第13話 ばたん


 ユップにこってり絞られたリオンとウノ。

 体力的にも精神的にも疲弊した二人だったが、今日の授業はまだ終わっていない。

 本日最後の授業は魔法防衛学だ。

 生徒たちは一限の攻撃魔法学が行われた校庭に集合していた。

 始業の鐘が鳴り、その人物は静かにやって来た。


 この辺りでは珍しい黒髪に黒目の女性。細身であるが上背があり、マッチ棒のような見た目だ。

 面長で平たい造形の顔には切傷、刺傷、咬傷、火傷痕、などなど。あらゆる傷痕が所狭しとあり、元々どのような顔立ちをしていたのかすら分からない有様だ。

 上半身を黒いタイトな衣装で隠しているが、恐らくその下にも顔と同じかそれ以上に悲惨な傷痕があることは想像に難くなかった。


「イワン・スカルフ。キミ達に魔法防衛学を教える。よろしく頼む」


 スカルフは細い目で生徒達を見回すと、簡潔に自己紹介を終わらせた。

 彼女はそのまま授業の概要を説明する。


「まずキミたちに問う。攻撃魔法学と魔法防衛学。この両者は対の関係であって、そうでは無い。理由は?」


 スカルフはそう言って、押し黙った。

 どうやら彼女の質問に答えないと授業が進まない様子である。

 言葉足らずな彼女の授業進行に生徒達は困惑しながらも彼女の質問の答えを考えた。


「トンチ、ってわけじゃねぇよな?」

「あの見た目でトンチが言えたら、私は先生と仲良くなれる自信があるわ」

「だよな……」


 リオンとウノも頭を悩ませる。

 すると、二人から少し離れた所にいるフォルトナが自信満々に手を挙げた。


「皆さん考えすぎですわ。これはレクリエーション。答えは想像よりシンプルなのですわ!」

「Ms.キャメロット。答えは?」

「ずばり! 攻撃魔法を使うか防衛魔法を使うかの違い、ですわ!」

「不正解。キミは考え無さすぎだ。次」


 フォルトナに皮肉の聞いた言葉を返したスカルフは落ち込む彼女を無視して他の生徒に目を向ける。

 彼女に見られた生徒は気まずそうに目を背ける。

 スカルフがため息を吐いた。


「いないか? 今年の新入生は不出来だな。答えが出なければ授業は始めない。このまま一年、いや七年。この問題だけで授業を終えても私は構わない。──それが嫌なら答えを示せ」

