第9話 くらり
二限目は魔法薬学。
リオンはウノとセシリアと共に調合室へやってきた。
始業の鐘が鳴り教師が教室のドアを開けた。
ドシンドシンと大きな足音を立て、姿を見せたのは破裂しそうな程大きなお腹の教師だ。
紫色の髪はボサボサで、黒い瞳は小さく丸い。
ギロりと瞳が教室全体を見回した。
「授業を始めるよ」
教師──ボア・バスティカンはそう言うと爪楊枝のように見える杖を振る。
すると彼女の背後から大量の鉢が浮かび上がり、各生徒の前に配られた。
「なんだ、これ?」
「恐らくマンドラゴラでは無いでしょうか?」
リオンが首を傾げると、セシリアが鉢の中を見て答える。
確かに鉢からはマンドラゴラ特有の萎れた葉が覗いていた。
「授業内容を述べるよ。今日はマンドラゴラの植え替えをしてもらうよ」
バスティカンはもう一度杖を振ると、自分の前にも鉢を置いた。
そして萎れた葉っぱを手で掴む。
「作業手順を述べるよ。まずこのように葉の付け根を掴むよ。次に思いっきり引っこ抜くよ」
「──きゃあ!」
そう言うとバスティカンはなんの躊躇いも無くマンドラゴラを引っこ抜いた。
生徒たちから小さな悲鳴が上がる。
マンドラゴラは土から抜かれると叫び声をあげる習性がある。そしてその叫びを聞いたものは最悪死に至るとか。
それゆえ生徒たちは慌てて耳を塞いだのだが、バスティカンが抜いたマンドラゴラはまるで抜かれたことに気づいていないかのように静かだった。
バスティカンが新たに用意した鉢にマンドラゴラを移し替える。
「最後にこのように移せば終わりだよ」
「…………」
「注意事項を述べるよ」
バスティカンが何事も無かったように話を続ける。
「マンドラゴラを抜く時は土に込められた魔力と同じくらいの魔力を流すよ。少しでも違うと叫ぶから精密な魔力コントロールが必要だよ。それから万が一叫ばれてもいいように今日は二人一組でやってもらうよ。片方は植え替え、もう片方はペアの耳を塞ぐ役だよ」
ペアと聞いて、リオンがセシリアの方を見る。
「セシリアさん、今度こそオレと──」
「時間が無いよ。ペアはルームメイトでいいよ」
「…………」
「り、リオーネさん。次は一緒のペアになりましょう。ね?」
「はい…………」
あからさまにガッカリするリオンを見てセシリアが優しくほほ笑みかける。
その優しさがリオンの心に染み渡り、彼は目尻に涙を浮かべた。
リオンがひとり感動していると、彼の肩がつんつんと叩かれる。
振り返るとウノが若干口角を上げてリオンを見ていた。
彼女の指が二人の間を行き来する。
「ペア」
「分かってらい!」
ウノの表情がリオンを小馬鹿にするものだと気づき、彼はそっぽを向いた。
そしてバスティカンの話に耳を傾ける。
「説明は以上だよ。──あ、そうそう。言い忘れてたよ。ワタシの授業はポイント制だよ。テストや実習の結果などで加点減点が決まるよ。最初の持ち点は百。ゼロになったら罰があるよ。年度末に千行って無くても罰があるよ。以上だよ。実習に取りかかってよ」
バスティカンはそう言うと、どこかから木のボウルを取り出した。
そこには山盛りの野菜が積まれており、彼女はそれをボリボリと食べ始めた。
「テルミン先生より上がいたな」
「えぇ……まぁ、恐らくあれが一番よ……たぶん」
テルミラでも十分変わった教師だったがこうも立て続けに変な教師が現れるとこの先も心配になってくる。
リオンとウノは苦笑いを浮かべると、マンドラゴラの植わった鉢に向き直った。
周りの生徒も実習に移り始めていた。
「さて、ポイントは落としたくないしちゃんとやるわよ」
「おうよ。……つってもどうやればいいんだ?」
「先生の見本見てなかったの?」
「見てたけどよ……土の魔力と同じくらいの魔力をどうやって出すんだよ」
「ったく仕方ないわね。私が見本を見せてあげるから、きちんと見てなさい」
「あざす!」
ウノが自分の前に鉢を持ってくると、まず土に手を触れさせた。
「いい? 最初はこうやって土に触れて土と魔力同調を行うのよ」
「ふむふむ……」
「ここで注意すべきなのは自分の魔力を鉢に流しすぎないこと。力を抜いて、魔力の流れに身を任せるの。そうしたら土の魔力の大きさがだいたい分かるから、あとはさっき先生が言ったとおりにすればいい。わかった?」
「……なんとなく?」
「なら良かった。それじゃあ、やるわよ」
「頑張れ」
リオンは彼女にエールを送ると、隣でマンドラゴラの鉢を眺める。
