるリオン。

 しかし彼は直ぐに思考を切り替えた。


「なぁ、ウノ。別にオレたち二人だけでパーティを組む必要は無いよな?」

「そうね。……何? セシリアさんを誘うつもり?」

「へへ、バレた?」


 リオンがはにかんで頬をかく。


「パーティに誘うついでに明日のデートにも誘う! これぞ完璧なプラン!」

「女々しい人。……けど、それは無理じゃないかしら?」

「なんでだよ?」

「ほら」


 ウノが先程二人で見たテルミラの掲示物を指さした。

 リオンが訝しげな目でその指の先を追い、そこに書かれた文字を見てがくりと肩を落とした。


「わ、忘れてた……」


 テルミラの掲示の一番下に追伸と書かれた欄があった。

 そしてそこには「一年生リオーネ・クラシアは明日、魔塔の掃除にくるように。絶対!」と注意書きがされていた。


 せっかくの休日に教師の研究室を掃除させられると知った彼は、つい先程までの浮かれ気分から急降下。

 今は最悪の気分だった。


「…………あざす」

『……』


 食堂の席につき、料理を運んできたレイスに礼を言う。

 その言葉にはこれ以上ないくらい覇気が花能なかった。

 ウノがフォークで彼の頬を刺す。


「たかが掃除でどんだけ落ち込んでるのよ」

「……別に掃除で拗ねてるわけじゃねぇよ。ただ……」

「ただ?」

「……セシリアとのデートが…………」

「あぁ……心配なんかするんじゃなかった」


 リオンのローテンションがくだらない理由からだと知ったウノは彼からを目を離して料理を口に運んだ。

 なんとなしに入口の方を見る。

 すると、ある人物がこちらに近づいていることに気がついた。


「ねぇ、ちょっと」

「んだよ、今落ち込んで……」

「あれってセシリアさんじゃない? もしかしてアナタを探していたりして」

「なに!?」


 落ち込んでいたはずのリオンがその言葉で勢いよく立ち上がった。

 ウノが言った方向に目を向け、そこに想い人の姿を見た。

 セシリアは確かに誰かを探すように辺りを見回していた。

 リオンが大手を振って彼女の名前を叫んだ。


「セシリアさーん! セシリアさーん!!」

「……調子のいい人」


 ウノが食指を止め、リオンを呆れた目で一瞥した。

 しかし当の本人はその事には気が付かず一心不乱にセシリアに呼びかけた。

 すると彼女の方もリオンに気づき、ぱあっと顔を明るくした。セシリアがリオンの方へ駆け寄ってくる。


「リオーネさん! 探しました」

「え、ほんとにオレ……じゃなくてワタシを?」

「はい。ひとつお願いがありましたので……」

「お願い……?」


 そう言うとセシリアは何かを躊躇うようにモジモジと胸の前で指を動かした。

 そしてそれをギュッと握ると、意を決してリオンの顔を見つめた。


「表の掲示板見ました。リオーネさん、明日はお忙しいみたいで……」

「そうなんだよ。せっかくの休日にテルミンの魔塔の掃除なんてね。ほんと嫌になっちゃうよ」

「そうですね。……あの、ところでそれは一日で終わるものなのでしょうか?」

「え? なんで?」


 リオンが首を傾げると、セシリアがずいっと顔を近づけた。


「ですから、その……もし暇でしたら光の日にショッピングとかどうでしょうか……なんて」

「…………」

「…………」

「…………」


 セシリアが発した言葉を受け、リオンは少しの間思考が停止した。

 二人の間に沈黙が流れ、ウノのスプーンが苛立たしげに食器を叩く音だけが響く。


 リオンの脳が録音していたセシリアの言葉を再び流す。

 そうしてようやく彼女の言葉を理解し、彼は顔を真っ赤にして後ずさった。

 椅子が足に引っかかって、尻もちをつく。


「いてて……。──ッ!?」


 リオンが痛むお尻を擦りながら立ち上がろうとすると、すぐそこにセシリアの顔があった。

 ギョッとするリオン。

 セシリアは不安げな顔でリオンを見た。


「ダメ……ですか?」

「────────っ」


 リオンは一瞬、神聖魔法を受けたアンデットの気持ちがわかったような気がした。

 しかしそこで彼の記憶は途絶えてしまった。

 どうやらセシリアの可愛さが許容量を遥かにオーバーし、脳がショートしてしまったようである。


 これは後で彼がウノに聞いた話だが。

 セシリアのこの言葉にリオンは和の国の伝統工芸品である『アカベコ』のように首を振っていたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る