第8話 ペアと初授業
朝食の時間も終わり、身支度を整え、髪を梳く。
時刻は九時。始業の鐘が鳴り響く。
リオン達は草原と見紛うほどに広大な校庭に立っていた。
全員の注目が一点に収束している。そこには皆を校庭に集めた人物の姿があった。
白い髪の歳若い女性である。踊り子のような露出の多い服を着ていて、太陽に焼かれた褐色の肌が強く主張している。
始業の鐘が鳴り終わる。褐色の女性はゆっくりと瞳を開いた。星屑を撒いたようにキラキラした瞳が生徒全員の顔を見回した。
「それじゃあ攻撃魔法学、最初の授業を始めるね! まずは自己紹介から。──私の名前はテルミラ・トーキン! テルミンって呼んでね〜。これから七年間、皆に攻撃魔法を教えていくから! よろしくね〜」
テルミラは軽い調子で挨拶をした。
生徒たちは全員唖然とした様子で彼女を見ていた。
彼女らがテルミラに抱いた第一印象は──『ギャル』である。
見た目といい、話し方といい。テルミラは噂に聞くギャルそのものであった。
「アスモディアには変わった教師が多いと聞くけれど、これは間違いなくトップクラスね」
「あぁ、同感だ」
ウノが小声でリオンに言う。
彼もそれに同意するように頷いた。
ふたりの意見が一致したところで、テルミラが攻撃魔法学についての説明を始めた。
「攻撃魔法学なんて堅い言い方してるけどさ、要は魔法を使う戦い方を学ぼう! ってのが主な授業内容ね。一年生のうちは五大属性魔法に光と闇の二つの魔法を加えた七つの基本属性での戦い方を学んでもらうよ。
まぁ、ぶっちゃけ一年生だから教えられるのは中級魔法までなんだけどさ……。でも、しっかり学べばキミたちの大きな力になることは間違いないから! へこたれずに頑張って行こう!! お──!!」
そう言って一人で天に拳を突き上げるテルミラ。
彼女はおずおずと拳を下げるとムスッとした顔で地面を蹴った。
「みんなノリ悪いなぁ。……ま、入学してまだ二日目だし仕方ないか。そのうち私のノリも分かってくるでしょう! てーなわけでっ! 今日は授業はなし! オリエンテーションってことで皆で適当に魔法を使ってみよう!! 二人一組のペアを作って、お互いに魔法を撃ち合ってみてね」
テルミラはマイペースに話を終えると、パンと手を叩いた。
それが解放の合図となり、生徒たちはペアを作るために動き始めた。
「ペアか……だったら組みたい人は決まってるな!」
リオンも他の生徒達と同じように動き出すと、目標の人物の所まで真っ直ぐ向かっていった。
「セシリアさん! オレとペアを──」
「──あら、ごめんなさ〜い!!」
不意にリオンの肩が押され、彼は体のバランスを崩した。
耳に声が聞こえてきたが、それどころではなかった。
転びそうな所をなんとか持ちこたえたリオンは、先程聞こえてきた声の主を睨んだ。
煌びやかな金髪を縦ロールに巻いた美形の少女。
どこかの令嬢なのだろう。その身が放つ気品はそう簡単には隠せない。もっとも彼女の場合は隠す気など毛頭ないのだろうけれど。
リオンが睨みつけると、傲慢そうなお嬢様はこれみよがしにセシリアの手を握った。
リオンの額に青筋が浮かぶ。
「せ、セシリアさん、それは……?」
「あ、リオーネさん。もしかしてペアのお誘いですか? 申し訳ないのですが、既にこちらのフォルトナさんのお誘いを受けておりまして……」
「そういうことですわ! つまりセシリアさんは私を選んだということですわ!!」
「んなっ!?」
見せつけるようにセシリアの肩を抱くフォルトナ嬢。
彼女に何か一言言ってやろうかと思ったが、セシリアの友達ですらない分際で彼女の交友関係に口出しは出来ない。
