第15話 男バレ


 目を覚ましてからずっと考えていたことがある。

 何故リオンは保健室ではなく寮の自室で寝かされていたのか、という事だ。

 もし自室以外の場所で寝かされていたら魔法が解けた瞬間に男除けの結界に捕捉されてしまう。

 自室だけがリオンにとっての安全地帯なのだ。

 しかし、そんな都合のいい事があるだろうか。

 授業中に怪我人や病人が出た場合、まず初めに保健室に連れていかれるはずだ。緊急事態を除き家や寮に帰されることは無い。

 今回のリオンは魔力切れによるただの気絶だ。後者に匹敵するほどの緊急性は持っていない。

 ではなぜリオンは自室で寝かされていたのか。

 これではまるでリオンが男に戻ることを知っていたかのようではないか。

 いや、実際知っていたのだ。

 彼女は知っていて、リオンをこの場所に連れてきたのだろう。


「……沈黙。それは肯定という事でいいのよね?」


 自身の勘が当たってウノが嬉しそうに目を細める。

 誤魔化す事も出来ただろうがそれはあくまで時間稼ぎにしかならない。

 のらりくらりとやっていても時間の無駄だ。リオンは観念して頷いた。


「ご明察の通りオレは男だ。……それで? これからオレをどうするつもりだ?」

「人を闇の研究者みたいに言わないで欲しいわね。アンタをここに運んだのはお話をするためよ」

「話?」

「えぇ。色々と聞きたいことがあるの。けどその前に……」


 ウノは言葉を区切ると、好奇心を瞳に宿してリオンを見た。


「私に男の姿を見せて」

「はぁ!? なんでだよ!」

「何でも何も無いわ。アンタは私に正体を見破られたのよ。拒否権があると思ってるの?」

「……男除けの結界があるだろ。魔法を解いたら教師が来るぞ。そしたら話も出来なくなる」

「嘘は良くないわね。私はアンタがこの部屋で男に戻った事を知っている。魔法陣か簡易結界でも使ってるのね。この部屋は男除けの結界の範囲外なんでしょう? ──それに……」


 ウノは言葉を続けると、自身の下腹部を指さした。

 次いでその指をリオンに向ける。


「アンタのここに青い痣があるでしょう? それは魔力欠乏症の初期症状よ。その状態で魔力を消耗し続ければ──アンタ死ぬわよ」

「──ッ!?」


 ドスの聞いた彼女の声にリオンの背筋がゾッとする。

 彼は念の為自身の下腹部に目を向ける。すると確かに青い痣が浮かんでいた。

 魔力欠乏症という物は聞いたことが無かったが、ウノの脅しもあながち間違いでは無いようだ。

 リオンは逡巡の後に抵抗を諦めると、彼女の前で魔法を解いた。

 髪が短くなり、身長が伸びる。


「……ふぅ、これでいいか?」

「……え、えぇ。自分で言い当てておいてなんだけど、アナタ本当に男だったのね……」


 ウノが警戒と好奇心を半々に含んだ目でリオンを見つめる。

 あまりにまじまじと見られるものだからむず痒さを感じたリオンが「あー」と声を上げる。


「ところで一つ聞きたいことがあるんだが?」

「何かしら?」

「どうしてオレが男だと分かったんだ? 自分で言うのもなんだがオレの変身魔法に隙は無かったはずだ」

「あぁ、その事ね」


 リオンが尋ねると、ウノはなんて事ないと言わんばかりに頷いた。


「確かにアナタの変身魔法は凄い。肉体から魔力回路まで精密に女性の体を模倣していた。いやむしろ『そのものだった』と言った方が適切ね。まるで肉体を一から作り直したような、そんな具合に。そうなるとアナタの魔法は『変形魔法』と言うべきかしら」

「その通りだ。オレの変身魔法──ウノ的に言えば変形魔法はオレの肉体構造自体を変化させる魔法だ。だから上辺だけを取り繕った本来の変身魔法のように男除けの結界に引っかからない」

