第14話 お見舞い


 ──見覚えのある天井だ。

 目を覚ましたリオンはまず初めにそう思った。

 やけに低い天井。立ち上がれば頭をぶつることは避けられないそれは、天井ではなく上段のベットの底板だ。

 体にかかる布団の手触りも知っている。

 ここはリオンの自室である。


「ん……なんで寮の部屋に……?」


 妙にダルい体を起こしてリオンは首を傾げた。

 眠る前の記憶が曖昧だ。

 魔法生物学の授業でウノを助けに行った所までは全て覚えている。

 だがその後、魔法防衛学があり、セシリアとペアを組んで……それで…………。


「うっ……」


 再びくらりと来て、リオンはベットに手をついた。

 そして思い出す。


「あぁ、これだ……。こいつのせいで気を失ったんだ。……あぁ、クソ頭いてぇ……」


 リオンがズキズキと痛む頭に手を当てようとした。

 しかし、顔の前まで手を持ってきた所で動きが停止する。

 自身の手をまじまじと見つめた。

 妙にゴツゴツとした右手。大きさもなんだか男の物のようである。

 リオンの手が喉元に触れる。

 奇妙な起伏。出っ張り。凹凸。


「おかしい……魔法が解けてる」


 変身魔法はリオンの魔力でも十六時間は効果が持続する。

 しかし、現在時刻は十五時。今朝リオンが魔法を発動させてから九時間も経っていないだろう。

 では何故魔法が解けているのか。

 リオンはひとつ心当たりがあった。


「ケチって低品質のポーション買ったせいだな。魔力が完全に回復した訳じゃなかったってことか。……じゃああの目眩も魔力切れかなんかだろうな」


 目眩と気絶の原因を突き止め、大きなため息を吐く。


「ポーションに頼ってばかりもいられないって事か? しかしウノがいる以上あいつが寝るまでは魔法を解く訳にはいかないし、起きる前に魔力を回復させなきゃならない……。どう考えてもポーションは必須。……だけど…………」