高笑いを残しセシリアを連れ去っていく悪魔の後ろ姿を、リオンは唇を噛んで眺める他になかった。
「残念だったわね」
「……ウノか。なんだ? 笑いに来たのか?」
「リオーネの中で私はずいぶんと最悪な性格をしてるみたいね。そんなことでわざわざ話しかけたりしないわよ。そうじゃなくて──」
軽口を叩きながらやってきたウノ。彼女はそこまで言うと少し躊躇うように口を噤んだ。
コホンと一つ咳払いをすると、平たい胸を張って誇らしげな笑みを浮かべた。
「あなたがど──してもっていうなら私がペアになってあげてもいいけど? あなたがど────してもっていうならね?」
「・・・。……あぁ、そういう事ね」
さも可哀想なリオンに手を差し伸べていますよといったスタンスの彼女だが、緊張しているのか、耳たぶが赤くなっていた。
彼女のことだ。どうせ誰にも声をかけられず、声をかけることも出来なかったのだろう。
次々にペアを作っていく周りに焦らされ、苦渋の選択でルームメイトに縋りついたというわけだ。
もっとも自らお願いするのはプライドが許さなかったのだろう、故にこのような虚勢を張ってリオンに近づいてきたのだ。
──本音を言えばセシリアと組みたかった。そうじゃなくても交流を広げる意味でまだ関わりのない人とペアを組みたかったが、ここで彼女の誘いを断ったら寮に戻った時が大変そうだ。
リオンは肩の力を抜くと、ウノの誘いに乗ることにした。
「ウノにそこまで言われたら断ることは出来ないな」
「なッ!? ──ち、ちがっ! これはあなたが────」
「はいはい、わかったわかった。んな事より早く授業しようぜ〜」
「ちょっと! 私の話を聞きなさいよ!!」
リオンが適当にあしらったせいか、結局ウノを怒らせてしまった。
フガフガとうるさい彼女を連れて、集団から少し離れた所に移動する。
「これくらい離れれば大丈夫か」
「……ずいぶん気合いが入ってるわね。こんだけ離れてどれだけの大魔法を撃つつもり?」
「別に、ちょっとムカついてるから憂さ晴らしがしたいだけだ」
「ちょっと……ね?」
ウノが意味深に呟いた。彼女は後ろの方をチラリと見る。
彼女の行動にリオンが首を傾げた。
「なんか気になるのか?」
「別に。毒抜きに付き合わされるなら他の人とペアを組めば良かったなと思ってね」
「悪かったな。なんなら今からでも他の奴と組んでもいいんだぜ? 相手がいれば、な?」
「……言ってくれるじゃない。いいわ。付き合ってあげるわよ」
ウノはそう言って頷くと、不敵な笑みでリオンを睨んだ。
「それで? あなたの得意魔法はなに?」
「オレの得意魔法?」
「えぇ。どうやらリオーネは私の事をナメてるみたいだし、少しは分からせてあげるのもいいと思ってね。だからあなたの得意魔法を私も使うわ。同じ魔法で撃ち合うのよ」
「それだとオレに有利過ぎないか?」
「ハンディキャップよ。いいから、さっさと得意魔法を教えなさいな」
「後悔しても知らねぇぞ。……オレの得意魔法は炎魔法だよ」
「炎ね……。それじゃあ簡単な『ファイアボール』で撃ち合いましょう」
「オッケー」
ウノの言葉に頷くとリオン達はお互いに反対の方向へ歩き出す。
いつも通りの声量で話してギリ届くか届かないかといった距離まで離れる。
ウノが少し張った声で言う。
「オリエンテーションとは言え本気で行くわよ。リオーネも手加減なんて考えない事ね」
「分かってるよ! そっちこそ丸焦げになる前に避けろよ!」
「……忠告どうもありがとう」
ウノはピクリと眉を動かすと、体の前に杖を構える。
リオンも自前の杖を正眼に構えた。
ふたりが同時に息を吸う。