「あ、あの……」

「む?」


 スカルフの高圧的な言葉を受け、誰もが口を閉ざし、目を逸らす中、おずおずと手を挙げた人物がいた。

 それはリオンだった。

 スカルフが鋭い視線をリオンに向ける。


「Ms.クラシア。答えは?」

「えっと……攻撃魔法学は魔法って言葉が後にきて、魔法防衛学は先に来る? …………って流石にこんなトンチなわけないか」

「正解だ」

「え!?」


 リオンは場の空気を和ませるためにトンチな答えを言ったのだが、それがまさかの正解だった。

 他の生徒たちも驚いていたが、一番驚いたのはリオンである。


 まさか正解するとは思っていなかった彼が放心していると、スカルフの視線が更に鋭さを増してリオンを睨んだ。

 細い針で心臓を刺されたような感覚に、リオンは正気に戻る。そしてスカルフの顔を見返した。


「Ms.クラシア。キミは先の授業で問題を起こしたらしいな?」

「え!? いや、それは……」

「違うのか? 私はキミとMs.メィズルが黒獅子と対峙したとハーメルン先生から聞いたのだが……これはあの方の嘘か?」

「……いえ、事実です」

「そうか。それはよくやった」

「へ?」


 リオンは事実を認め、怒られる事を覚悟する。

 しかし、スカルフは怒るような事はせず、むしろリオンのことを褒めた。

 リオンの口から変な声が漏れる。


「キミは黒獅子と対峙した時、Ms.メィズルを守るため炎魔法で牽制をした。そうだな?」

「はい……」

「それこそが攻撃魔法学と魔法防衛学の違いだ。分かったか?」

「いえ、あの……あまり……」

「キミはどうやら頭が悪い。だが思考の回転は早いようだ。──Ms.キャメロット。彼女が分かるように説明をしてみろ」

「え!? 私ですか?」


 突如名指しされたフォルトナが驚いた顔をする。

 スカルフが彼女を一瞥する。


「嫌なら構わない。別のものに頼むだけだ。ただ私はキミが答えるのがベストだと思っただけだ。私からの評価を回復させるためにな」

「──ッ! ……分かりましたわ」


 フォルトナは不承不承で頷くと、リオンの顔を見ながら先程のスカルフの言葉を分かりやすく説明した。


「つまり、それぞれの授業の目的が異なるのですわ」

「目的?」

「そう。攻撃魔法学は攻撃魔法を使った戦闘の仕方を習得するのが最終目標ですわ。対する魔法防衛学は魔法から身を守る方法の習得が最終目標なのですわ」

「えっと……つまり?」

「つまり、攻撃魔法学では攻撃魔法のみしか教われませんが、魔法防衛学では攻撃魔法も防衛魔法もどちらも使って魔法から身を守る方法を教わるのですわ。分かりまして?」

「おお!? なるほどな!!」


 フォルトナの説明でようやく理解したリオン。

 彼が授業の概要を掴んだところでスカルフが全員の注目を集める。


「Ms.キャメロットの説明の通りだ。要するに私の授業ではアスモディアで習う全ての魔法知識が必須だ。故に復習は怠るな。魔法防衛において知らない出来ないは『死』を意味する。全ての授業に心して取り組むように」

『はい!!』

「いい返事だ」


 魔法防衛学は毎年入学後初授業日の最後の授業に設定されているが、その理由は彼女の今の言葉を聞けばよく分かるだろう。

 スカルフの言葉を聞いた新入生達の心構えがガラリと変わる。

 魔法防衛の大切さをその身をもって知ったリオンとウノは誰よりも大きな声で返事を返した。


 新入生の気合いの入った返事を聞き、スカルフが満足そうに頷いた。


「では早速授業を始める。今日はオリエンテーションということで、初級防衛魔法の実習だ。使い慣れた魔法だとは思うが自身の防衛魔法がどれだけの魔法に耐えられるのかを知っている者は少ないはずだ。今日はペアを組んでそれを知ってもらいたい。──解散」