するとウノがマンドラゴラの葉っぱの根元を掴んだままリオンを睨んだ。
「……どうした?」
「私の耳を塞いで欲しいのだけど」
「あぁ、なるほど……」
なぜペアになったのかをすっかり忘れていたリオンは慌てて席を立つと、ウノの耳に手を当てた。
「……む」
そこでリオンの体が固まる。
ウノの耳を後ろから塞ぐというこのポーズ。思った以上に彼女との距離が近いのだ。
後ろに下がろうにも後ろには棚があってそれが出来ない。
「……ちょっと早く魔力で防音して」
「あ、あぁ……」
ウノに急かされ、リオンは羞恥心を一旦忘れて手のひらに魔力を集中させた。
そして防音がちゃんとされたことを確認し、指先でウノの耳をノックして合図を送る。
「それじゃあやるわよ」
ウノがマンドラゴラを引っこ抜いた。
すると──
「……ごあ……ごあ……ごああ…………」
「ん……」
マンドラゴラの口から今にも叫び出しそうな声が漏れる。
それはウノには聞こえていなかったはずだが、マンドラゴラの表情から読み取ったのか彼女は若干魔力の出力を上げた。
するとマンドラゴラの表情が柔らかくなり、声も出なくなった。
「ふぅ……」
ウノはホッと息を吐くと、そのまま難なくマンドラゴラを新しい鉢に植え替えた。
彼女が振り返って鼻を鳴らす。
「ま、ざっとこんな感じね」
「なんだ、意外と簡単そうだな」
ウノの様子を見てそう判断したリオンは早速彼女と席を代わってマンドラゴラの鉢を前に置いた。
ウノに耳を押さえられる。
「さて、まずは……」
防音のせいでリオンの耳に自身の声は返って来ないが彼は手順を呟きながら実習を行った。
マンドラゴラが植わっている土に手を当てる。
「魔力同調……」
リオンが目をつぶって土と手の魔力の境界線を融合させる。
するとわずかだが土の魔力がリオンの中に流れ込む。
ウノに言われた通り、彼はその流れに身を任せると、少しして目を開いた。
「よしこんぐらいだな」
先程感じた魔力を手に流し、そのままマンドラゴラの葉を掴む。
そして勢いよく引っこ抜いた。
ウノの時のようにマンドラゴラは泣き出しそうな顔をしておらず静かに眠っていた。
僅かに耳を塞ぐウノの手が強ばったように感じた。
「……このままこのまま」
リオンは呟きながらゆっくりと、マンドラゴラを新しい鉢の上へ移動させる。
その時だった──
「──あれ?」
不意に頭がくらりときて、視界が薄ぼんやりとする。
意識が薄くなり、気を抜けば今にも気絶してしまいそうだった。
「──リオーネ!」
防音越しでウノの声が微かに聞こえた。
それと共に何かが叫ぶような声も。
「──ゴアアアア! ギアアア!! ゴギャアアアア!!!」
「リオーネ! 魔力を弱めなさい!!」
それはマンドラゴラの叫び声だ。
ウノの指示を聞いたリオンが慌てて魔力を弱めようとするが、魔力回路が言うことを聞かず、一段と魔力が強くなる。
「あれ、なんで、どうして!?」
「──ギィィィィアアアアア!!」
「──あぁ、もう!」
困惑するリオン。
叫び声を大きくするマンドラゴラ。
ウノは両者が限界点に到達する前にリオンの手からマンドラゴラをひったくると無理やりそれを鉢に突き刺した。
だが、マンドラゴラは叫び声を上げたまま鉢に植えると自身の叫びにやられ枯れてしまう。
ウノの挿したマンドラゴラは最後に断末魔を上げると、枯れて紫色に変色した。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「──あ、あぁ…………」
息を切らしたウノがリオンを睨む。
リオンは放心した状態で枯れたマンドラゴラを眺めていた。
「……危ないところだったわよ」
「…………」
「聞いてるの!? あと一歩私が手を出すのが遅ければアナタは死んでいた! そのことをちゃんと分かってるの!?」
「……ごめん」
「────ッ!!」
俯いたままリオンが一言謝罪の言葉を述べる。
するとその様子が癪に触ったのか、ウノはリオンの胸ぐらを掴んだ。
「ウノさん!」
「…………ッチ!」
セシリアがウノを止める。
ウノはリオンに何かを言いたげな表情をしていたが、セシリアの顔を見て大きく息を吐いた。
リオンを解放して、席に座る。
それを見たセシリアも自分の席に戻る。
ただひとりリオンだけが立っていた。
「Ms.クラシア。減点十」
バスティカンの抑揚のない低い声が教室内に響き渡った。
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