「「赤く燃ゆる灼熱よ 獄地の怪異に天罰を」吾が手に集いて 天球を焦がせ」
「【ファイアボール】」
「──【ファイアボール】!!」
ウノが詠唱を省略し、リオンより僅かに早く魔法を放つ。
完全詠唱で魔法を完成させたリオンも遅れて火球を打ち出した。
刹那──二つの火球が衝突。
火球は一瞬拮抗の気配を匂わせたが、すぐに片方の火球がもう片方を呑み込んだ。
同属性の魔法を吸収した火球は大きさを増し──リオンを襲った。
「ぐああああ!!!!」
魔法を放つのが遅れたこともあり、リオンはファイアボールをもろに食らった。
彼の苦痛の叫びが周りに木霊し、体から黒いを煙を放つリオンが地面に倒れた。
「ちょ──大丈夫!?」
ウノが青ざめた顔をしてリオンの元へ駆け寄った。未熟な治癒魔法で彼を癒す。
「どうして避け無かったのよ! あなたが言ったことでしょ!!」
丸焦げになる前に避けろ。確かにリオンは撃ち合いの前にそういった。
でもまさか完全詠唱までした得意魔法が詠唱を省略した魔法に呑み込まれるなんて思わなかったのだ。
実際、ウノが放った魔法を見た時、彼は自らの勝ちを確信した。
しかし杖の先から放たれた魔法は彼の想像の何倍も小さく、それに驚いた時には体は火に炙られていた。
なぜ負けたのかも分からず放心していると、騒ぎに気づいたテルミラとセシリアが慌てた様子でやってきた。
「リオーネさん!」
セシリアは駆けつけるや否や、慣れない魔法で疲弊したウノに代わってリオンに治癒魔法をかける。
ウノよりも強力な魔法でリオンの傷はたちどころに癒えていった。
手の空いたウノから事情を聞いたテルミラがリオンの頭の上に立つ。
そして彼の額にデコピンを打ち込んだ。
「いっつ──!」
「魔法を使ってる時に油断は厳禁! ──って最初に言っとくべきだったね。それに関しては私のカントクフユキナントカだ。だから本当はもーっと叱るべきなんだけど、キミも反省してるみたいだし今回は今の一発で許してあげる。いいね?」
「……はい、ごめんなさい」
リオンが謝ると、テルミラは彼の頭を優しく撫でた。
「キミ、名前は?」
「……リオーネ・クラシアです」
「それじゃあリオーネちゃん。これは攻撃魔法に限らずだけどね……『失敗から学ぶのが魔導の基本』だよ。落ち込んでる暇があったら次に活かす努力をしなさい! ──なんてね」
彼女は最後にペシんと軽くリオンの額を叩くと、ちろりと舌を出して去っていった。
リオンは体を起こしてテルミラを視線で追いかける。
するとテルミラは途中で足を止め、顔だけをリオンの方へ向けた。
「あ、やっぱり罰は必要だから今度の休日に私の魔塔の掃除を頼むね〜」
「え!? さっきので許してくれるんじゃ──」
「それじゃよろしくね。リオーネちゃん♪」
テルミラはウィンクをすると、そのまま他の生徒の所へ行ってしまった。
自業自得とは知りつつもそれでもどこか理不尽な気がしてならない罰にリオンはやるせない気持ちでいっぱいだった。
その後、彼はセシリアとウノにこれでもかと言うほど叱られた。
テルミラが説教を省略したのは彼女たちが代わりにやってくれることを分かっていたからなのでは無いだろうか。
休日の無償奉仕の時に聞いてみようと思ったリオンであったが、二人の説教が思った以上に長く続き、終わる頃にはそのことをすっかり忘れてしまっていた。
そして二人の説教が終わると同時に授業終了の鐘がなった。
こうしてリオンの初授業は大半を説教に費やして終わりを迎えた。
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