 スカルフは授業内容を説明すると、手を叩いた。

 それを合図に生徒達は動き出す。

 この流れは既に攻撃魔法学でやっているため、皆慣れたものだった。


「セシリア、セシリア……今度こそセシリアと……!!」


 リオンは今度こそセシリアとペアを組むために彼女を探して奔走していた。

 不意に彼の肩に誰かがぶつかる。


「あ、ごめん──」

「あら、ごめんな──」


 リオンの肩にぶつかったのはフォルトナ・キャメロットだった。

 リオンと彼女は少しの間、静かに見つめあった。

 それから、リオンが苦い顔で問う。


「お前もしかしてまたセシリアさんと……」

「……うるさいですわね。確かにセシリアさんは誘いましたわ。けど……」

「けど?」

「先約があると言われ、断られましたわ」

「先約って誰?」

「そんなこと私が知るわけありませんわ。まぁ、でも? その様子じゃあ貴女ではなさそうですわね!」


 最後にそう言い残すと、フォルトナは高笑いをして去っていった。

 セシリアに断られたと聞いた時は一瞬気の毒に思ったが、やはり彼女は腹立たしい。

 リオンはフォルトナの後ろ姿に舌を出すと、彼女とは反対の方向へ歩き出した。

 そして──


「リオーネさん!」

「……セシリア?」


 歩き出した方向からセシリアが手を振って走ってきた。

 彼女はリオンの前で止まると、彼の手を優しく握った。


「やっと見つけました」

「え? オレを探してたの? なんで?」

「リオーネさんとペアを組みたかったからです」

「え!? で、でも先約があるって……」

「もう、忘れてしまったんですか? 魔法薬学の時に次は一緒のペアでって約束したじゃないですか!」

「魔法薬学の時……? ────あぁ!!」


 記憶を遡ったリオンは確かにそんな約束をしていたことを思い出した。

 彼女との約束の後に起こった出来事の数々があまりに衝撃的かつ濃厚だったために忘れてしまっていたのだ。

 リオンが慌ててセシリアに頭を下げる。


「ごめん! 完全に忘れてた!」

「まったく困った人ですね。でも素直に謝ってくれたので許してあげます」

「ほ、ほんとに?」

「もちろんです」


 セシリアの許しを受けてリオンが安堵の息を吐く。

 もし彼女の機嫌を損ねてやっぱりペアは組まない、なんて事になったらリオンは一週間は立ち直れない気がした。

 幸いそんなことにはならなかったが今後とも気をつけようと心に誓う。

 セシリアがリオンの手を軽く引く。


「それより早く実習をしましょう。モタモタしてると先生に怒られてしまいます。リオーネさんも全教師から叱られるのは嫌でしょう?」

「言われてみればオレ今日怒られてばっかだな……」

「入学二日目にして問題児なんて、リオーネさんは悪い人ですね」

「悪い人では……ない……と思う……多分?」

「そこは自信を持つところでは?」


 セシリアが可笑しそうにけらけらと笑う。

 笑われて恥ずかしくなったリオンは笑い続ける彼女の手を引いて集団から少し離れた。

 それからセシリアと声が届くか届かないかの位置へ離れる。


「最初はオレが防衛魔法を使うよ」

「それじゃあ私は風魔法を打ちますね。使い慣れてますし、安全ですから」

「よろしく頼む」

「任せてください! 出力は普通くらいでいいですか?」

「まぁ、最初だしそれくらいで……」

「分かりました」


 セシリアが意気揚々と杖を構える。細くて長い白の杖だ。

 リオンも白い杖を構える。

 そしてセシリアが詠唱を始めた。


「『空を明かすそよ風よ 離宮の兵にささやかなる祝福を』──【疾突風リーゼガスト】」


 詠唱省略。二節で唱えられた魔法は杖の先で形を成すと、風の塊となって放たれた。

 一瞬のうちにリオンの眼前まで迫る風魔法。

 リオンはそれに杖を向けて防衛魔法を放った。


「──【障壁セルト】!!」


 詠唱を必要としない防衛魔法はリオンが流した魔力に応じて相応の硬度を持つ障壁を展開した。

 刹那──セシリアの放った魔法がリオンの障壁に着弾した。

 激しい音が鳴り響き、砂埃が吹き上がる。


「リオーネさん! 無事ですか!?」

「──けほけほ。……あぁ、なんとか! けほけほ」


 セシリアの心配は杞憂だったようで、リオンは舞い上がった砂埃にむせつつも元気な声で返事をした。

 砂埃が消え、現れたリオン。彼の前に展開された障壁はなんとかギリギリの所でリオンを守り抜いたようだった。

 リオンがボロボロの障壁を見て苦笑する。


「どうやらオレは今のが限界だったみたいだ」

「……すいません。もう少し慎重に行くべきでした」

「いやいや、セシリアさんが謝ることはないよ。オレが力不足だっただけだ」


 リオンは落ち込むセシリアにそう声をかけると、明るい声で彼女の肩を叩いた。


「それより次はセシリアさんの番だ。先生に怒られる前にちゃっちゃと終わらせちまおうぜ」

「……そうですね! 怒られたく無いですから!」

「あぁ」


 リオンが元気に振る舞うとセシリアはいつもの調子を取り戻した。

 魔法の立ち会いに適した距離につくと、彼女が声を張る。


「全力で来てくださいね!」

「言われなくてもそうするさ! どうせオレじゃあ実力不足だろうけどな!」


 リオンはやけくそ気味にそう言うと、杖を正眼に構えた。

 セシリアも同じく足を開く。


 リオンが魔力を杖の先に集中させる。

 打つ魔法は当然【ファイアボール】。

 セシリアに怪我をさせてしまうのではという危惧が一瞬浮かんだが、その心配が自信過剰である事をリオンは知っている。

 故に彼は全力をセシリアにぶつける。


 全身のありったけの魔力を杖に流し込む。

 そしてそれを杖の先で形に──


「……ぁ……また…………」


 不意にリオンの頭がくらりとする。

 意識が薄くなり、地面が消えていく。

 遠くでセシリアの叫ぶ声。

 ボワボワと鳴り響く声音。

 霞む瞳。

 揺れる頭。

 ふらり。

 ふらり。

 虚ろ。

 意識。

 離れ。

 途切れ。


 ──ばたん…………………………。

 

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