「だからこそアナタはどうして私が正体を見破れたのか気になるわけね」

「冥土の土産ってわけじゃないだろうが、教えてくれてもいいだろ?」

「えぇ、構わないわ」


 ウノが答え合わせを始めた。


「そうね……まず初めに疑問に思ったのは昨日の夜。私がこの部屋を尋ねた時に部屋の中から聞こえた低い声ね」

「あの時か……」


 リオンが昨夜の事を思い出して苦い顔をする。

 リオンが変身魔法を解いた後にウノが部屋に訪ねてきて咄嗟に声を上げてしまったのだ。

 その時は何事も無く終わったがまさか声が聞こえていたとは。

 リオンが先を促す。


「そして翌日。つまり今朝ね。アンタは風邪だと言っていたけれど、今考えればあの時のアンタは男だった。裏声でも出していたのかしら?」

「正解だ。……だがその時は疑っていたようだが確信は無かったはずだ。一体どこでオレを男だと確信した?」

「そうね……色々なピースがかけ合わさってその結論に至ったのだけど……一番大きなピースで言ったらアンタの魔力操作のやり方かしら」

「魔力操作……?」


 それがどうしてリオンを男だと疑う材料になるのかと彼は首を傾げる。

 仮に男女で魔力回路に違いがあったとしてもそれは判断材料にはなり得ない。

 彼の肉体は変身魔法で女になっているのだから、当然魔力回路も相応の形になっているはずだからである。

 リオンが怪訝な目を向けると、ウノは丁寧に説明をした。


「確かにアンタの魔力回路は女性のものだった。けれど魔力運用の仕方が問題ね」

「魔力運用……具体的にどこが変だったんだ?」

「アンタは女性と男性で魔力運用の仕方に違いがあることを知らなかったでしょ」

「……違うのか?」

「えぇ。男性は細かい偏りはあるにせよ常に魔力が全身を循環している。だから魔法を使う時、全身の魔力をかき集めるようにして魔力を集中させる。違う?」

「あぁ、その通りだ。女は違うのか?」

「全く違うわね。女性の場合は心臓や膵臓、腎臓、子宮といった臓器に魔力を蓄えおくの。そして魔法を使う時そのどれかに貯蓄した魔力を移動させて魔力を集中させる」

「……つまり男は面から点に魔力を動かしていて、女は点から点に動かしていると……?」

「その通りよ」


 ウノのわかりやすい説明を聞いたリオンは何故彼女に男バレしたのかを理解するのと同時に、何故こうも女性の体では魔法を使いずらいのかという疑問にも合点がいった。


「お前と魔法を撃ち合った時、オレは確かに勝ちを確信した。なのにオレから出た魔法はオレの想像より遥かに弱いものだった。これはつまり……」

「アンタがいつもの癖で全身から魔力を集めようとした結果、女性体では全身には微細な魔力しか流れておらず、結果、少しの魔力しか集められなかったという事ね」

「なるほど。完敗だ」


 リオンが両手を上げて降伏する。

 ウノは満足気な表情をしていた。


「まぁ、さっきも言った通り魔力操作はピースのひとつでしかなかったわ。アナタを男だと断定出来たのは、その他にも口調や仕草なんかの細かなピースがあったおかげよ」

「口調や仕草ね……。もっと慎重に行くべきだったって事か……」

「ま、それでも時間の問題だったでしょうけどね」


 リオンはがくりと項垂れた。

 油断はしていないつもりだったが、本物の女性の目を欺くにはもっと下調べをしておくべきだった。

 まさか入学二日で見破られるとは。


「それで? これからオレをどうするつもりだ? 教師に突き出すつもりならもう抵抗はしないぜ」

「せっかちな人ね。さっき言ったでしょ? 私はアナタに話があるの」

「今の答え合わせじゃなくてか?」

「それはアナタが私に聞いてきたことでしょう。違うわ。そうじゃなくて──」


 ウノはそう言うと、不敵な笑みを浮かべてリオンの目を見つめた。

 そして彼女はそれを述べた。


「──私と契約を結びなさい」

「……は?」

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