 リオンはベットから出ると、フラフラする足でクロゼットを開いた。

 中からバックを取り出し、口を開く。


「頼みのポーションも残りは二つしかねぇんだよなぁ……」


 手に持った二つのポーションは両方とも低品質の物だ。

 今日の魔力の回復具合から見るにこのポーションは最大でも三割程度の回復量しかない。

 これであと七年は到底凌げそうにない。


「ったく、どうしたもんか…………」


 リオンが二度目のため息を吐いた。

 すると、廊下からふたつの足音と話し声が聞こえてきた。


「リオーネさん大丈夫でしょうか。やっぱり私が強い魔法を打ってしまったせいで……」

「セシリアさんのせいじゃないわよ。だってアナタは初級魔法を打ったのでしょう?」

「そうですけど……」

「だったらそれはあの子のせいよ。初級魔法すら守れないなんて、それでよくアスモディアに受かれたわね」

「…………」

「ま、リオーネ本人に聞けば分かることよ」


 二人の足が扉の前で止まり、コンコンとノック音が響いた。


「リオーネ、起きてる?」

「(ヤバっ……)」


 ウノの声を聞いたリオンが焦った表情で扉を睨んだ。

 彼の今の姿は男。もし扉を開けられたらそれがバレてしまう。

 鍵はもちろんかかっていない。今から掛けに行くのも不自然だ。

 怪しまれる行動は慎まなくてはならない。

 ではどうする。魔力もろくにない今の状態では変身魔法さえ使えない。


「くっそ! 考えてる暇はねぇか!」


 彼は手に持っていたポーションの一本を飲み干すと、直ぐに変身魔法を唱えた。

 ドアノブが角度を落とす。


「まだ寝てるのかしら」

「起こしたら悪いですし、そっと入りましょうか」

「そうね……って起きてるじゃない」

「あ、あはは……」


 部屋の中に入ってきたウノとセシリアがクロゼットの前で座り込むリオンを見て驚いた表情を浮かべる。

 リオンが笑って誤魔化すと、ウノの眉間にシワが寄った。


「起きてるなら返事くらいしなさいよ。それに病み上がりなのにベットから出て何をしてるわけ?」

「いや、なんというか、前髪が気になって……」

「はぁ!?」


 リオンがクロゼットの扉の内側についた鏡を見ながら前髪を弄る。ウノから呆れた声が返ってくるが、疑われてはいない様子だ。

 ウノに注意されたリオンは大人しくベットに移動する。


「えっと、それで? どうしてセシリアさんがここに?」

「アンタのお見舞いよ。自分の魔法のせいでアンタを気絶させてしまったんじゃないかって心配してたわよ」

「はい……私が魔法出力を誤ったせいで……」


 しゅんとして落ち込むセシリア。

 リオンは慌てて首を振った。


「セシリアさんのせいじゃないって! あれはオレの魔法が未熟だったせいだよ。それに多分気絶の原因はセシリアさんの魔法とは関係ないと思うから……」

「と言うことらしいわよ。安心できた?」

「あの、はい。少し」


 ウノがセシリアに目を向けると、彼女はホッと息を吐いて答えた。

 その答えを聞いてウノが鼻を鳴らす。彼女は一瞬リオンのことを一瞥した。

 それからセシリアに視線を戻す。


「なら良かったわ。……じゃあ用は済んだって事でいいわね?」

「えっと……はい。聞きたいことは聞けましたけど……」

「だったら今すぐ部屋を出ていって」

「え? それはどういう──」

「おい、ウノ。セシリアさんは親切心でお見舞いに来てくれたんだぞ!」

「アナタは黙っていて」


 セシリアを追い出そうとするウノに声を上げると、彼女は鋭い視線でリオンを睨んだ。

 それからセシリアのことを睨む。


「親切心というものがあるのなら今すぐ出ていくことこそが親切心よ」

「理由を聞いてもいいですか?」

「分からない? 彼女の顔を見てみなさいよ。凄い汗をかいてるじゃない。呼吸も荒いし、無理をしている証拠ね」


 ウノに指摘され、リオンは初めて自分がそういった状態になっている事に気がついた。

 セシリアも気づいてハッとする。


「アナタがいると、リオーネは気を休めることが出来ないの。彼女のことを思うなら部屋を出てくれるわよね?」

「……そういうことならもちろん退出させていただきます。リオーネさん、気が回らなくてすみませんでした」

「いや、こっちこそ気を遣わせてしまって……」

「いえ、アナタは病人ですから。これくらいは当たり前のことです。……それじゃあお大事に」


 セシリアはそう言うと、部屋の外へ出ていった。

 彼女の後ろ姿を見守ったリオンが彼女を追い出した張本人を睨む。


「あんな風に追い出す必要は無かっただろう」

「あれが一番効率的なやり方だったのよ」

「だからって……あれじゃあ彼女の親切心を無下にするみたいじゃないか」

「あら、だったら今アナタが私にしていることと同じじゃない」

「……なに?」


 リオンが怪訝な目でウノを見る。

 すると彼女は扉の方まで歩いていって扉の鍵を閉めた。


「何を──」

「せっかくセシリアさんを追い払ってあげたのに感謝のひとつもなし。これって私の親切を無下にしていないかしら?」

「…………親切?」

「そうよ。アナタが魔法を解きやすいように彼女を追い払ってあげたの」


 ウノがくるりと振り返り、不敵な笑みでリオンを睨んだ。


「次はアナタが私に親切にする番よ」

「……どういう──」

「いい加減魔法を解きなさい。さもないと教師に言いつけるわよ」

「……何を言ってるか分からないな。何を言いつけるって?」

「そうね……例えば……」


 リオンが苦し紛れに質問する。

 まさかそんなはずは無いと、そう心で願いながら。

 しかしウノは可笑しそうに微笑みながらリオンの側まで歩いてくると、耳打ちするように囁いた。


「アナタが────男の子だってことかしら」

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