第16話 契約
「──私と契約を結びなさい」
「……は?」
リオンは直ぐには彼女が言ったことを理解出来なかった。
この状況で一体なんの契約を結ぼうと言うのか。
リオンが首を傾げると、ウノがきちんと説明をする。
「この学校に『特別推薦』っていう制度があるのは知ってるかしら?」
「あー、確か卒業時の成績上位十人に与えられる特権だったか? それがあればどんな組織や団体でも試験要らずで入ることが出来るんだろ?」
特別推薦についてはリオンもよく知っている。毎年それを手に入れたアスモディアの生徒がどこの組織に所属したのかが世界新聞に載るからだ。
昨年の卒業生の中にはそれでとある国の宮廷魔導師になったらしい。
「私はそれを手に入れるためになんとしてでも成績上位十人に入らなければならないのよ。……だけど私一人の力では出来ることにも限度がある」
「だろうな。アスモディアの試験には団体で行われるものもある。一匹狼じゃのし上がれないのがこの学校だ」
「あら、よく分かってるじゃない。なら話は早いわね」
「あ?」
「アナタの力が必要なの。私が卒業の時に成績上位十人に入れるように協力しなさい」
「──はぁ!?」
ウノの提案にリオンは大きくかぶりを振った。
「なんでオレがそんな面倒な事をしなくちゃならねぇんだ!」
「別にやりたくないならそれでもいいわよ。ただしその場合は今からアナタを職員室に届けるわよ」
「──んぐっ!」
リオンは彼女に首輪を付けられていることを思い出す。
彼女の一存でその首輪はいつでもリオンの息の根を止める事が出来るのだ。
リオンが静かになる。
すると、ウノは優しげな笑みでリオンに一歩近づいた。
「安心していいわ。アナタが私に協力してくれればそんな事はしないから。それにさっき言ったでしょ? これは"契約"だって」
「契約、だと?」
「そう。契約。──契約ってのはお互いの利害が一致した時に初めて結ばれるものよ。今のままじゃ私にだけ利がある状態で、とても契約とは呼べないわ」
「……つまりお前に協力すればオレにも見返りがあるってのか?」
リオンが胡乱な瞳で彼女を見ると、ウノは真っ直ぐな瞳で頷いた。
「私に協力してくれたら──アナタをセシリア・ウィングと恋仲にしてあげるわ」
「んなっ!?!?」
ウノの口をついて出た提案にリオンは唖然とさせられた。
そのバカげた内容にも驚かされたが、彼が最も驚いたのは、どうしてウノがリオンの好きな人を知っているのか、という点だ。
「どうしてって顔をしてるわね。──アナタを見ていれば嫌でも気づくわよ。セシリアさん、セシリアさんって、彼女のことしか見てないんだから」
「……そんなにバレバレだったか?」
「むしろバレてないと思ってたことが驚きだわ。尤もあれだけ見え透いたアピールをしてるのに気づいた素振りのないセシリアさんも大概だけどね」
ウノはそう言うと呆れた風に息を吐いた。
リオンは耐えきれない羞恥心に襲われて、しばらく頭から煙を吹いていた。
ウノの声が彼を正気に戻す。
「それで? どうするの?」
「……どうするって?」
「契約の事よ。結ぶのか、それとも断るのか」
「…………」
セシリアに振り向いてもらうためにリオンはアスモディアに入学した。
ここで彼女の提案を断れば彼は教師に正体を明かされ、アスモディアを追い出されるに違いない。
反対に彼女の手を取れば、アスモディアに残れるばかりか、心細い旅路に仲間が増える。
正直言ってリオンにメリットしかないように感じるが、それがまた怖い。
ウノを成績上位十人にするためには、リオンはまた新たな茨道を進まなければならないだろう。
それはきっとここでセシリアを諦めれば良かったと後悔したくなるほど危険な道だ。
セシリアを取るか、保身を取るか。
一見二択に見えるこの提案。
しかしリオンは迷わなかった。
「──お前と契約をすればセシリアと付き合えるんだな?」
「最終的な所はアナタ次第だけど、上手くいくよう手助けはするわ」
「だったら答えは決まってる」
リオンはそう言うと、ウノの顔の前に拳を突き出した。
そしてニカッと笑みを見せる。
「──お前と契約を結ぶぜ」
「アナタならそう言うと思ってた」
ウノもリオンにつられて笑みを見せると、彼の拳に自身の拳を合わせた。
それから意味深に笑みを付き合わせる二人だったが、ウノが不意に首を傾げた。
「そういえばアナタの本当の名前を聞いてなかったわね」
「男の名前ってことだよな?」
「なんて言うの?」
「オレはリオン・クルーシオだ」
「リオン……。なるほど」
リオンの本名を知ったウノは満足気に頷いて、次いで不敵な笑みを浮かべた。
付き合わせた拳を開き、リオンに握手を求める。
「改めてよろしく頼むわね──リオン」
「……外では絶対その名で呼ぶなよ」
「どうして? 確かに男っぽい名前だけど、みんなリオーネの愛称だと思って、アナタを男だとは疑わないわよ」
「だとしても──」
「あら、別の呼び方をしてもいいのよ? リオン・クルーシオくん?」
「…………ったく、好きに呼べよ。オレはもう寝る」
リオンはそっけなく答えると、握手を求める手を振り払った。
それでもウノは嬉しそうな顔をしていた。まるで子供が新しい玩具を手に入れたような表情である。
リオンがひとりベットに寝転がろうとすると、ウノが彼の腕を掴んで止めた。
「まだダメよ」
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「えぇ。今日はこれからアナタを立派な女子にする授業を行うわ」
「…………なんて?」
リオンは彼女の言ったことを正確には理解出来なかった。
しかしウノはそんなことはお構い無しに次々に話を進めていった。
「アナタの女装には目立ちにくいけど色んなところに粗があるわ。私じゃなくても時間が過ぎればいつか誰かに男だとバレる。せっかく手に入れた協力者をそんなことで失うわけには行かないわ」
「……じゃあどうするんだよ」
「だから言ってるでしょう? これからアナタを立派な女子にする授業をするって。授業名は……女子学と言った所ね」
「女子学だぁ?」
確かに彼女の言っている事は一本筋が通っているが、その女子学とやらを受けるにはリオンは抵抗があった。
嫌な予感しかしないからだ。
ウノが顎に指を当てて思案する。
「さて、初回の授業は女子の魔力の使い方を教えてあげましょうか」
「冗談だろ?」
「冗談じゃないわよ。ほら、さっさと女子の姿になりなさいな」
「なんでだよ!」
「男の体に女子の魔力の使い方を教えても意味ないじゃない! ほら、早く!」
「たく……【変形魔法】! ──これでいいのか……ってウノさん?」
「…………」
リオンが変形魔法で女になる。
すると、彼の目の前でウノの目がキラリと光った。
それはまるで玩具を見つけた子供のような目であり、獲物を見つけた獣の瞳だった。
手をワキワキと動かしたウノがリオンににじり寄る。
「あの、ウノさん? その手は一体……」
「…………」
「おい、まて、近づくなって」
「…………」
「ちょ、おま、何を──」
「…………」
「どこに手入れて──ひゃう!」
リオンの甘い声が部屋の中に響き渡った。
その後、二人の部屋の中には日を跨ぐ頃までそんな声が延々と響き続けた。
後日付近の部屋の生徒たちに意味深な目で見られたのは言うまでもない事だ。
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